大江戸剣術祭り
安政4年11月20日(1858年1月4日)
「清河八郎、その方に『江戸市中剣術御比試合』差配の儀、申しつける!」
勘定奉行永井玄番頭が、江戸城内の御用部屋において清河八郎へ剣術試合開催の許可を与えている。
事情を知った者の間では今更感が強いが、公式には是非ともやっておかなければならない手続きだ。
「有り難く頂戴仕りますぅ!」
清河もひと芝居付き合っている。表情からは心が読みとれないが、『やれやれ待たせよったもんだ』と思っているに違いない。
御嶽山の洞窟で銀鉱脈が確認できてから、早くも4カ月ほどが経過している。
江戸城の内部では、水戸藩松平斉昭を頂点とする一橋派と、親藩・譜代を代表する井伊掃部守が率いる紀州派の対立がさらに激しさを増していた。
6月、老中首座を辞任しながら、依然として江戸城内に勢力を保っていた、阿部正弘が死去。
開国派である紀州派は勢いづいていた。
江戸の治政を引き受ける高級官僚『旗本』は、ほぼ一橋派支持へ傾いていたためである。首領である阿部正弘の死去は、彼らにとって手痛い勢力の減退であった。
これは非常に分かり辛い。旗本達って基本的に開国派なのでは?と誰しも思うだろう。
彼らは行政の執行者であるだけに、先ず『国防』の観点から開国問題を捉えていた。
開国するしないに関わらず、日本の領海防衛問題は現状の幕藩体制において、諸藩の協力が不可欠である。ここが優先的に解決すべき問題と彼らは考えたのだ。
海岸線の長い日本の防衛は、多くの地域で外様雄藩の力を頼りにしなければならない。この点を踏まえ、かつての老中首座 阿部正弘は外様雄藩へも広く協力を求める体制を作った。
ところが海岸線に領地を持つ多くの雄藩は『尊王攘夷』を信奉し、水戸烈公をその領袖として推戴した。その結果として外様にすり寄りたい旗本良識派のスタンスは、『開国前提の尊王攘夷的国防』という意味不明なモノとなっていったのだ。
各方面の妥協の産物と言えるだろう。現代の社畜リーマンに通じるものがありすぎる。
永井も当然心情的には開国を理想としつつ、一橋派に組する旗本の1人である。
ここで段状窟の銀鉱脈開発による利益は、一橋派の巻き返しのために大きな力となる。
だからこそ『鬼が出る』だの『神のお告げ』だのという、酔っ払いの戯言のような要素を削り取り、何とかまともな鉱山開発案件に仕立て直すのに、永井とその部下は大変な労力を割いたのだ。
結果としてこの4カ月というモノ、不毛な書類と残業が江戸城全体を覆い尽くし、関わるものが誰一人としてその全貌を垣間見ることの出来ない、一大剣術プロジェクトがスタートすることになった。
「今は試衛館の者どもが、修行を積んで『御用鉱山見廻方』となれる素地があるという。その方、此度の御比試合において更に俊英を見極め、御用鉱山の守りを万全にせよ!」
「ははーっ!」
かくして双方の小芝居は終わり、ついに清河・弥助の構想による『大江戸剣術祭り』が花開くのである。
お役所が定めた名称とはかなり異なるが、江戸っ子たちは剣術祭りと呼んで譲らなかったのだ。
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安政5年1月15日(1858年2月28日)
正月の気分冷めやらぬこの日、清河八郎プロデュース『大江戸剣術祭り』は内藤新宿の花園神社境内において、大々的に開催された。
境内の一角に巨大な陣幕が張り巡らされ、年末から屋台が立ち並び、甘酒や田楽が商売されていた。
対戦者を掲載した瓦版は飛ぶようになくなり、今度は更に詳細な出場者紹介、勝敗予測を記したパンフレットが売れに売れた。
こんな勝負事の常として、賭けは寒さを吹き飛ばすほどの熱気を帯びた。
江戸開闢以来初めての出来事と言っていい。
ニワカ剣術通たちが蕎麦屋や一杯飲み屋で、自身の予測を熱く語り合う。こういった手合い同士のケンカが多発し、あまりの盛り上がりに『町奉行が中止の沙汰を出すのでは』とまで噂された。
何といっても江戸っ子の一番人気は、神田於玉ヶ池のエース、千葉栄次郎その人である。2番手は斎藤道場の『鬼歓』こと斎藤歓之助。因縁の対決と言われる2人の対決は、その男前ぶりにとうとう浮世絵まで売られるようになる。
これがまた江戸中で途轍もなく売れた。
町娘は歌舞伎役者なぞ見向きもせずに、男らしい武芸者たちを追っかけ道場で出待ちする。
こうなると江戸中の商人が沸き立ってきた。いやどうにかしてこの商売に一枚噛ませてもらいたい。ナニどうやら仕切っているのは、ご公儀から許可を頂いた清河八郎ってえ人らしい。
ここに来て清河はその学者としての名声よりも、商売人として江戸中の商人にその名を知られることになる。ボロ屋の清河塾は商人たちの『八郎詣で』で活況を呈することになった。今年はさすがの清河も、正月休み返上で商売に徹している。
これは巨額の富を生んだ。
単純に札売りだけの商売と踏んでいた清河は、付帯して発生した巨大なビジネスに大興奮だ。
「何というか....ここまでの商売になるとは思っておらなんだ。弥助さん、アンタ実に商売人の素質があるな。」
清河はほとほと感心したように、弥助に向かって感謝の言葉を述べる。
「うーむ、何かワシの予想とはかなり異なっとるが....まあ悪い結果でないなら良かった。」
2人は出場者用の東方控えで、寒さをしのぐため火鉢を囲んでいた。相撲と同じで東と西から入場する仕組みとなっている。
他の出場者たちもそれぞれに、用意された火鉢を取り囲んでいる。
昔知った顔もちらほらと見える。にわかに江戸の花形となった剣術家たちは心なしか浮き立っているようにも見えた。
実際外に居るのとほぼ変わらぬ状態で、観客も皆寒そうに綿入りを着こんで甘酒をすすっている。
それでも大入り満員、立ち見で売れる場所には人をすし詰めに詰め込み、陣幕の隙間から何とか覗こうという悪ガキどもを、的屋の若者が追い立てている。
「勝ち抜き戦で10日も試合が組めるとは...終わってみればどれほど儲かっている事やら。」
清河はホクホク顔だ。これに味を占めて、尊王攘夷何ぞという面倒な事は止めればよいのにと、弥助は失礼な事を考えていた。
(ちょっとアンタ!儲けはちゃんと寄進しなさいよ!)
弥助の頭上には先ほどからサクヤがいる。
「ワシは3日目からひと試合じゃ。」
弥助は頭上を完全にスルーして、清河と話を続ける。
「全く、永井殿も先ほど寄っていったのだが、いたく感心されていた。この分なら毎年開催してもいいと言われておったわ。」
清河高笑いである。試合結果がどうであろうと、真の勝者はこの男だろう。
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会場は土を固めて相撲よりかなり大きい土俵が作られ、場外に出ても一本取られるという変則ルールとなっている。これは砂被りに座る客の安全に配慮したものであろう。
1回戦は3日間に渡って行われる。
最終日以前には空席もあるだろうと見込んでいた江戸っ子たちは、立見席すらない現実に陣幕の外でぐずぐずとダフ屋を探す羽目となった。
「本日はご来場ありがとうございます!」
会場中央に主宰者である清河が進み出て、観客へ口上を述べている。
場内は割れんばかりの拍手と歓声が飛び交い、盛り上がりは開始前というのに最高潮だ。
「国難の折、武芸者の切磋琢磨こそが、我が日の本を救う唯一の柱にございます!お集りの皆様には腕自慢の武芸者たちをご覧いただき、今年一年安心して暮らせると思って頂きたい!」
再び湧き起る大歓声。あまりに早い時間から詰めかけた観客たちは、酒を過ごしてすっかり出来上がっているようだ。
「それでは1回戦の戦いをご鑑賞ください!東、鏡新明智流 上田馬之助!西、直心影流男谷派 榊原鍵吉!」
会場が更に大きくどよめく。
双方とも予想屋から優勝候補の一角と呼ばれた剣術家。
1回戦から波乱の幕開け、もちろんすべて清河の仕込みだった。




