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年越しの1日

 安政3年12月30日  (1857年1月25日)


 大晦日の前日から全ての稽古はお休みとなり、弥助は下村嗣次と連れ立って内藤新宿に繰り出した。

 歓楽街の雰囲気に酔い、飯盛女など呼んで久々に女を抱く。


 (今年は色々とあり過ぎじゃ。)

 成長というならば、2年の年月をかけた修行の日々こそ、大きな成長の日々だった。

 しかし変化という意味では、今年こそ大村藩での道場破り以来、次々と身の回りに起きる変化に目の回るような日々が続いた。


 田舎道場と馬鹿にしていた試衛館にも、有望な若者たちが大勢いる。

 博打の胴元になったのは予定外だったが、清河八郎やその弟子たちがの放つ国粋的熱気にも触れ、時代の空気を感じ取ることも出来た。

 ついに旗本にまで弟子が出来、今後はやることが一気に増えそうだ。


 女の白いうなじが、部屋に差し込む薄明かりに白く浮かび上がる。

 粗末な布団に2人包まって温まると、いつもと違って12月の寒さが逆に身に染みる。


 (まあ百姓弥助にしてみれば、出来過ぎの一年じゃろ。帰還者(マレビト)としては落第点じゃろが)


 弥助は肌身離さず持っている、一塊の石片を手に取って眺めた。

 卵大のそれは黒く荒々しく光り輝いて、弥助に修行の日々を思い起こさせる。


(此処まで来たんじゃ。サクヤにも挨拶しておこう。)

 弥助はそう思いつつ、再びまどろみの中に意識を沈めた。


<<<<<<<<<<<<<<<


「大晦日に神社へ来る奴なんて、ロクなヤツがいないものよ。」

「そう言うな、わざわざ顔見せに来たのに。」


 昼下がりの花園神社、人もまばらな境内で対面する1人と1柱。

 弥助は同行してきた下村嗣次とは別れ、1人でサクヤを訪ねていた。


「よく言うわよ、どーせ内藤新宿で遊んだ帰りでしょ?白粉臭いのよ。」

 守護神はまるっとお見通しだった。


「ぬ....きょ、今日は相談があって来たのじゃが....。」

 弥助はそう言って話題を変える。


段状窟(ダンジョン)を門弟の修行の場所として使ってもええもんじゃろか?」


「ええわきゃないでしょ!何考えてんの!」

 サクヤは考える暇もなくそう切り捨てる。

「『探索者』の証明も出来ないヤツが段状窟(ダンジョン)に入って行くのを、神官たちが黙って見逃すはずがないでしょう?」


「それはそうなんじゃが....。」

 弥助はそう言って食い下がる。

「ほれ、以前管理する神がおらなくなった段状窟があるっちゅうとったじゃろ?そん中は入っても構わんのでは?」


 別に富士山じゃなくても構わない。

 あてずっぽうの発言だったが、意外にもいいところを突いたらしかった。


「む....よく覚えてたわねそんなどーでもいいハナシ。」

 徳川300年の太平の世は武士を文官へと変化させていき、槍一本で天下を取ろうという剛の者は姿を消した。それと共に、日本中にいくつもあった段状窟も管理者を失っていったのだ。


 そもそも段状窟の管理なんて武神でもなければ興味は薄いし、臭い汚いかったるいの3K職場でもある。

 おまけに次代の帰還者(マレビト)の使命が、武士制度解体というモノである事は神々皆が知っていることで、武神たちは『なんじゃそりゃバカバカしい』と興味を無くしていた。


 自分たちを信奉する武士がいなくなる事が前提の段状窟(システム)である。

 管理を放棄された段状窟は、実はかなりの数存在した。


「確かにいくつかあるわよそーゆーの。でもねえ、管理されなくなった段状窟っていうのは、結構危険でもあるのよ。」

 場所によっては魔素が枯渇して、鬼が発生しなくなっている。

 また魔素が過剰共有された結果、より危険な『根の堅州(ネノカタス)』になっている可能性すらある。


「段状窟が『根の堅州』になっちまうと、それはもうそのまま死の世界に繋がってると言っていい危険なものなの。黄泉国にしか存在しないバケモノに襲われるわよ。それってアンタが苦戦してた龍鬼(ドラゴナーガ)どころのヤバさじゃないのよ。」


 サクヤは容易ならぬことを言って、弥助の自制を促す。


「なるほど、つまり取りあえず行っちゃいかんという事ではないと。」


「アタシの話を聞きなさい!!何がつまり取りあえずよっ!!」


 戦闘快楽症患者は、その程度の脅しでビビるものではない。

「なーなー、1個でいいから場所を教えてくれや~。危なかったら直ぐ帰るし~。」


「ゼッタイダメ!!」


<<<<<<<<<<<<<<<


「先生、お帰りでしたか!」

 沖田総司は弥助の居候先である試衛館近くの蕎麦屋の2階に、階段の下から声をかけた。


 弥助が戻っていれば、例の巨大な鉄下駄が階段脇に脱ぎ捨ててある。

 店の者も誰もが持ち上げられぬほど重い下駄なので、それは脱ぎすてられたまま、弥助が部屋に籠っている目印になるのだ。


「おお、総司か!上がって来い!」

 いつになく明るい師匠の声が階下に響き渡る。

 沖田は若干危険を感じたが、『正月だし先生といえども浮かれてんだろ』程度に思い直して階段を上った。


「失礼します!」

 一声かけて沖田が部屋に入ると、弥助は色刷りの地図を畳に敷き、ウムウム言いながら嬉しそうである。


「先生?いかがされました?」


「フッフッフ....喜べ総司。オマエら皆が更に強くなれるよう、ワシがいい事を思いついたんじゃ。」


 沖田は何のことやら分からず、それはようございましたと間が抜けた言葉を口にする。

 しかしこの鬼師範が『いい事』を思いついたのであれば、それは必ず良くない事であると彼は確信した。


「先生!それよりも今晩は年越しで飲み明かすと、若先生が仰ってます!弥助先生も是非ご参加ください!」


 沖田はイヤな予感を振り払うように明るく言った。

 そうだ、今日は大晦日ではないか。いやな予感など今年のうちに置き去ってしまえばよいのだ。


「周助先生はいかがなされる?」

「大先生は天然理心流宗家として、各派を集めて年越しの会を行われています。若先生もご参加ですが、先に抜けてお戻りになるそうで。」


 若先生とはモチロン近藤勇の事である。道場の者は周助を大先生、勇を若先生と呼び、弥助の事はただ先生と呼んで区別している。


「これも全て先生にお越しいただいたお陰です!各派からの道場破りを片っ端から片付けていただいた結果、各派が大先生を宗家として認めることになったのですから.....。」


 これは試衛館の門弟たちにとって悲願でもあった。

 天然理心流の流れをくむ『近藤』姓を名乗りながら、これまでやれ偽物だの泥棒だのと蔑まれ、道場破りにあっては逃げを打つような日々。


 それらを一掃してくれたのが、この弥助先生なのだ。沖田の目は尊敬の念を通り越し、崇拝対象として弥助を捉えている。

 ましてや我々門弟をも、一段上の武芸者として鍛えなおしてくれている。

 その恩を考えれば、少々非常識な稽古の数々も、有り難い念仏のようなモノである。


「よしよし、今降りようではないか....クックック、あ~楽しみ。」


 先生が楽しみなのは明らかに年越しの宴ではないようだ。沖田には分かっていたモノの、そこを追求する気にはなれなかった。

 苦しみは後回しにした方がいい時もある。沖田は今やその事を知っている。


 階下では門弟10名ほどが集まって、煮物などつつきながら既に準備を始めている。

 弥助が下りていくと、皆緊張をサッと顔に走らせながらも、笑顔で挨拶をしてくる。


「先生、最初にまず一言ご発声を!」

 奥に陣取っていた土方が、笑顔で弥助に声をかける。


 弥助はそれに頷き、機嫌のいい顔をさらにほころばせる。


「皆、今年一年ご苦労だった。各人大いに力を伸ばした年であったろう。」

 弥助の言葉に皆無言でうなずく。一部目頭を押さえている者もいる。


「来年のことを言えば鬼が笑うなどという。しかし試衛館の精鋭たちは、来年には笑う鬼をたたき殺すほど強くなる。それほどの訓練がオヌシ等を待っている。」


 泣き出す者の数が増えたようだ。


「来年にはワシが必ずや他流試合を組んでやろう。江戸3大道場などと言われ、いい気になってる奴らを叩きのめす!皆のモノ!やるぞ!!」


 呵々大笑する弥助とドン引きする門弟たち。


 来年はエライ事になりそうじゃ、と土方は顔を引き攣らせていた。


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