様々な出会い
「沖田総司君の1回戦突破を祝して!乾杯!」
「乾杯!」
「よくやった総司!」
「目出度い!」
『大江戸剣術祭り』の会場は、試衛館から目と鼻の先にある花園神社である。当然試合が勝利に終われば、道場近くの弥助の下宿先である蕎麦屋『大増』で集合となる。いや、負けていても恐らく反省会は開催されていただろう。
ともあれ『江戸3大道場』などと持て囃され、泣く子も黙る桃井道場四天王、坂部大作をKOしてしまった沖田、ド派手なデビューは明日の瓦版を賑わすことだろう。
まだ少年と言っていい顔つきの彼は、この日のヒーローであるにもかかわらず、土間に正座しての宴会参加となっていた。
「総司はやりすぎである。」
というのが弥助の言う制裁の理由である。
「相手は仮にも桃井四天王、あの必殺の突きを跳ね返す技量が無いとは言えぬ。そこを手のうちも見ずに無謀にも捨て身技で飛び込む事は、ただ痛快さを求める子供の剣であり、沖田はそこを学ばねばならん。」
そうは言っても実際に相手をふっ飛ばしての完勝、沖田は江戸のニューヒーローである。
説教は形ばかり、神妙な顔をした沖田もすぐに許され酒を飲み始めた。
「しかし異様な雰囲気でした。」
沖田は現代でいえば未成年だが、この時代では元服も済んだ大人であり、『熱燗よりヒヤで』位の事は言う。
「土俵の上に立つと、円形に取り囲む観客の熱気が直に伝わってきます。まるで試合ではなく果し合いの様な気持ちになったのです。」
「それでハナから例の7段突きか?ホンにオマエは血の気の多いヤツよ。」
土方は20代前半ながら、年長者として苦言を呈する。
「土方さん良いではないか。弥助先生もその辺で勘弁してやって下さい。総司の見事な露払い、明日は私の、明後日は先生の出番を前に、天晴な働きでございました。」
近藤は手ずから沖田に酒を注いでやっている。弟とも思う沖田の活躍が何よりうれしかったようだ。
しかめ面していた弥助だったが、これ以上表情を作り続けることが出来ず、ニヤリと笑ってフムまあよくやったと控えめに沖田を称賛する。
「オノレは闘気の流れを掴んだようじゃな。あの7段突きでやや見えた。」
「マコトにございますか!?」
ぱあっと顔が明るくなる沖田。
「マジかコイツ.....確かにあの突きには驚いたが....。」
「土方さんとうとう先を越されたねえ....。」
土方と近藤は衝撃を受けたようだ。同じ期間、同じ訓練をしながら、2人にはこれまでのところ兆候が見えていない。
「2人とも焦る必要はない。むしろ半年で発現に至った総司が異常、参考にはならん。」
弥助は珍しく優しい言葉をかける。
「先生....。」
「ありがとうございます!弥助先生!」
2人は立ち上がって弥助に深く礼をする。
「んで?先生はどれくらいで習得されたんですか?」
沖田そう弥助に尋ねる。
「ワシか?3カ月くらいかな?」
深く礼をした2人の頭は、それを聞いて下がったまま固まった。
「あーあ先生....2人とも心が折れてますよ。」
「オマエが余計な事聞くからじゃろ!」
闘気の発現については沖田を称賛した弥助も、その習得までには至ってない点を指摘する。
「闘気っちゅうんは自在に出せてこそ、その威力を十全に使う事が出来る。自身が出ていたかどうかも分からぬ様では、まだまだ習得したとは言えんのじゃ。」
熱心に頷く沖田をジト目で見る2人。
「近藤さん何です?見事な露払いでしたっけ?」
「土方さん、私はそんな事は言っていない。無謀な捨て身技で挑んだアヤツは、ただの子供。」
掌を返す近藤の明日の相手は、心形刀流の島田魁という剣士であった。
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「胸を借りるつもりで参ります。」
近藤は落ち着いた様子で、控えの間にドスンと陣取っている。
近隣に弟子も多い事から応援の声は圧倒的だろうが、相手は名門練武館の代表である。
藩主クラスの門弟も多く、道場主の伊庭秀俊は講武所教授方となっている。
百姓剣術と呼ばれて蔑まれている試衛館とは、そもそも剣術の洗練度合いが違う。
しかし近藤は負ける気はしていない。
この半年の間に経験した鬼たちとの死闘が、彼の剣術を数段の高みに引き上げていると確信している。
「ソレでも決まり事が多い竹刀剣術は、十分注意が必要じゃ。」
控えで弥助は近藤に注意を与える。
「名門の門弟っちゅうのはとにかく上手い。十分注意せよ。」
「分かっております。」
大舞台ながら近藤には臆する様子がない。
大声援の中、2人の剣士は控えの簾を押し開けて、花道をゆっくりと土俵上へ向かう。
2日目第一試合の盛り上がりは、昨日に勝るとも劣らなかった。
いやむしろ昨日の騒ぎが更に江戸っ子たちの興味を惹きつけたのか、陣幕の外側ではせめて音だけでも聴こうという物見高い老若男女がひしめき合っている。
弁舌屋は昨日の試合模様を勝手可笑しく語っては、聴衆からお捻りを貰って一儲け。
甘酒熱燗はあるだけ売れる。江戸中の商売人がここに集結したような賑わいだった。
会場内の熱狂は言うに及ばない。第一試合開始前というのに、花吹雪が舞うほどの熱気であった。
両名が土俵上に静かに上がる。会場の歓声は頂点まで達していた。
「しかしあれはまた....大人と子供のようじゃ。」
土俵上を見て弥助が独りごちる。
当時の平均的身長である近藤と、6尺(約180cm)の島田魁では20cm以上の開きがある。
『そーね、精神論じゃ体格差は埋まらないわね。』
サクヤが頭上でそうつぶやいている。
『あの子は闘気は出そうにないわ。努力だけじゃどうにもならないのよね。』
「そう言ってやるな。そんなにポンポン出てくるもんじゃなかろう。」
そもそも百年に一人だ何だと言っていた話より、随分と闘気を習得する者が多い。
『まあそうね。恐らくだけど...時代が動こうとしているからじゃない?』
騒乱の時代には英雄が群がり出るものだ。時代がそれを求める、とサクヤは考えている。
『この10年ほどで時代は変わる。今20代のアンタたちから、そんな英雄が出てくるのよ。そのために普段より優れた若者たちが生まれて来てるんじゃないかしら。』
弥助はふーんと言いながら、目線は近藤を追っている。
「近藤は英雄にはならんのか....。」
土俵上で面を取りつける2人。2日目の第1試合が始まる。
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初日に対戦者は面を付けたまま入場していたが、それでは剣士の顔が見えず面白くないとの意見が多数あったため、2日目から急遽面を外しての入場となった。
この辺りエンターテイナー清河八郎の判断は速い。
『近藤ちゃんはどーなの?剣士としては素質ある方?』
サクヤはそう弥助に尋ねる。
「無論素質はある。天然理心流の跡取りじゃしな。」
弥助はそう言うが、近藤の資質は剣士としてではなく将としてのモノだと思っている。
土俵上は大歓声のまま一本目が始まった。
大柄な島田は動きもやや緩慢であり、近藤は身軽にその位置を替えながら様子を見る。
「でやぁあああ!」
仕掛けていく島田だが、近藤の目まぐるしい変化に着いて行けない。
「おい近藤さんや!逃げるな戦え!」
「ダメだなありゃあ!腰が引けてらあ!!」
観戦する江戸っ子たちは、変化する近藤に『逃げ』を感じている。
実際には余りのスピード差に、島田が的外れな攻撃を仕掛けているだけなのだが。
『あら!意外と力の差があるわね?』
「近藤は元々余り速さのある男ではなかった。犬鬼には相当苦労してたんじゃ。」
なのでかなりの時間、速さを上げる訓練をした。まあ犬鬼の群れに放りこんだだけだが。
「ふっふっふ、まるで止まって見えるわ。あのクソ忌々しい犬どもに比べればな。」
近藤は余裕でそんな事を考えてる。
「あまり余裕を持つな!攻めろ!」
そう叫んだ弥助の一言は、これ程の喧騒の中でも何故か近藤に耳に響いた。
「ひっ!」
弥助怖さに反射的に踏み込む近藤。受ける島田。
「どわっ?」
ガシリと双方の鍔元がぶつかり合い、島田は後ろへすっ飛ばされる。
「おお....なんでえ。あの大男すっ飛んじまったぜ。」
「コイツなんだかちっせいクセに強いんじゃねえか?」
ザワつく会場を尻目に、慌てて立ち上がろうとする島田の面を、近藤は簡単にバシリと撃ち据えた。
「一本!」
審判員の声が上がる。体格差を越えた勝利に会場からも盛大な声援が湧き起った。
『凄いじゃない、力でも押負けないのね。』
「そらあオマエ、倒せんかったとはいえ、大鬼相手に力勝負をしまくったからの。」
力もスピードも段違いに伸びた。近藤とて優勝候補の一角に上がってもおかしくないはずだ。
土俵上では勝負が続くが、近藤の速さに島田は息が上がり、結局一本も取り返すことが出来なかった。
6本連取した近藤が、あっさりと2回戦への進出を決める。
「参りました。世の中広い、アナタにはとてもかなわんと思いましたよ。」
土俵上、島田はむしろスッキリとした様子で、近藤の強さに脱帽している。
「某はイチから稽古をやり直します。また是非とも一手ご教授ください。」
「左様ですか。試衛館はここからすぐのところにあります。ぜひいつでもお越し下さい。」
勝っても驕りを見せぬ近藤に、島田はすっかり心服してしまった。
この後、島田は新選組伍長となり、試衛館の面々と共に戊辰戦争へその身を投じることになる。




