10
東門の前はもの凄く長くて大きな通りになっていた。左右には様々な店が軒を連ねていた。
あまりの人の多さに、伊織はしばし立ち止まって眺めた。
「人に会いたいとは思ったけど、こんなに多いのはちょっと予想外」
家の上空でこの街を見た時には、人の数までは見えなかった。この街はかなり大きいし、そして人口も多いようだ。
「栄えているのね」
この雑沓の中に入るのは、少しばかり勇気がいる。今の伊織が人にどう見られているのかもわからないし。この街に詳しい人には伊織が他所者だとすぐに気付くだろう。いや詳しくなくても、街の様子を口をあんぐり開けて見上げていれば、田舎者だと判断されるに違いない。
「右にギルド……」
呟きながら大通りを歩く。道はかなり横幅もある。道は真っ直ぐと長く伸びていて、突き当りは遥か彼方にあった。建物らしきものが霞んで見えるのだが、外壁ほどではない高さの壁がその前にある。
「あれがもしかしたら領主様のお屋敷かな?」
東西南北に門がある街だ。放射線状に街が形成されているのを、空を飛んでいる時に確認済みだ。
しばらく歩いていると、一つの建物に人が大勢群がっているのが見えた。
伊織が看板を確認しようと見上げると。
「あれ? ギルドって書いてある。でも確か隊長さんは右側にあるっていってたのに」
建物の前にいる人に聞いてみることにした。
「あの、ここはギルドですか?」
見た目は小さくて可愛い伊織だ。この忙しい時に声をかけてくるなって顔で振り向いた男性は、伊織に気付いた途端にこりと笑みを浮かべた。
「そうだよ、ここはギルドだ。お譲ちゃんも一週間後の露店の申し込みに来たのかい?」
「え? 露天?」
違うのか? と男が伊織を見る。
「ああ、今日から申し込み開始なんだ。東の中央広場で露天市が開催されるんだよ。これに申し込めば誰でも店を開けるんだ」
面白そうなことをするなと、伊織も興味を持って瞳を輝かせた。
「店を構える前のお試しにもなるし、子供のお小遣い稼ぎでも店を出せるって評判なんだよ」
「わあっ! わ、私も店を出してみたいですっ!」
伊織がそう声を出した時、ギルドの中から男性が数人出てきた。
「並べ~、並べ~っ!」
「並ばないと申込は受け付けないぞっ!」
その声に皆素直に並び始める。
伊織も男性に腕を引っ張られて列に並んだ。男性のおかげで、比較的前の方へと並べる。
「あの腹が出ている男には気を付けるんだよ。ここの統括をしている男なんだ。でも評判は悪い。露天市は評判でね。そのいろいろ賄賂なんかも受け付けていて……」
なるほど。あの男に賄賂を贈ることで早く受け付けてもらえたり、いいところに店を構えることができるのだろう。
「悪代官かいっ!」
伊織は小さく悪態をつくが、ギルドの男に聞こえてしまったらしい。
バッとこちらを見た男に、伊織は『ひっ』と身を竦ませる。
「……見ない顔だが」
「……は、はい。身分証を作りに来たところ、露天市のことを聞いてやってみたくなって」
「ふむ……」
何故かしら伊織の全身を確認する男。その視線に悪寒が走る。
「いくつだ? 話によっては順番を早めてやることもできるが……」
粘着質な男の目が、嘗めるように伊織の全身を見た。
伊織の頭に警鐘が鳴り響く。この男の言うことを聞けば、とんでもないことになると。
でも身分証だけはどうしても欲しい。
「や、やっぱり……身分証だけ発行してくれますか?」
「ならば、こっちだ」
顎で中を示され、男の案内するままにギルド内へと入った。
「身分証の発行をしてやれ」
「はい」
受付に案内されて紙をカウンターに置かれた。
「ここに名前と年齢。あと職業を書いてください。文字は書けますか? 書けなければ代筆しますが」
「大丈夫です」
受付の男性は頷いて、ペンとインク壺を置いてくれた。
「職業……」
伊織が呟くのを聞いて、男性がさらに説明してくれる。
「これからしようと考えているものでも構いませんよ」
「あの……魔女の場合はどうすれば」
「え? 魔女?」
男性が驚いたような声を上げる。その声は意外にもギルド内へと響いた。
しんと静まったギルド内に、伊織は『しまった』と思った。東門の隊長も忠告してくれたはずではないか、魔女はこの街では忌むべきものだと。
「魔女だとっ!? この街でどんな商売をするつもりだっ!」
ここまで案内してくれた厄介な方の男が声を張り上げた。
「あ……」
急に怒鳴られて、伊織の身体が固まる。
「うちは商業ギルドだ。魔女なんてインチキ臭い者の受付はしていない。ここではなく冒険者ギルドの方へ行けっ!」
こことは違うギルドもあると知り、伊織は隊長の言葉を思い出していた。
(こうなることを見越して、東門の隊長さんは初めから冒険者ギルドの方を教えてくれたのね……)
伊織は持っていたペンを置き素直に外へ出ようとしたのだが、目の前に男が立ちはだかった。
「待て、魔女。この街に魔女は必要ない。すぐに街の外へ出ろ」
魔女のイメージが悪いとは聞いていた。だけど存在まで否定するのはどうかと思う。
伊織は睨むように男を見上げた。
「何だ? その反抗的な目は。魔女は効かない薬を売り、そして何の信憑性もない占いやまじないなどをする。そのどれもが高値であろうがっ!」
余程、魔女の印象が悪いのだろう。というか以前いた魔女が悪い人だったのだろう。この男とも何か因縁があるのかもしれないと思った。
反抗するだけ損だ。伊織は無視してギルドの外へと向かった。
だが肩を男に掴まれ、引き倒された。
「きゃっ」
ころんと転んだ伊織を、男が見下すような視線で見る。
タジアムは伊織が転んだ拍子に床へスタンと飛び降り、男に向かい威嚇の声を上げた。
「きぃきぃいーっ!(何をするっ)」
しかし他の人間には猿の声のように聞こえた。
「何だ? 魔女の使い魔か? 魔女は悪魔と性交し力を得るというが……。そんな見た目だが処女ではないのだな。穢れた女めっ」
まさかそれほど酷い言葉を投げつけられるとは思わなかった伊織は、愕然とその場に座り続けた。
あまりの衝撃に男を呆然と見上げていると首根っこを掴まれ、外へと引き摺られていく。
投げ捨てるように手を離した男に、さらに愕然とする。
「ここでは受け付けられない。街に滞在したいのなら冒険者ギルドへ行け。その先にある」
顎でさらに奥を示される。
蹲ったままの伊織を気遣うように、タジアムが腕に触れる。
『大丈夫か? 伊織』
「う、うん……」
しかし大丈夫ではなかった。投げられた拍子に手のひらに怪我をしてしまったようだ。
血が滲んでいるのを見たタジアムの身体から、異様な気が流れ出た。
「タ、タジアム……大丈夫だから」
小さな声で宥める。
大丈夫ではない。大丈夫ではないが、そう言わないとタジアムが何かをしてしまいそうで怖かった。こんなに怖い雰囲気のタジアムを見るのは初めてで、伊織も戸惑う。
タジアムの雰囲気に、男も恐れおののくように一歩後ずさる。
「ふ、ふん。さすがは魔女。使い魔の教育もできていないようだ。さっさとここから立ち去れっ!」
男はさらに暴言を吐き、ギルドの中へと入っていった。
ギルド前に並んでいた人たちが、ひそひそとこちらを見ながら囁き始める。その顔色は皆、青褪めているように見えた。
皆、魔女が怖いのだろう。伊織がそう思えるような瞳だった。人々の恐怖心が、こちらまで伝わってくるようだ。その中には嫌悪を示す目もある。
ここは早く立ち去った方がいいと伊織は判断した。
先程親切にしてくれた男性と目が合う。男性はビクリと身体を刎ねさせて、視線を逸らした。
伊織はそれにも衝撃を受けて、目に涙が滲んだ。
『伊織、行こう。こんな胸糞悪いところにいなくてもいい』
肩に飛び乗ったタジアムが頬に寄り添い優しい言葉をかけてくれる。それだけが救いだった。
「うん……」
初めて人の住む街へ来た伊織だったが、手痛い制裁を受けてしまった。




