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旗本弟子入り志願

「和尚、先客がいたか。」


 弥助は入口に回ることなく、開け放たれた障子からズカズカと入り込んでくる。

 自照院の茶室は通常の座敷を利用したモノなので、普通に縁側から入って来れてしまう。

 その様子はコソコソと稽古を覗かれた事が、若干気に触った様でもある。


「野人め、行儀が悪いぞ。」

 照顕和尚はそう注意するが弥助は平気だ。


「人の稽古をこっそり覗くのも、褒められたもんじゃない。」

 そう言って無遠慮に2人の客を見比べた。


「コレはご無礼仕った。幕臣高橋精一郎と申す。」

「同じく.....高橋の義弟にて、山岡鉄太郎。」


 初めに口を開いた顔色の悪い男は丁重に頭を下げ、もう1人は腕を組みヤスケを見据えたまま挨拶する。

 まあつまりそんな2人である。


「仏生寺弥助。」

 無愛想で余人に負けぬ弥助は、名だけ呟くと縁側にそのまま座りこむ。

 別に同席を嫌ったわけではなく、単に狭いからそうしただけだという風に。


「誠に愛想のない2人、実に面白い取り合わせじゃ。」

 照顕は笑う。だが座は和んだ様子もない。


 バチッと弥助を睨む山岡だが、弥助の興味は高橋の方へ行っている。

(闘気(オーラ)が......発現しておるのか?)

 自分以外の人間で初めて見る現象だ。


(自身では統制できていないようじゃ.....ダダ漏れじゃな。源泉掛け流し温泉かっちゅうの。)


 弥助が感じたように、高橋の体貌からは明らかに闘気(オーラ)が溢れ出ており、ソレが身体に効率よく纏わり付かず、水の如く畳へ流れている。

 この男の顔色の悪さは、この闘気の流れにあるのかもしれぬと弥助は思い至った。



「不躾をお許し下され。照顕どのに『天狗が寺におる』と聞かされ、興味をそそられましてな。」

 高橋は再び丁寧に頭を下げる。

 弥助には礼儀作法の常識こそやや足りないが、自分にコレほど礼を向けられていつまでも怒っているほど了見は狭くない。


「まあ隠すほどのモノではない。気に入ったんなら良かった。」

 そんな事を言って水に流す積りでいた。


「フン、あの様な曲芸が自慢か。」

 しかし山岡が放っておかない。聞こえよがしに大声でそう言った。


「おや、鉄太郎殿は先ほどまで『神技じゃ、天狗じゃ』とイタク感心されておったが。」

 照顕がニヤニヤと混ぜっ返す。

「ば、馬鹿な!ワシはその様なことは申しておらんぞ、和尚!」


 山岡は真っ赤になって否定するが、照顕と高橋がニヤケ顔で否定し返す。

義兄上(あにうえ)までなんじゃ!大体アレぐらいの曲芸、義兄上(あにうえ)にも出来るではないか!」


 ソレを聞いてやはりと頷く弥助。

「やはりそうか。アンタはよほど使える奴だと思ったが。」

 そう言って高橋の体から溢れ出る、黄色く輝く光の流れに目をやった。


義兄上(あにうえ)は講武所教授方じゃぞ!オノレのような浪人ズレとは訳が違うわ!」

 山岡は我慢できずに叫び出した。少し曲芸ができた程度で、増長にも程があると。


「止さないか、鉄太郎!」

 高橋はそう言って怖い顔をするが、弥助はおっと嬉しそうな顔をする。

(思わぬところで幕府の、しかも講武所教授方など注文通りではないか。)


 自分の側へ取り込んで.....などと弥助は腹黒く考える。

(此処はアレだ、関係を改善しておくべきだな。)


「フム、なるほど講武所教授方ともなると、闘気を発現するんじゃな。恐るべき修行をなされたようじゃ。」

 弥助はこう言って高橋を称えた。


「闘気?ハテ?ソレはいかなるモノで?」

 高橋は首を傾げる。

 まあ分かってりゃコレほどダダ漏れにはすまい、と弥助は1人合点している。


「高橋殿は、よく身体が疲れたりダルくなったりせぬか?」

「おお、よくお分かりで。実はこの所医者にも通っておるのですが、『気の流れが不順である』と言うばかりで一向に良くなりません。」


「義兄上コヤツのいう事など聞かれぬ方がよろしいぞ。」


 山岡が胡散臭そうにそう言って高橋を止めるが、照顕和尚はそんな山岡へ声をかける。

「鉄太郎どの、弥助の言う『闘気』とはすなわち気の流れの事じゃろう。ソレは正しくお医者殿の言っておられる事に近い。話は聞いてみるもんじゃぞ。」


 胡散臭げにこちらを見る山岡。

 土方と同じかさらに若いじゃろうな、と弥助も山岡を観察する。

 この年代の男は、この程度反抗心(むこうっき)があって当たり前だ。土方も最初はひどいものだった。


 ソレでも弥助の力を見れば、自ずと反抗心が無意味であると理解するようになる。

 コイツにも1つ見せてやろうと、弥助は山岡を標的に定めた。


「山岡殿はワシの話に不安な様子じゃ。1つワシの使う闘気を見てみるか?」


 弥助の誘いに山岡は釣られた。


<<<<<<<<<<<<<


 清河塾帰りの弥助は、所持していた竹刀の1つを山岡に投げ与える。

「撃ち込んでこい。」

 茶室の外で防具も無く対峙する2人。


 山岡は与えられた竹刀を正眼に構えるが、弥助の方は手ぶらでニヤニヤと笑っている。


「竹刀を取られよ仏生寺殿!鉄太郎の撃ち込みを素手で止められるはずがない!」

 高橋は室内からそう叫ぶが、弥助はとりあう素振りもない。


「上位者が下位者へ譲るのが当然。ひとつ()()()()でお相手しよう。」


 剣術にそんな対戦方法はない。弥助の尊大な態度が山岡を苛立たせる。


「その面叩き割ってくれる!」

 義兄の推薦で講武所に職を得た身とはいえ、北辰一刀流仕込みの剣術は伊達ではない。

「ドりゃぁあああああああ!!!」

 山岡はおよそ寺には似つかわしくない気合を発すると、構えてもおらぬ弥助へ向け猛烈に突進した。


「セァアアアア!」

 弥助は気合と共に『念飛斬』を発する。

 ソレは振りかぶった山岡の竹刀を根本から寸断した。


 バシリと竹が打ち破られる派手な音がして、山岡は空振りしてつんのめる。


「.......は?」

 何か信じがたいものを見た山岡。


「大分狙い通りに撃てるようになった。」

 弥助は1人満足そうに呟く。


「なんと.......。」

「イヤイヤ、コレは驚いたの!」


 高橋も住職も驚き呆れる。

 山岡の竹刀は鋭い刃物に断ち切られたように、鋭角な断面を晒していた。


<<<<<<<<<<<<<<<


「全く驚かされました。某の槍術など仏生寺殿の境地には、生涯達する事がないでしょう。」


 などとやたらと腰が低い高橋。


 住職も連れ立って庭へ出てきた。3人は並んで銀杏の木の前に立ってる。

 ちなみに山岡はまだ立ち直る事ができず、茶室の前でしゃがみ込んでいる。


「ほっといて良いのか?」

「武芸者に負けは良い薬でござる。」


 弥助は一応気を使うが、高橋は意に介さぬ様子でそう言った。

 槍の準備は無かったので、彼は弥助の竹刀を借りて握っている。


義弟(おとうと)殿がアンタにも出来ると言っていた。」


 恐らくはこのダダ漏れ闘気(オーラ)を何とか使うのだろうと、弥助は見当を付けている。

「コレは申し上げた通り、仏生寺殿と比べれば児戯に等しいものですが。」


 ややしつこい程の謙遜とともに、高橋は竹刀を正眼に構える。

 そのまま銀杏の木に向かい、目を瞑ってブツブツと何やら呟き出した。


(念仏でも唱えているのかな)


 弥助は口元を見てそう思う。しかし念仏など知らぬ彼には、高橋が何を言っているのか判りはしない。

 しかもやたらとこの時間が長い。


「手で斬った方が早くないか?」

「オヌシは黙っちょれ!」

 照顕和尚が低く小さく叫ぶ。


 すると徐々に高橋の闘気(オーラ)に変化が現れる。


 ただズルズルと身体から流れ出ていた黄色の光は、徐々に方向性を持ち高橋の身体に再吸収され、コレまでと違う循環が現れる。

 青白かった顔は明らかに血色を取り戻し、竹刀までが次第に輝きを帯びてきた。


「でぇえええい!」

 発する気合とともに、竹刀を鋭く突き出す高橋。

 すると循環していた闘気は竹刀の先端から放たれ、銀杏の木の幹に激しくぶつかった。


 ソレはかなり遅い『飛斬』であり、統制が効いていないため対象物を斬ることも出来ていない。

 ただ闘気を発して木にぶつけた、というものだった。


 それでも大きな衝撃は銀杏の葉を散らすほどで、3名には銀杏の雨が降りかかる。


「おお、コレは見事じゃ。」

 照顕には闘気の流れは見えていない。しかし何かが高橋から発せられ、それが銀杏の木を揺らしたのは理解できる。

 弥助の非常識な技を見た後で、それはとても地味に見えるが、普通の剣士にこんな事はできはしない。


「なるほど見事。ただしまだまだ統制が出来ておらん。」

 弥助は思ったままを声に出す。

「良ければ『清河塾』へ顔を出すと良い。ワシが正しいやり方を教えよう。」


 待望の旗本との伝手である。慎重に絡めとらねばと弥助は言葉を選ぶ。


「かたじけない!是非ともお願い申す!」


 即答かよ。


「ぶっ、仏生寺殿!」

 背後から声がして、振り向いてみれば山岡が地べたに土下座している。

「先ほどは誠にご無礼仕った!そっ、某も!弟子の末席にお加えくだされ!」


 エセ浪人の弥助へ旗本がそこまでする必要などない。

 何をとち狂ったか、はたまたコレが帰還者から滲み出る強者の圧力によるものか。


「とにかく2人とも、座禅を組め。」

 弥助は再び尊大に言い放った。

「幸い此処は禅寺じゃ。心ゆくまで座禅が組めよう。」


 こうして幕末3舟の2人、高橋泥舟と山岡鉄舟は弥助の弟子となったのである。


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