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伊織ははしたなくも口をあんぐりと開けて、惚けたように目の前の男性を見上げた。
この世の美のすべてを集めて作ったような圧倒的な造形美。そして男か女かと悩む中性的な人。でも袖から延びる長い腕には程良い筋肉が付いていて、男性とわかるという何ともいえない絶妙な姿形。
「あは、可愛い」
その男性から妙な台詞が漏れた。
伊織はようやく口を閉じて、状況を把握しようと必死に頭を回転させた。
妙な台詞を、これよりも先に聞いたはずだ。確か……。
「せ、精霊が見えてるっ!?」
思わず叫んでしまった。咄嗟に口を小さな手が塞ぐが、もう遅い。
その小さな手とはもちろんタジアムだ。
男性は一瞬だけ瞳を見開くが、その後にっこりと笑み声を上げた。
「この子も変わってるね。普通の子じゃないよね?」
「……」
『……』
伊織もタジアムも無言で男性を見据えた。
急に要注意人物が現れた。この人は一体何者なのだ。
「おい……あれ。オーレリアンじゃないか?」
「あのSS級冒険者の? まさかこんな所に来る訳ないじゃないか」
「でもあの長い金髪に、緑の瞳。それにあのエルフの血を感じさせる完璧なる美しさ。間違いなって」
周りの冒険者たちが、どうやら彼の紹介をしてくれたみたいだ。
彼は言葉を発した冒険者の方を見てにこりと笑み、手を上げた。
「こんにちは」
「ほらっ! 本人だよ」
伊織はその間にこの場を離れた方がいいと判断し、そうっと箒に手を伸ばそうとしたがいつの間にか机を回り込んでいたオーレリアンに肩を掴まれた。
「どこに行くの? 僕も一緒に行きたいな。君の話……もっとゆっくり聞きたいし」
「ひぃ……っ」
あまりにも美しい微笑みが、これほど恐ろしく感じるとは。
怯えて敵前逃亡しようとした伊織とオーレリアンの間に、風の精霊たちが立ちはだかる。
『駄目』
『駄目、イオリ、いじめるの駄目』
『森に住む者、あっちに行け』
「森に住む者か……、久し振りにそう呼ばれたな」
どこか懐かしそうに話したオーレリアンは、顔の前にくる風の精霊を指で弾く。
『きゃう』
「あっ! 乱暴にしないでっ」
思わず伊織が叫ぶ。
精霊たちに視線を向けていたオーレリアンだったが、その言葉で再び伊織に意識が向いた。
「姿も声も聞こえているんだね。ますます興味深い」
それはこちらの台詞だ。彼は一体何なのだ。何故精霊たちが見えるのだ。
騒ぎを聞いて、カウンターにいた男性もこちらにくる。
「ん? どうしたオーレリアン? お前が人に興味を抱くなんてありえないだろう。それにその笑み……、お前が笑うの初めて見た」
近くに来てオーレリアンの表情を見て、驚愕したように男性が声を上げる。
どうやら普段の彼は笑うことなんてない人みたいだ。目の前にいるにこにこと笑う人物を見て、とてもそうは思えないが。
「あ、貴方たち、何絡んでるのっ? 止めなさい……って、お帰りなさい、ギルド長」
ようやくカリーヌが戻ってきた。伊織に絡んでいる人物がいると勘違いして助けるために叫んだが、その相手が誰だかわかり声質が変わったという感じに見えた。
筋肉逞しいカウンターを覗き込んでいた人物が、どうやらこのギルドの責任者らしい。
箒を手にしてさりげなく鞄も斜め掛けにしながら身構える。
「あら? イオリちゃん、もう帰るの?」
怯えるような顔をして箒を両手で握り締める伊織を見て、カリーヌが顔を歪めた。
「まさか、ギルド長。この子をいじめたりしました?」
怒ったように声を尖らせるカリーヌに、ギルド長と呼ばれた男性が降参するように両手を上げる。
「俺は何もしてないよ。こいつがこの子に絡んでた」
じろりと視線を向けた先に見えた男性に、カリーヌも驚愕したように瞳を見開く。
「まあっ! オーレリアンさんじゃないですか。何年振りですか? お久し振りです」
「カリーヌ。君もすっかり大きくなって、美人さんになったね」
「そんなぁ~、美人なんて言ってくれちゃって照れます。美人なんて言葉は貴方にこそ相応しいのに……」
他愛無い会話を続ける三人を惚けて見ていた伊織だったが、タジアムが髪をツンと引っ張ったので我に返った。
逃げるぞという表情に頷き、そっと離れようとしたがまたもオーレリアンに肩を掴まれる。
「どこに行くの? 僕も一緒に行く」
「え……、えぇ~……。い、嫌ですぅ」
言葉はどもったがはっきり断る伊織に、今度は彼の方が驚いたようだ。綺麗な緑色の瞳をめい一杯見開いているのが、何故だか笑えてしまう。
「タジアム、美人さんも驚くと皆と同じ顔になるんだね」
こっそりと小さな声でタジアムに話しかける。
こんな状況下なのに呑気にもおっとりと声を出す伊織に、タジアムは呆れたような顔をした。
『呑気なことだ。逃げないのか?』
「逃げられない……よね?」
「逃がさないよ」
伊織とタジアムの会話に入り込むように、オーレリアンが言葉を発する。
「君は一体、何者だい?」
「……、ま、魔女です」
「「………………」」
伊織の正直な告白に、オーレリアンもギルド長も黙り込む。
「もしかして商業ギルドでの騒ぎって君が関連しているのか?」
ギルド長の詰問にどうしていいのかわからなくなって、伊織はカリーヌを見上げた。
その顔があまりにも情けないものだったので、カリーヌの母性が炸裂する。
「ちょっと、ギルド長。そんなに怖い顔で詰問するように声を出したら、話せるものも話せなくなるじゃないですか。イオリちゃんは初めて大きな街に来て、こんなに多くの人を見るのは初めてなんだから親切にしてあげなきゃ」
さりげなく田舎者だと言われた気がした。
(……いや、間違っちゃいないよ。間違っちゃいないけど……ちょっと悲しい)
伊織がしゅんとしながら視線を下げていると、オーレリアンは勝手に机の隣にあった椅子に座る。
伊織も少々強引に座らせると、自分と向かいわせるように椅子をギギギと床を削りながら回転させる。
「……」
「…………」
にこにこと笑むオーレリアン。そして背中にびっしりと汗を浮かべる伊織。
対照的な二人は無言で見詰め合う。いや伊織の方が若干視線を逸らしぎみだ。
タジアムが睨むようにオーレリアンを見据える。
「そんなに睨むな。彼女をどうこうしようって訳ではない」
タジアムはそっと諦めたようにため息を吐き、伊織に告げた。
『伊織、こんな者に構う必要はない。帰るぞ』
「え? あ、うん」
伊織がタジアムが言うがまま立ち上がり机の上の荷物を片付け始めると、慌てたようにオーレリアンが両腕を掴んできた。
「待って。脅えさせる気はなかったんだ。君が何も言いたくないのなら何も言わなくてもいい。でも少しだけでいいから、……側にいて欲しい」
まるで愛しい人への愛の告白のように聞こえて、持っていた看板を思わず落としてしまった。
それをギルド長が拾う。
「魔女のお守り? 何だ? これ」
伊織と同じようにオーレリアンの台詞に呆気に取られていたカリーヌが、ギルド長の声に我に返る。
「あ、私が許可したんです。勝手なことをして申し訳ありません。でも商業ギルドでの彼女に対する態度にあまりにも酷かったので……。同じギルドの者として、その……あまりにも申し訳なくて」
「ああ、お前が判断したなら俺に否はない。商業ギルドでの騒ぎはやはり彼女が関係しているのか」
ギルド長は改めて小さくなっている伊織を見詰めた。




