挿話:ある研究者の災難
雑誌『歴史創造』は創刊10周年を迎える、比較的新しい雑誌だ。
マイナージャンルでありながら、大ヒットした大河ドラマのお陰で巻き起こった、ちょっとした歴史ブームというべきものに便乗し創刊された。
成り立ちがこんなだから、読者層は比較的ライトな歴史マニアに限定され、コアな歴史探求者からは初心者向けの雑誌と認知されている。
それでいいじゃないか、と編集長の堀田は思う。
ニワカ上等!初心者層の拡大無しに、業界全体の発展などありない。まあ『歴史業界』っていうのも漠然とした概念ではあるが。
そんな彼のポリシーもあってか『歴史創造』は、レギュラーで『刀剣特集』を組んだり、文献や肖像画などから『リアル武将似顔絵』を命がけで起こす企画など、チャレンジブルな特集記事で一部のゲームユーザーなどから高く評価を受けている。
そんな彼が早くから『幕末最強剣士』に注目していたのは、何の不思議もない事だろう。
幕末はナゼか剣術ブームが到来し、町民百姓までが剣道に熱中した時代でもある。この時期の最強剣士が誰なのか、という話題は必ず一定の読者を獲得する筈だ。
これに加えて美男美少年剣士が来れば、女性読者の爆発的増加が期待できる。
幕末には写真の普及もあったし、たとえば山岡鉄舟辺りは歴女にかなり人気が高い。
そして彼の手元に一つの研究書が届いた。
誰が堀田にこの本を推薦したのか、その辺りは覚えていない。無償で送付されてくるこの手の研究書は毎日のようにあるのだし、それが研究者自身であったり出版元だったり、はたまた研究学会などの団体や宗教思想団体だったりすることもしばしばだ。
鵜呑みにするのはヤバい物も多い。
そんな危険性を孕みつつも、この研究書は実に魅力的だった。幕末の最強剣士『仏生寺弥助』についての研究で、彼が討幕運動へ大きな影響を与えていたという内容。
トンデモ本ギリギリの中味である。
だがこれが事実 ―― 少なくとも状況証拠が揃った程度の話 ―- だったとすれば、我々は新たな坂本竜馬を得たに等しい。
これがどれ程インパクトある話か、堀田ほどのベテラン編集者であれば分からぬはずはない。
他に先駆けて特集を組めば、宝の山を手にしたも同然だ。
堀田はそこで一つ賭けに出る。
裏を取るべきという周囲の反対を押し切って、『業界騒然!仏生寺弥助とは?』という、2ページほどの小さな特集を組んでみたのだ。
件の論文から100%引用で自身の取材は一切ないという、同誌ならではの清々しいほど薄っぺらい記事だ。
それなのに、物凄い反響だった。
大事なのは直観に従う勇気だ、とスティーブ・ジョブズはギャンブラーの心意気を吐いているが、一般的には行動を止めるときの方が勇気が要るものである。
しかし堀田の直観はジョブズ的勇気を喚起した。
特集記事は創刊以来初めてと言っていいほどの注目を浴び、彼の雑誌は空前の売行きとなったのだ。
全国の書店から取扱い申し込みが殺到し、いつもは最低版数を交渉するだけの印刷屋のオヤジからまで、ランチを奢ってもらうほど出版数が伸びた。
ここで堀田は調子に乗った。
続けて第2弾・第3弾の特集を打ちこれも大成功。だが記事の中味はすでにスッカスカのスポンジのようで、これ以上のゴマカシは不可能となっている。
研究書の作者である宗晴子准教授の登場が、不可欠な状況となっていた。
ところが当人はこの状況が良く分かっておらぬらしい。
「東京へ行くのは....暫く難しいのですが...。」
旅費宿泊費は当然持ちます!という堀田にしては破格の力強い説得にも、先生は煮え切らぬ返事だった。
(随分と勿体つけるもんだ。ここで有名になればテレビタレントにもなれるってのに!)
「先生、今まさに先生の論文に脚光が当たっているんです。ここで弊社をご利用いただき、情報を発信していくことが先生の論文をより広く世間に理解させる事につながります。」
堀田は必死だった。今こそチャンス!これを逃せば俺の雑誌が飛躍する機会を失う!
他社からも申し込みが殺到しているという。
「先生、私共がまだ誰も注目していない頃から、先生の論文を取り上げたおったこと、忘れてもらっては困りますよ?まあそんな不義理な事はされないと、私は先生をご信頼申し上げておりますがねえ?」
必死の猫なで声からのプチ脅迫。受話器を握る手は汗で滑り、喉は干からびていつもと違うヘンな声が出る。
「お忙しいのは重々承知しておりますが!ですがここは!どうか私共の顔を立てると思って!!」
とにかくなだめすかして2回分の寄稿と東京でのインタビューを取り付けた。
もはや論文からの引用のみでは、特集記事の連発は不可能になっていたので、まさに起死回生の一発と言ってよかった。
「これで...オレもレジェンド編集者だ!」
小さくガッツポーズする堀田。しかしこの後事態は思わぬ展開となっていく。
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「あの論文、まるっきりのデタラメである可能性が高い。」
堀田が昔の仲間からその話を聞いたのは、作者である准教授が東京に出てくる1週間ほど前の事である。
彼は引越したばかりのオフィスで、ピッカピカの携帯からソイツの話を聞いていた。
(国立大学の准教授が論文ねつ造?例えそんな疑惑があったとしても、世間が英雄を求める欲求の方が強いんだよ。)
コイツは俺の成功を妬んで、難癖つけてきやがったんだと堀田は思う。
(少なくともこれだけ状況証拠があれば、世間は納得する。)
「来週の『週刊〇春』に記事が出る。」
だがソイツはゴシップネタの最高峰と言われる、芸能人の忌み嫌う週刊誌の名前を上げる。
温度が2.3℃下がったような気がした。
「な...なんでここに文〇の名前が出るんだ?」
堀田は不意を突かれて痛く動揺した。歴史関連のネタなど、彼らにとって何のバリューも無いはずだ。
「国立大学の女性准教授が、ねつ造された証拠を基に偽りの研究報告を書く。その裏側に恩師との熱愛、みたいな記事になりゃあ、ワイドショーも飛びつくだろう?」
恩師と熱愛?ワイドショーだと?堀田の混乱には拍車がかかる。
堀田も芸能方面には疎いながら、事がこうなった場合では例え濡れ衣であっても社会的立場の失墜は避けられない、という事を理解していた。
(俺たちはそんなくだらない時代に、誰もが情報に踊らされる下種な井戸端会議みたいな世の中にいるんだ。)
もともとキワモノと分かっていながら、話題作りに賭けたネタである。
つぶれるときも早い、その程度の覚悟はできていたはずだ。想定していたよりも早く、急に、そしてダメージ大きくそれが訪れた、それだけの事なのだ。
「来週には記事になるっていうぜ。まあ昔の誼で連絡してやったんだ、恩に着る必要はないよ。」
男は冗談めかしてそう言った。
堀田は茫然とそれを聞くのみで、反応する余裕はなかった。
「生き延びろ。」
男はそう言って電話を切った。
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(.....落ち着け、落ち着くんだ。まだ大丈夫。)
堀田は自分に言い聞かせながら、必死に善後策を探っていく。
宗准教授へのインタビューは、こんな状態の中で行われた。
疑惑となっているほとんどの問題に、彼女は満足に答えることが出来ず、堀田の中で疑惑は確信へと強まっていく。
(このインタビューは使えねえ。)
先月の予告は全面変更を余儀なくされた。
幸いにも『〇春』の販売日は、我が『歴史創造』と同じである。このタイミングで宗准教授を斬り捨てれば、俺の雑誌は命拾いできる....堀田はそこまで計算するので精いっぱいの状態だった。
こうして『歴史創造』の最新号は全面改訂され、全国の書店に並んだ。
この半年近く同誌を賑わせていた『仏生寺弥助』研究に対して、K大学文学部の高峰教授が反対論文を寄稿する、という予告と大幅に違う内容となっており、これが却って話題になって部数はさらに伸びた。
堀田は2つ目の賭けにも勝った、と言えるだろう。少なくともこの時点では。
学生時代に同じゼミだった知り合いに、急きょ内容指定で寄稿を頼み、それによって彼は自身の雑誌を守った。
そして同日発売された『週刊文〇』では、『仏生寺弥助』研究で一躍有名人となった、宗晴子T大准教授の論文ねつ造と私生活がトップ記事となっていたのだ。
彼女を巡るワイドショーの熱く容赦ない下種の勘繰りは、この後ダラダラと執拗に欲望の向くまま垂れ流され、我々のうんざりした毎日を憂鬱に彩る事になる。




