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伊織はギルドの受付の女性を見上げ、綺麗な人だなと思った。こんなに綺麗で明るかったら、さぞモテるだろうと思う。そう思うと少しばかり羨ましくなる。
かという今の自分も相当美少女なので、羨ましがる必要もないかとにこりと笑んだ。
「あら……可愛い」
(ありがとうございます)
思わず言ってしまったという感じの女性の感想に、伊織は心の中で礼を言っておく。
「あの、身分証を作りに来ました。あと……来週、露天市があるって聞いたんですけどそれにも参加したくて」
「ああ、身分証ね。この街は初めて来たの? それともこの街から別の場所に行くのかしら」
今の伊織の見た目は子供みたいに見えるらしい。子供は街を移動しないから、身分証はないのか。それともある年齢に達すると身分証はもらえるのか。伊織にはわからない。
その街や領、国によってもその辺の事情は違うのかもしれない。
「この街には初めて来ました」
「そうよね、初めて見る顔だなって思ってたわ。とりあえず入りましょうか。ちょっと怖いおじさんたちがいるけど、害はないからね」
中を改めて見ると、こちらを窺っていたのか明らかにバッと視線を外す人たちが多数いた。
彼らも子供がこんなところに何の用があるのだと、思っているに違いない。
街の人たちはガラが悪い冒険者ギルドには余程のことがない限り近寄らないだろう。依頼もなければ冒険者など暇に違いない。昼間から酒を飲む彼らを毛嫌いする者は多いはずだ。
(今の私も嫌われているけど……)
伊織はこれから自分のことを魔女と告げるのは控えるべきかと悩んでいた。でも今日は身分証を作るので、誤魔化すことは不可能だろう。職業の詐称をすればどんな罰があるかは知らないが、何かいいがかりでも付けられた日には堪ったものではない。
(今日は厄日だとでも思わないと駄目ね)
もう諦めの境地だった。
でもいざという時は外壁など関係なく箒で飛んで逃げればいい。追われるかもしれないが、風の精霊が加担してくれるだろう。スピードで負けなければいいだけのことだ。
そして伊織にはさらに奥の手がある。
東の森、青の魔女が住む森に逃げ込めばいい。
あの森は誰も近寄らないのだから。
そう思えば気楽なものだ。
カウンター前に連れてこられた伊織の背中に、またも視線が刺さる。まあ、見れば逸らしてくれる気遣いはあるようなのでまだいいだろう。
物珍しいものがあれば、人は無意識に見てしまうものなのだ。
「あら、貴女にはちょっとここは高いわね」
カウンターに着いて伊織はちょっと黙り込んでしまう。顔しか出ていなかったのだ。確かにここで文字を書くのはちょっと厳しいかもしれない。
そんなにこの世界の住人たちは背が高いのか? それとも冒険者ギルドの身体が大きい人たち仕様だからなのか?
でもギルドには少ないだろうが依頼に来る者もいるだろうに、こんなに高くしても大丈夫なのか。
「ちょっとこっちに来て」
カウンターの横には植え木があって、その隣に丸いテーブルと椅子があった。そこに案内される。依頼者は普段ここに通されるのかもしれないなと伊織は思った。
「ここに座ってちょっと待っててね」
「はい」
余程子供と思われているのか、女性の対応は丁寧だった。
視線をキョロリと室内へと移す。またも皆、顔を逸らすように配慮する。
もの凄く興味はあるが、小さな女の子を怖がらせてはいけないという感じがひしひしと伝わって何だか微笑ましくなってしまった。
思っていたより怖くないところみたいだ。冒険者ギルドは。
だが油断は大敵だ。
彼らが伊織が魔女だと知ったらどう変わるか。
先程手酷くされた身としては気を引き締めておいて損はない。
それに冒険者は腕自慢の者が多いだろう。一気にかかってこられたら、伊織では一溜まりもない。まあ、魔法を使えば逃げれないことはないだろうが怪我はさせたくないのだ。
「どうしよう、タジアム。魔女って言わない方がいい?」
肩に乗ったままのタジアムに小声で尋ねる。
『身分証を作るには職業欄があるのだろう? 嘘をついて大丈夫なのかどうかは我にもわからぬ』
「そうだよね。罰的なことがあれば余計に厄介なことになるよね?」
『うむ』
タジアムも悩んでいるようだ。
「お待たせ」
先程の商人ギルドで見た同じ紙が目の前に差し出された。
それと何故かお茶とお菓子も。
(やっぱり子供と思われているな~……)
苦笑しながら女性を見た。
女性は前に座り、話す前にお茶を口にする。
「貴女もどうぞ、食べて飲んで」
「はい、いただきます」
喉は乾いていたので、遠慮なく頂く。
飲むとお花の香りがする紅茶みたいなものだった。
「美味しい。香りも……」
「今お茶にこってるんだけど、ここに来る奴らなんかに飲ませるのはもったいなくてね。貴女みたいな人が来てくれて嬉しいわ」
どうやらお茶好き同盟みたいな同行会メンバーになれる人を捜していたらしい。
ぜひその同行会には参加したいが、でも無理だろうなと伊織は諦めた心地で微笑みを浮かべた。
「文字は書ける?」
「はい」
女性が紙とペンを差し出してきた。ここではインクにペンをつけて書くのが主流らしい。
インク壺も瀟洒なものなので、目の前の女性は以外にも可愛らしいものが好きなのかもしれない。
「名前の横の職業欄だけど、これからなりたいな~っていう希望でもいいからね」
「はい。……あの、私…………魔女なんですけど、そう書いても構いませんか?」
「……魔女?」
一瞬沈黙した後、女性はぽつりと声を出した。
(ああ、やっぱり駄目だ。この世界では魔女は受け入れられない)
壁に立てかけていた箒に伊織は手を伸ばした。
「あの、ごめんなさい。やっぱり身分証はいいです」
帰ろうとした伊織を見て、女性は慌てて立つ。
「待ってっ! ちょっと驚いただけなの。冒険者ギルドはそんなに魔女を毛嫌いしないわっ!」
意外な言葉を告げられて、伊織は入口付近で立ち止まる。
小走りで追ってきた女性が伊織に謝罪した。
「ごめんなさい。久し振りに魔女を見たから……」
(他の魔女は密かに暮らしているのかな?)
彼女の言葉でそう思った。魔女は生きぬくい世界だから、身分を隠してひっそり生きているのかもしれない。それとも数自体少ないのだろうか。
「貴女のように気持ちよく自分のことを魔女と公言する人は少ないの」
魔女の立場を弱くしたのは魔女以外の者たちだ。なのにその人たちがいろいろ言うのは間違っていると思う。
少し気落ちしながら、伊織は俯いた。
「もしかして……商業ギルドで何かされた?」
フードの裾から何か見えたのだろうか? 女性が何かを見て優しく声をかけてきた。
伊織が目をやると、スカートが少し汚れていた。転んだ時にでも汚れたのだろうか。
「あ……」
慌てて隠そうとしたが、女性はその場に跪いて汚れを払ってくれた。
「本当にごめんなさい。この街の一員として謝罪します」
商業ギルドで何が起きたのか、彼女には話さなくてもわかっているようだった。
彼女が顔をあげると目には涙が滲んでいて、それを見た伊織は我慢していた何かが壊れてしまった。
ポロリと出た涙に自分でも驚いてしまった。
涙が零れ落ちた伊織を見て、女性は驚愕したように目を見開く。その後すぐに、伊織と一緒に泣いてくれた。
「よ、余程酷いことをされたのね。怪我はない?」
「……はい」
彼女に促されて伊織は再びギルド内へと戻った。




