14
伊織はカリーヌが用意してくれた机の上に、持ってきたものを並べ始めた。
薬はすべてではない。五つぐらい同じものを縦に並べる。風邪薬と疲労回復薬、痛み止めだけなのでたいした時間もかからない。
傷薬は少しだけ悩んだが、一番端に置いた。
あとは『魔女のお守り』とイラスト付きで可愛らしく描いた看板をどうしようか悩む。せっかく描いた看板なので一度はお披露目したい。
「タジアム。これどうしようか」
『もうここでは魔女だと露見しているのだ。出してもさして問題はなかろう』
「そうだよね」
タジアムの言葉で、決心がついた。
可愛らしい刺繍を施した小さな袋をいくつか出して、その前に看板を出す。
あとは伊織がその前に座るだけだ。
「できた」
人生初めての自分の店である。ちょっと楽しくなってきた。
ふぅ~と吐息を吐いて前を見ると、酒を飲んでいた冒険者たちが一斉に視線を逸らす。見ていたことがバレバレだが、伊織が子供だったため怖がらせてはならないという彼らなりの配慮だった。
でももの凄く気になるのだ。だから自然に視線がチラチラと伊織の方へ向いてしまう。
伊織も視線は感じているものの、実害はないので放っておいた。見慣れないものが目の前にいれば気になるというのは理解できる。
ちょこんと机の前に座ったはいいが、大変暇だ。伊織がカリーヌが置いていった露天市のチラシを見ようとしていたら、タジアムに名を呼ばれた。
『伊織』
「ん? 何?」
『あれ』
顎で外を示されて伊織が視線を向けると、外には商業ギルドで親切にしてくれた男性が中を窺うようにして立っていた。少しおどおどしている。やはり一般の人にとって、冒険者ギルドの敷居は高いのかもしれない。
男性が中にいる伊織に気が付いた。目が合った途端、ホッとしたような顔をした。
伊織もにこりと笑い手を上げかけたのだが、その手が途中で止まる。
商業ギルドで自分が魔女だとばれたのだ。魔女はそんなに受け入れられないと実感したばかり。その魔女が気安く自分に声をかけてきたら嫌なのではないか? と思ってしまった。
伊織はもう一度にこりと笑んで、ゆっくり手を下ろした。
それを見た男性は何かを決心したように、ギルドの中へと入ってきた。
入ってきた男性に、ギルド内にいる人間すべての意識が集中する。
目の前に立つ男性を伊織はじっと見上げた。もしかしたら何か言われるのかもしれないと、伊織は身構える。
「さっきは庇えなくてごめんね」
「……え?」
男性の言った言葉が一瞬理解できなかった。
「もしかしたら、君を庇えば露天市の受付をしてもらえなくなるかもしれないと考えたら、どうしても前に出れなくて……」
(ああ、謝られてるんだ。……私)
そう理解した時には頭を下げられていた。
伊織は慌てて立ち上がり、手を振った。
「いえ、大丈夫ですっ! 私もごめんなさい。何だか巻き込んでしまったみたいになって。あの後……何もなかったですか?」
「うん。こっちは大丈夫だよ。でも手を怪我してなかった? 血が見えたように思ったんだけど……」
「えっ!? イオリちゃん、怪我してたのっ?」
驚いたようにカリーヌが声を上げ、受付の奥で立ち上がった。会話を盗み聞きしてたのが、これでばれてしまった。
「あ……、ん~、ごほん。どうぞ、続きを。おほほ」
笑って誤魔化しても、もう遅い。
冒険者たちも頭を抱えるようにして「何やってるんだ」と心の中で突っ込んでいた。
「えーと、ここで何してるの?」
男性の言葉に伊織は自分の後ろに置いてあった先程までカリーヌが座っていた椅子を、机の横に置いて座るのを勧めた。
「あ、どうぞ」
「ん、ありがとう」
男性も素直に座る。
自分が魔女であることを知っているはずなのに、迷うことなく側に座ってくれたことが伊織にとっては嬉しいことだった。
「露天市に参加するのにお金がいるでしょう。お金持ってないって言ったら親切にお店開いていいよって言ってくれて」
「そうか……親切にしてもらえたんだね。よかった」
心からよかったと思っているような声音に、伊織の胸がほっこりする。
「はい。本当に有り難いです」
にっこりと二人微笑み合う。ここだけ何だか違う世界みたいな雰囲気だ。
よく周りを見渡せば、厳つい冒険者だらけだというのに。
「これ何? 魔女のお守り?」
「はい。まさか魔女がこれほど受け入れられないって思ってなかったので、頑張って作ってしまって。一度もお披露目できないのもなんなので、ここでだけならいいかなって。今度来る時は違う看板作らなきゃ」
男性は微笑みを浮かべてたまま、伊織の話を聞いてくれた。
「お守りって言うのは私が紙に念じて、この中に入れて肌身離さず持っていてもらうものなんです」
「肌身離さず……」
伊織は繰り返された言葉に頷いた。
「お守りは常に持っていないと効果はないですから。その人だけの世界でたった一つのお守りなんです」
「いいね、その言葉。今度作る看板にそう書けばいいよ。人は限定とか貴方だけのって言葉に弱いものだよ」
いいアドバイスに伊織は両手を合わせて喜んだ。
「いいですね。そうします」
「じゃあ、俺もお守り貰おうかな」
嬉しい言葉に伊織は用意してなかった紙とペンとインクを慌てて鞄の中から取り出す。
「この頃、貴方の周りで変わったこととか気がかりなこと。あと身体に変調とかはないですか?」
「ん~、身体に変調はそうないけど。あ……、でも気がかりなことならある」
何かを思い出したように男性は声を上げた。
「俺が住む街はもっと内陸にあるんだけど、流行病がね……年々村に近付いてきているのが気になって」
流行病。確かに気になるだろう。伊織は男性の言葉に何度も頷く。
「畑で野菜を育てて、あちこちの露天市で売って生活してるんだ。女房の手仕事も一緒に売ってるんだよ」
世間話に突入したが、これこそ伊織の仕事だ。その人の悩みや世間話を聞いて、その人にあったたった一つのお守りを作るのだ。
「先祖代々受け継がれた土地だし、そう簡単に離れられない。でも娘もいるし、どうしたらいいのか決めかねているんだ」
「だったら、悪病退散のお守り作ります」
「流行病にも効くの?」
「そう念じます」
念じるって自分で言ってても、ちょっと曖昧だなと思う。念じるだけで願いが叶うのかって。
でも伊織は魔女である。魔女は何でもできるのだ。
「じゃあ、お願いできるかな。あ、でも一ついくらだい? それによっては買えないかもしれない」
魔女はぼったくりだと聞いたばかりだ。値段も看板には書いておいた方がいいなと、伊織は頭の中に記憶させた。
「一か月有効なのが千ギルで、半年が五千ギル。一年有効なのが一万ギルです」
「……安過ぎない?」
男性が苦笑してそう告げてきた。
「本当に効果があるのなら、それは破格の値段だって言えるよ?」
「え~……、そうかな? でも材料は袋の布と紐。あと紙とインクだけだし……」
伊織としてはこれでもぼったくりだと思っているのだが、男性の苦笑は深まる。
「商売っ気がないな~、ははは。じゃあ、女房と娘、そして俺の分の三つください。有効期間はお試しってことで、一カ月のを」
「はい。ありがとうございますっ!」
伊織は慌てて紙とペンを用意し書き始めた。




