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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 すぐにギルドを離れるが、しばらく歩くと怪我をした手がズキンと痛んだ。

 伊織が顔を顰めると、肩に乗っていたタジアムが髪を軽く引っ張った。

『まずはその手を治そう。あそこに入るぞ』

 路地を顎で示すが、こんな街中の路地など危険極まりない。きっとゴロツキなどがいるだろう。

「でも……、誰かいたら」

『大丈夫』

『あそこには誰もいない』

 風の精霊が教えてくれた。彼らは何故か伊織の怪我をしている手を見詰めて、苦しそうに眉を寄せていた。

『青の魔女』

『ごめん』

『守ればよかった』

『あの男、風で吹き飛ばせばよかった』

 いろいろ話しながら開いていた手にわらわらと集まって、怪我の様子を窺っている。

「大丈夫だよ、ありがとう。皆がいるから痛くないよ」

『嘘をつけ。こんなに血が出ているではないかっ!』

 確かに血は出ていたが、心配する皆の顔を見ていると心がほっこり温かくなって、痛みなど僅かしか感じなくなっていた。

『魔法』

『治す』

 風の精霊は嬉しそうな顔になって、魔法で治せと言ってきた。

「え? でも治癒魔法なんて使ったことないよ。それにここで使うと……さすがに拙くない?」

 魔法を使っているところを見られるのはどうだろう? 騒ぎにならないだろうか?

 ただでさえ伊織はすでにギルドで騒ぎを起こしているのだ。これ以上親切にギルドを教えてくれたトルテに迷惑をかけたくない。あのギルドの男なら、トルテに何かイチャモン付けそうだ。

『風の結界』

『作る』

「風の結界? 何それ?」

 タジアムが珍しく大きな目をクリクリとさせた。

『そなたたちがそれほど人に加担するとは……。見たことも聞いたこともないが』

 精霊は人に力を貸すことはないのだろうか? タジアムの台詞から伊織はそう理解した。

『青の魔女、好き』

『大好き』

 手に集まっていた風の精霊たちが顔に飛んできて、頬にキスをする。

「……ありがとう、私も好き。好きって言ってくれて、嬉しいよ」

『ふふふ』

『私も嬉しい』

 お花が咲いたような雰囲気に、タジアムがため息を零す。

『今回は魔法はいらぬ。伊織、傷薬があっただろう? あの効き過ぎる奴は持参してはおらぬのか?」

「あ……持ってきてた」

 タジアムは鞄の中に顔を突っ込み、傷薬の入った丸い容器と水筒を手にし顔を出した。

『まずは水で洗え。その後、薬を塗るんだ』

「は~い」

 すっかり心配性になってしまったタジアムに、伊織は笑いながらも路地に入る。

 水筒の蓋を開けてくれたタジアムから受け取り、水で傷を洗う。

「あ、ちょっと沁みる」

『さもあらん。結構深いように見えたのだ』

 辛辣な言葉尻りを発している風には装っているが、過保護にもハンカチまで出してくれる。

 それを受け取り、水分を拭った。

 今度は傷薬の蓋を取って待っているタジアムから、薬だけ指ですくい傷に塗る。

 ぽわんと傷が温かくなったあと、傷跡がなくなる。

「いつ見ても……凄いね、この塗り薬」

 傷跡も残らない優れものだ。これは売れないねとタジアムとも相談したのが、三日前。だから、違うものを作っていくつか持ってきていた。それでも効果は抜群なのだが、もうこれは売ろうと決めていた。

『もう、痛くない?』

『大丈夫?』

『青の魔女、痛くない?』

「うん、大丈夫。もう痛くないよ。ありがとうね、心配してくれて」

 風の精霊たちは嬉しそうに何度も頷いている。

 少しタジアムがふくれているように見えたので、頭を指先で撫でてやった。

「タジアムも、ありがとう」

『……うむ。痛まぬのならよい』

 タジアムのツンデレにほっこりなりながら、表通りに戻った。

『また行く?』

『ギルド行く?』

「うん。今度はちゃんと右側のギルドに行かなくちゃね」

 少し後ろを振り返り、誰も追って来ていないことを確認してから伊織は通りを歩き出した。

『それはそうと……』

「ん? 何?」

 伊織の上空を飛んでいる風の精霊たちを見上げながら、タジアムは声を出した。

『あれらに、そなたのことを青の魔女と呼ばせたままで構わぬのか? まあ、まずあれらが姿を見せたいと思わぬ限り、姿も見えないだろうし声も聞こえないだろうが』

「あ……、そうか。もし見える人がいれば、だよね? んー、どうしよう。お願いしたら聞いてくれるかな?」

 会話を聞いていたのか、風の精霊たちが大きく頷く。

『何て呼ぶ?』

『青の魔女、駄目』

『駄目』

『何て呼ぶ?』

 次々に声をかけられるのも慣れてきて、伊織は『ふふふ』と笑んだ。

「じゃあ、伊織かな」

『イオリ』

『イオリ、……可愛い』

『可愛い、イオリ』

「可愛い? 止めてよ~」

 否定するけど、内心はとても嬉しかった。

 まるで名前を褒められた気分になったのだ。この『伊織』って名前は祖父につけられた。まだ祖父母も健在で何の心配もなく笑っていられた頃。……幸せだった幼い頃の日々。

 伊織はこの名前が好きだった。男みたいだとよく茶化されたけど、自慢の名前だったのだ。その名が認められた気分になった。喜ばない訳がない。

『お、あれではないか?』

 見えてきた縦にも横にも長い建物を、伊織はあんぐり口を開いて見上げた。

 入口の扉は開かれて、閉じないように床との隙間に何かを挟んである。営業中な証拠だろう。

 だがもの凄く入りにくい。

 何故なら入っていく人たちが、筋肉隆々の身体を持っている人が圧倒的に多いのだ。それと人相が悪いのも混じっている。明らかにどこかに潜ったあと、というような汚れ塗れの人もいる。

『汚いな……』

 伊織はタジアムの言葉に大きく頷いた。

 迷いながらも伊織は入口の前に立つ。

 すぐには入らず、中を覗き込む。

 右側には紙を張り付けたものが設置されている。それを吟味するように立って見ている人が三人ほどいた。

 反対側には丸いテーブルと椅子。盃を持っている人がいるので酒の提供でもしているのか? あと何かを食べている人もいた。

 一番奥に目を向けると、カウンターがある。その中にいる女性と伊織はバッチリ目が合ってしまった。

「あ……」

 女性がにっこりと笑い、席を立って入口まで来てくれた。

「いらっしゃい。ご依頼かしら?」

 とても細くてスタイルのいい女性。そしてやはり伊織よりかなり背が高い。オレンジの髪、そして赤茶の瞳がとても印象的だった。明るい雰囲気の彼女によく似合っている。

 伊織はごくりと一度唾を飲み込んでから、唇を開いた。

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