初めボンヤリ、やがて眩しく
「いやだから、ホレこのように。」
言いつつ太刀を振りぬく弥助の、正面にある岩がガキリと寸断される。
「これが『鬼斬り』じゃ。ソラ近藤さんよ、ちいとやってみい。」
「出来ませぬ!太刀で岩が斬れる原理が分かりません!」
近藤と呼ばれた男はもっともなことを言う。
この男、背は人並みの5尺4寸(約163cm)ほどであろうが、その腕回りや首周りの肉の付き方は尋常でない。
洞窟の暗がりに松明の光という事もあってハッキリとは見えないが、後の2人も筋骨隆々とした偉丈夫である。中でも一番歳の若い少年は、師匠の弥助にも迫るような上背と膂力があった。
「われらこの3月ほど、弥助先生の仰せの通りに鍛錬を重ねて参りました。お陰さまで見違えるほどの速さと力を得ることが出来ましたが....流石に岩を斬れと申されましても....。」
中背の男前がそのように控えめな苦情を言う。
「土方よ、オヌシ等の言う事は良く分かる。戸惑うのも最もな話じゃ。」
弥助は優しく語りかける。だが話の中味は優しいモノではない。
「じゃがこの『闘気』を身に着けなければ、この先には進めぬ。この度はワシが先を切り開くが、オヌシ等は何としてもこの『闘気』を身に着ける努力をせえ。少なくとも今回、ワシの闘気が見えるようになれ。」
「いっそ先生に斬りつけていただければ、『闘気』が如何なるものなのか分かるのではないですか?」
少年は脳筋な事を口走る。
「総司、オヌシの考え方自体は嫌いじゃないが。」
弥助はそう言って笑い出すが、やはり斬りつけることは無いようだ。
永井玄番と清河八郎は、4段目の洞窟に降り立ったその位置から一歩も動けずに、弥助ら子弟が問答を続けるのを見ているだけだった。
足がすくんだ、と言ってもいい。
ここまでの洞窟とは違う何かが、暗闇の中に潜んでいる。その空気を感じ取っていた。
「鬼が、出るのか。」
清河は掠れる声でそう弥助へ問いかける。
「うむ、2人は少々離れて付いてきてくれ。後ろからは鬼も襲っては来ぬ。」
弥助はそう言うと、松明を持つ土方と沖田へ脇を固めさせて、暗がりの中へ進んでいく。
その前方へ身の丈6尺(約180cm)はあろうかという、大きな人影が現れた。
全身を毛におおわれた浅黒い肌の大男、筋骨は逞しくその身体を皮の防具に包んでいる。
手は肩からむき出しとなり、その毛むくじゃらな腕に大剣を握り締めていた。本邦にはあまり見ぬ両刃の大剣である。
顔は引き締まり彫が深く、巨大な眼とつぶれた大きな鼻、牙むき出しの口から唾液が垂れている。
そして登頂には一本の角が、その個体の証明のように突き出ていた。
「鬼じゃ....まさかホントに...。」
永井が声にならない声を上げる。清河も驚愕の表情で目を剥いていた。
大鬼の威嚇の咆哮が、洞窟の中へ響き渡る。2人はすっかり肝をつぶしたが、弥助たち4人は平然とその様子を眺めている。
「アイツの大剣が厄介なのですよ、弥助先生。私は2本太刀を叩き折られて、小鬼の太刀を拾いに戻りました。」
土方は心底嫌そうにそう言った。
「全くです。おまけに斬りつけても防具は裂けるが、肉を切り刻むことが出来ません。肉体が余りにも強靭すぎる。」
沖田は悔しそうに言う。3人で戦っても敵わず、何度も3段目まで逃げて戻ったらしい。
この鬼は3段目には登って来ないという。それを聞いた永井と清河は、階段の方へとじりじり下がって行った。
「分かりやすく見せてやろう。」
弥助はそう言うとスラリと太刀を抜き、正眼に構えを取る。
ワザと効率悪く大きめに闘気を体に纏い、その流れを太刀へと伝えていった。
青白く光る弥助の闘気を見て、大鬼は低く唸り声を上げる。
「こちらから行くぞ。」
誰にともなくそう呟いた弥助は、『縮地』で瞬時に間を詰め肩で大鬼へ当て身を喰らわす。
不意を突かれた大鬼はグオッと吹っ飛び、3間ほど向こうへ転がっていった。
「なんと無駄な動きを....。」
「あれを見てマネろなどと、冗談も程々にしてほしい。」
感嘆ともつかぬ声が弟子たちから湧き上がる。
「な...ありゃあ勝っちまうのかな?」
永井の感想もどこかおかしい。
「永井殿、弥助に勝ってもらわねば困ります。」
清河は1人冷静である。
「よう見ておけ!」
弥助は鬼の起き上がりを狙って、再び3間の間合いを一瞬に詰める。
詰めた動作と下段からの逆袈裟が1つの動作となり、右肩へ向けて鬼の身体を切り裂く。
「ラァアアッ!!」
そのまま体を捩じらせ十字を描くかのように、左肩から袈裟懸けに斬り下ろす。
その間、鬼は一切反応できていない。
「蹂躙するとはこのことだ。」
近藤は呆れたようにため息を吐く。
「....何度見てもマネできる気がしませぬ。」
土方は頭を抱えていた。
その横で沖田は目を光らせている。
「青いヒカリ...見えた!」
この時代、秒という概念は存在しない。
言うなれば『瞬きの間』、瞬間の出来事である。
永井と清河はただ圧倒されて、その奇跡を見ているしかなかった。
<<<<<<<<<<<<<<<
その後、弥助の進撃を止めうる鬼はおらず、一行は順調に下へと下っていく。
「鬼よりは閻魔が強いのが道理だな。」
永井はすっかり安心しきって、先ほどの腰の引けぶりは何処かへ消えてしまった。
「永井殿!あまり...先に進まれませんよう!」
清河は変わらず冷静である。いくら弥助といえども、撃ち漏らすことくらいはありえるのだ。
余り近づきすぎていては、危険に晒される可能性もある。
「総司、見えたはいいがマネできるか?」
「いやそりゃあちょっと、見えただけではねえ....。」
「刀にも光が?そうか...それで先生の斬撃は鬼に通じるという訳か....。」
弟子3人組は弥助の少し後ろを着いて行く。その様子はまるで、弥助の立ち回りを見てはしゃいでいる追っかけのようだ。
各階層の突き辺りには大きな半円状の闘技場があり、そこには階層の主がいる...という事だったが、子の階層にはそれはいないようだ。
「やはり魔素が不足気味で大物はおらんようじゃ。この先は意外と楽なのかもしれん。」
弥助はそう言って弟子たちを見るが、同意する者はいないようだった。
「この洞窟が楽とか、絶対あり得ませぬ。」
「先生の感覚に我々が共感を覚えるなど、無理な話でございます。」
「先生!次の鬼はどんな顔しとるヤツですか?」
どうやら1人、弥助と感覚の近い大物がいるが、他の2人は先行き不安そうである。
多くの心配をよそに、弥助は5段目の『狼鬼』・6段目の『牛鬼』を順調に退け、目的の7段目へと進むところまで来た。
「ここらでメシにしようか。」
清河の提案を受け、一行は6段目の闘技場前にある結界へと足を向ける。
「ほほお、このようなものまであるのか。」
永井は好奇心を隠せぬように、結界の隅々を見て回る。
「ここに本来食料が用意されているのです。この段状窟では手に入りませんが。」
弥助は囲炉裏を指さしそう説明する。
自分で見てみねば信じがたい話ではあるが、これまで見聞きした非常識な現象を考えれば、その程度の事は些細な事といえた。
「蕎麦の饅頭を買って来た。」
弥助はそう言って蒸かした饅頭をいくつも取り出す。
それと竹皮に包まれた肉が、彼らの食事であるらしい。
「野菜も煮付けて持ち歩いております。」
そう言って近藤は、持ち運んで来た鉄鍋の中味を見せてくれた。
不思議な事に囲炉裏の火は、松明を差し込んだだけでメラメラと燃え出す。
一同は鍋を火にかけ、ゆっくりと食事を摂った。
結界内には湧水が流れており、十分に飲用に耐える水質であると言う。
「鉱毒など溶け込んでおらんだろうな?」
永井がそう尋ねる。
「魔素が入っていると思いますが、毒ではありません。」
「だから!魔素ってナニ?」
弥助の説明は相変わらず要領を得ない。
ここで休憩を取り、皆食後はひと眠りという事となった。
<<<<<<<<<<<<<<<
休憩を終えた一行は、7段目へと足を進める。
「しっかし皆さんは、いつもあのような稽古を?」
永井はすっかり試衛館の面々と、打ち解けた口調で話をしていた。
「はっ、弥助先生のご指導により、食後は休憩、その後あの稽古をする事にしております。」
近藤は緊張気味にそう話す。
幕府高官と口をきくなど、生まれて初めての事である。
「体の大きさが倍になりました。」
沖田は快活にそういって笑う。
腕立て伏せ・腹筋・背筋・スクワットなど、この時代に無いものばかりのトレーニングと魔素の効果で、彼らの身体は際立って強化されていた。
「これで弥助先生の様に、闘気の力が身に付けばよいのですが.....。」
男前の土方が、憂鬱そうな口ぶりでそう言う。
「その『闘気』ってのはどんなモノなんです?」
横から清河が口を出す。
自身も北辰一刀流目録の腕前だが、この中では役に立たぬ小僧のようなモノと諦めている。
「弥助先生のご説明では、身体を流れる『気』を強化したものという事です。身体が強化されれば自ずと気も強まり、より大きな闘気が発現できると。」
「フーム、分からん。」
清河がそう言って皆笑い出した。
「誰にも分かっておりません。清河先生だけが分からぬのではない。」
近藤がそう言って、清河を慰める。
「総司には先ほど、その闘気が見えたそうなのです。」
土方がそう言い、えっと永井が驚く。
「それで、どんなモノでした?」
「はあ、最初はぼんやりと、後から眩しいほどの青いヒカリが見えるようになりました。それは先生の身体と太刀を覆い尽くしており、実に美しいモノでした。」
沖田はニコニコとそう言った。
「しかし如何にして出すことが出来るのか、肝心なところはサッパリわかりません。」
近藤も土方も苦笑している。
「オイ、何をしゃべくっておる?着いたぞ。」
先頭を歩いていた弥助が、7段目へ通じる階段の出口で皆に呼びかけてくる。
洞窟へ出てきた一同を待っていたのは....黒く光を放つ、一面の銀鉱脈だった。




