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ウソンが見えなくなってから、伊織はギルドの中へと入った。
席に戻ると途端に暇になる。カリーヌが持ってきてくれた露天市のチラシを改めて見た。
「毎月第三週末の二日間行われるのね。今回は東地区が担当って書いてある」
グリーンライトではギルドは三種類ある。商業、冒険者、職人の三つだ。東西南北にそれぞれギルドがあり、全体で十二存在する形になる。
そんなに必要ないと思われがちだがそれが必要だということは、それほどこの街が大きく栄えている証拠だと言える。
「参加費は三千ギル。二日間なら五千ギル。……タジアム、どうしようか。二日してみる?」
今ある所持金はちょうど五千ギルだ。足りるがもしこのまま他の客が来なければ、お土産にしようと思っていたコーヒーが買えない。非常に悩むところだ。
『我はそれぞれの日に、家へ帰れるのならどちらでも構わぬ』
その裏に伊織の手作りご飯を食べさせろという言葉が見え隠れしているのに気付き、伊織はクスリと笑んだ。どれほど伊織の作る食事が好きだというのか。すっかり伊織の食事の虜になっているタジアムだった。
(聖獣は食事は必要ないって言ってたのにね)
伊織は内心そう呟いた。
顔を上げるとカリーヌと目があった。
カリーヌはお茶の代りを持って、伊織の横にある椅子に座る。
「あのね、イオリちゃん。そのお守りって……れ、恋愛も叶ったりする?」
もじもじして告げられた台詞に、伊織は瞳を瞬かせた。カリーヌにはどうやら想い人がいるらしい。
「恋愛成就もできますよ。作りますか?」
「ええ、ぜひっ!」
恋愛などお守りの代名詞ではないか。あと交通安全と、先程ウソンにも渡した健康祈願が代表格だと言えるだろう。
「もしお相手が決まっているのなら、もっと叶いやすくできますけど……」
冒険者たちも二人の話に興味を持ったのか、ギルド内がしんと静まる。
聞かれるのが恥ずかしいのか、カリーヌは伊織の耳にこっそりと囁く。
「相手はセルジオっていうの」
名を告げた途端、カリーヌは耳まで赤く染めた。美人の赤面は非常に可愛らしい。美人さんが途端に可愛らしく変化するなんて、もはや凶器だ。
「わかりました。今、作りますね。期間はどうします?」
「と、とりあえず一カ月で」
「はい」
伊織は紙を用意し、いざ描こうとするがどこまで進ませればいいのか微妙に悩む。そもそもカリーヌの年齢はいくつなのだろう? 相手の年齢にもよる。
それに魔力で叶う恋って虚しくないか? そう考えて伊織はきっかけを作るのみにしようと決めた。魔力で人の心を動かそうなんて大それたことは、伊織はタブーだと思っている。
(日本なら一カ月ってデートに誘われて食事や映画、あと植物園でも散歩して雰囲気が盛り上がってドキドキしながら手を繋ぐとか?)
伊織もそう経験がないため、基準がよくわからない。今時の子はキスまでしちゃうものなのか?
それにもっとわからないのは、この世界での基準だ。
カリーヌの様子を見ればまだ片思いらしいし、どこまで進めるべきか。
「ん~……」
唸る伊織を、カリーヌは怪訝そうに見詰める。
「も、もしかして……脈もないの?」
もの凄く勘違いしたらしいカリーヌの声が聞こえた。
「ああ、違いますよ。お相手はどんな方か知らないので、そこまではわからないです」
魔女の力をどんなものだと思っているのか。
しばらく悩んだ末、まだ片思いだし手を繋ぐくらいまでにしておこうと考えた。
伊織は紙に手を繋いだ絵を描いた。ハートマークも一杯散らす。
「……イオリちゃん、もしかしてこれって……手のつもり?」
指が可笑しい方向に行っているのが非常に気になるカリーヌだった。
「恋愛成就」
漢字でそう書いて、あとは手のひらを合わせて祈る。
(カリーヌさんとまだ見ていない片思い相手との恋愛が成就しますようにっ!)
伊織の手から微量な光が生まれるが、カリーヌは気付いていない。
タジアムがそっと呆れたようにため息を吐いた。
「袋を選んでください」
「これがいいわ」
女性らしい赤い布に白い花を刺繍した袋を選ぶカリーヌ。それはカリーヌによく似合っていて、彼女のためだけに作られたようだと伊織は感じた。
「イオリちゃんがこれ刺繍したの?」
「はい」
不思議そうにカリーヌが渡されたお守りを見詰めている。
「絵は……なんだけど、刺繍は上手なのね」
小さく呟かれた声は伊織には届かなかったが、タジアムには聞こえたようだ。笑うのを堪えるようにそっぽを向く。
「お金持ってくるから待っていてね」
「はい。ありがとうございますっ!」
これでもしかしたらコーヒーが買えないかと、伊織はワクワクする。
伊織の心が弾んでいる時に、二人の男性がギルドの中に入ってきた。
「今、帰った。商業ギルドで騒ぎがあったらしいが、報告はなかったか?」
躊躇なく中に入ってきた男性は背が高く筋肉質な身体をしていた。こげ茶色の髪と瞳をしていて、日本人らしい色だなと伊織は懐かしく思っていた。
「あ? カリーヌはいないのか?」
先程までカリーヌが座っていたカウンターに手をついて、男性は中を覗き込んでいる。
そちらに気が向いていたので、目の前に誰かが立っていることに気付くのが遅れた。
伊織が顔を上げると男性はにこりと笑んだ。
「こんなに精霊に好かれる人間を初めて見た」
突然、爆弾発言を投げられて、伊織は頭が真っ白になってしまった。
(もしかして、この人……。風の精霊が見えているのっ!?)




