13
先程の席に再び戻り、伊織は落ち付いてから事情を話し始めた。
だが本当のことは言わないでおく。自分が青の魔女であることだけは話さなかった。
「そんなことが……。あの狸親父っ」
受付の女性はカリーヌと名乗ってくれた。
美しい眉を歪めて吐き捨てるように言った言葉に違和感を感じて、膝の上に置いていた手を見詰めていた視線を上げた。
「腹が前に突き出た鼻が赤い男でしょう? あの人の魔女嫌いは有名なのよ。この街の人たちが皆魔女が嫌いという訳ではないからね」
話を聞いていたのか、周りのむさ苦しい冒険者たちも無言で大きく頷いているのが見える。
「本当にごめんなさいね。同じギルドの人間がそんなことしたなんて……許せないわ。何かしらの制裁を……」
「もういいです。東門の隊長さんの話をちゃんと聞いていたのに、違うギルドに寄った私が悪いんです」
伊織がそう告げると、カリーヌは余計に泣きそうな顔になる。
「そうんなこと言ってると、あいつが図に乗るわ」
「んー……、でももう関係ないので」
きっぱり告げた伊織の頭を、カリーヌは何の躊躇もなく撫でた。
「何て可愛いの」
「……」
この世界の十五歳は子供なのだろうか? 日本ではまだまだ子供扱いだが。
「じゃあ、改めてこの紙に記入してね」
「はい」
伊織が素直に書き始めるとようやくカリーヌは息を吐いた。
「イオリ……、変わった名前ね。えっ!? 十五……歳?」
「「「「「っ!?」」」」」
カリーヌの言葉に冒険者たちが一斉にこちらを振り向く。
その驚きように、やはりこの世界でもこの身体は小さいのだと感じた。
「確かなことはその……親もいませんし、わからないんです」
言葉を濁し、察してくださいという風に装う。
「あ……ごめんなさいね。小さな人がいない訳ではないのよ。これから伸びるって子もいるし……」
カリーヌが言えば言うほど、何だか言い訳みたいに聞こえて少し笑えた。でも慰めてくれようとしている気持ちは嬉しかった。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私自身はもう気にしてないので」
「そ、そう?」
話題を変えようと、記入を終えた紙をカリーヌに差し出す。鞄に手を入れ、トルテにもらった大事な紙幣を紙の上にそっと置いた。
「はい、確かに受け取りました。身分証を作るから待っていてね」
「はい」
カリーヌが立ち去ると、伊織はすっかり冷めてしまったお茶を飲み干す。
『どうするのだ? 露天市には参加するのか?』
「うん、参加したいけど……」
言い淀む伊織の顔をタジアムは覗き込んだ。
「よく考えたら露天市も参加するのにお金がいるんじゃないかなって」
『うむ……』
世の中、何かしようと思えばお金が必要なのだ。どこの世界も世知辛い世の中である。
「お待たせしました。これが身分証よ」
クレジットカードみたいな大きさのものを渡される。どう見てもプラスチックのように見えた。
「この素材……」
「不思議よね。その素材が使われているのは身分証だけなのよ。昔の魔法使いが開発したものなんだって」
その昔の魔法使いって、もしかして同じ日本人の転生者ではないのか? と伊織は疑ってしまう。
しかもゲームを知らなさそうである。もう少し小さかったら首からかけられるのにと不満に思った。
「なくしたら再発行はできるけど、またお金がいるから……。大事にしてね」
「はい」
カリーヌはカラフルな紙を伊織に見せるように差し出す。
「これが毎月行われる露天市。中央広間で行われるのよ。東西南北、それぞれ順番に管理が巡ってくるの。今回は東のギルドが担当ね。参加はいつでも自由にできるわ。ただ登録が必要なの。その時の担当のギルドに行って手続きをする必要があるわ」
結構複雑なようだ。
「ご領主様の住むお屋敷の外壁に沿って市が開かれるの。結構多く集まるのよ。何しろお屋敷をぐるって回り込むようにお店は設置されるから。地方からもこれを目当てにやってくる人もいるし、街の中はとても賑やかになるわ」
お祭りみたいなものなのだろう。伊織はとても楽しみになってきた。
「イオリちゃんは何を売るの?」
「薬とお守りです」
「お守り?」
聞き慣れない言葉にカリーヌは首を捻る。
伊織は見せた方が早いだろうと思い、鞄の中から小さな袋を出した。
「その人のお話や悩みを聞いて、紙におまじないというか……念じてからこの中に入れるんです。有効期間を決めて値段を変えようかなって。……やっぱりこれって、インチキ臭いですか?」
魔女の話を聞いた後では何だか胡散臭い。
もう少し考え直してから商品を売った方がいいかもしれない。
「う~ん、でも一定人数はいると思うのよ。自分の運勢的なものが気になる人は。だからお守り? は売れるとは思うけど……いくらで売るつもり?」
ここでのお金の価値観がわからない。まずはそこから聞き込みを開始だ。
「一月、半年、あと一年の有効期間を設けようかと考えているんです。でもその相場がわからなくて……。だいたいこの街の人の一月のお給料の平均はいくらくらいですか?」
「ん~……、それはまちまちね。一言で言うのは難しいわ」
男性と女性でも違うだろう。それにこの世界は街を歩いた感じでは個人で商いをしている人が多いように見えた。雇われている人は少ないようだ。
(皆、社長って感じね。これは凄いことだわ)
「じゃあ、このお茶。お店で飲むとしたらおいくらですか?」
「そうね~、五百ギルくらいかしら」
思っていたより少し高い。
わざわざ外でお茶を飲むのはもしかしたら裕福な人だけなのかもしれないと思った伊織は、横の置かれた菓子に目を付ける。
「これはいくらくらいですか?」
「ひと袋、六百ギルよ」
カリーヌが菓子が入っていた袋の大きさを手で示してくれる。
そう考えたら日本円とそう変わらない価値かもしれない。
伊織は少し考えてから声を発した。
「お守りは一月千ギル。半年五千ギル、一年有効なのは一万ギル……くらいでどうでしょうか?」
「そうね。それくらいなら大丈夫だと思うわ。一月有効のものは結構面白いって買う人が多いかも」
カリーヌの賛同も得て、伊織はほっと息を吐いた。
「参加料に三千ギルが必要なんだけど……」
「…………」
無言の伊織の顔を見て、カリーヌは何もかも察したのだろう。
「商業ギルドで嫌な気持ちにさせたのだものね。その、ここで少し何か売っていく?」
その提案に伊織は飛び付いた。
「いいんですか? ぜひお願いしたいですっ」
「ああ、ようやく笑ってくれた」
拳を作って勢いよく立ち上がった伊織を見て、カリーヌも安堵したように息を吐き微笑んだ。
「……っ」
余程自分は暗い表情をしていたのだろうか? それなら申し訳ないなと思ってしまった。
「薬も売る? ここに座って売ればいいわ。植え木の向こうに机を出しましょうね」
「……は、はい」
ガタガタと机を一緒に移動させた後、伊織は思い切ってカリーヌを見上げた。
「あ、あの……。ありがとうございます」
「この街を嫌わないでね」
嫌うなんてない。こんなに親切にしてくれた人がいる街を嫌うなんてことはない。
伊織は自分の意志を示すために、一生懸命に首を横に振った。声は喉の奥に何かが絡んでしまったようになって出て来なかった。
「ありがとう……」
伊織の気持ちが伝わったのだろう。カリーヌは優しい笑みを浮かべて反対に礼の言葉を告げた。
「時間は、そうね。夕方までならいいわよ。私の勤務時間が終わるまでね」
大きく何度も頷く伊織の頭に手を置いて、カリーヌはハッとした。
「あ……、もう十五歳だったわね。こんなことしたら失礼よね」
「カ、カリーヌさんにだったら……嬉しいです」
ようやく声が出たことに伊織もホッとする。
「まっ! な、何て可愛いのぉ~っ!」
頬を染めて伊織がそう告げると、豊満な胸に顔を抱き込まれた。
ボフンとされて少し息苦しいが、その代わりいい匂いがした。




