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もう最強ってことでいいのか

 さて清河塾での賭場が終わった次の日、弥助は大抵昼頃に起き出して市谷の道場へと戻る。


 清河も嗣次も寝たままである事が多い。

 弥助は1人そっと清河塾を出て、神田から市谷までを走って帰る。

 しかしこの時代往来を走っている奴と言えば、飛脚以外はスリか盗人と相場が決まっている。


 そんな訳で行き交う人から、ジロジロと遠慮ない視線が浴びせられるが、弥助は別段気にもならない。

 ただ九段から市谷へ抜けるときには、外堀にかかる橋を渡らなければならない。いわゆる大番所だ。


 ここでは弥助もさすがに足を止め、呼吸を整えてから穏やかな様子で渡る。

 走って渡ろうものなら『怪しいヤツ』と呼び止められるのは必定だ。


 外堀を渡ると直ぐに、尾張徳川家の江戸屋敷が視界に飛び込んでくる。ここから更に西へ向かったところに、天然理心流の道場があるのだった。

 

 この途中、弥助は自照院という寺へ立ち寄るのが常である。

 尾張徳川家に縁のあるこの寺の境内は広大で、人目につかない絶好の稽古場所だった。


 アジサイの花が人知れず咲き誇る、昼下がりの自照院。


 この寺の一角で弥助は闘気(オーラ)を太刀に纏わせ、様々な型を繰り返す。

 寺を破壊するわけにはいかないので、型のみを繰り返す。しかしその行為はしばしば新たな型を生み、次々と発展していく。


 剣術の師範として生計を立てる現在、弥助に必要な技術は普通の竹刀剣術であってコッチじゃない。

 使わなければ段々錆びついて来るのは、何においても道理である。


 今後も使う事は無さそうな技だが、弥助は4日に1度のこの時間に()()()()をしている。

(考えてみれば不思議なモンじゃ。強くなろうと身に着けた力は、誰に対しても使う事が出来ぬ。)


 青く光る太刀をゆっくりと振りながら、くるりくるりと身体も旋回させる。

 高さを替え、足で空を蹴りながら、仮想の敵をなぎ倒していく。


 傍から見ていれば、何と自由な剣術である事かと思うだろう。

 時に弥助は足で闘気(オーラ)を操り、空を駆け回って太刀を振るのだから、現代の我々が見ても香港映画のワイヤーアクション並みにド派手だ。


 虚空から地上へ百ほどの『飛斬』を飛ばしたイメージを保ちながら....やらずに地上へ降り立ったところで、老人の声が弥助に語りかけた。


「いやいや、見事見事。」

 住職の照顕(しょうけん)が見物にきて微笑んでいる。

「天狗どの、今日はまた一段と見事な剣舞じゃ。今、何を滅ぼされた?」


 禿頭白鬚の容貌は、斎藤弥九郎大先生と近い。

 しかし宗教人らしい柔らかさと知性は、全く異なる印象を人に与える。


「いや和尚、別に滅ぼしたわけではないが....。」

 数日前にこの場所での稽古風景を見つかって以来、住職が必ず稽古を見にやって来るのに、少々閉口している弥助だった。


「数を相手に、どれだけ対応できるかを考えながら振っていた。」


 弥助はそう説明する。

 単騎を相手にするには過剰な攻撃だ、という程度の認識はある。


「さもあらん、一対一の剣術勝負で空を駆ける必要はないからのう。まあ天狗殿のお相手じゃから、空ぐらい飛ぶやつもおるかも知れんが。」


 和尚はそう言ってまた笑う。初対面から弥助を天狗と呼ぶ。弥助はただ苦笑いするのみである。


「そのくらい暴れればもうよかろう。ヘボな茶でも飲んでいかぬか。」

 和尚はそう言うと、寺へ向かってすたすたと歩いていく。


 これまでそんな事を言われたことは無かった。弥助は奇妙に思いながらも住職の後に従った。


<<<<<<<<<<<<<<<


 通されたのは住職の住まいである。質素な家財があるのみだったが、庭に面した茶室があった。

 なるほどそこからは、弥助が稽古をしていた場所が良く見える。


「ここから初めてオヌシを見つけての、『コヤツは人ではない』そう思ったのじゃ。」


 住職は笑っていない。

 茶碗をずいっと弥助へ押しやると、自らも茶碗を持ってずずっと一口すする。


「まあ...ワシの剣はたまに人のやらん技も交じるが。」


 随分と危険視されてしまったようだ。剣術に詳しくなさそうだったので、見つかった後もつい色々と自由にやってしまったが、さすがに空飛んだのはまずかった、と弥助も反省している。


 出された茶椀を作法も良く分からず、ぐっと掴むと泡の浮いた緑の液体を飲みほした。

 口に残った香りと苦み。驚いたことに嫌いじゃない、と弥助は感じる。

 

「それほどまでに鍛えるのには、余程の鍛錬を続けたのじゃろう。さてその力、何のために身に着けたのじゃ?」

 住職はそう尋ねてくる。

「それは....強くなろうと。」

「いや、強すぎじゃろ。もはや人類に敵はおるまいぞ?」


 住職は真面目な顔でそう言ってのける。

 実はこの数日、考えているのはその事ばかりである。望んで行った修行だが、結果が余りにも極端すぎた。闘気(オーラ)を使わずに戦おうとも、どうやったって負けるはずのない差が出来ている。


 いま稽古中にも考えるのは、如何に手加減しようかという事ばかり。

 この境内で1人稽古するのも、たまった鬱憤を晴らす意味合いが大きいのだ。


「しかし、未だ強者との試合もやっておらぬ。自分がどこまで強くなったかは自分でも分からん。」

 弥助は苦し紛れに、そんな言い方で現実から目を逸らす。


「いやソンナ事ないって!逆にオヌシより強い者がゴロゴロおっては、世の人は不安でおちおち眠ることも出来んじゃろうが。」


 ふーむと弥助は考え込む。住職がいかに剣術を知らずとも、確かにこんな異次元殺法がまかり通れば、江戸の道場とて大騒ぎは間違いないくらいは想像がつくのだ。


 失敗から目を背けてはイカン、どうやらワシはやりすぎた、と弥助はようやく現実を直視した。


「しかし....和尚はそう言うが、ワシは本当にただ強くなりたかっただけなのじゃ。」


 住職は再び笑顔を見せた。


「それは嘘じゃ、とは申しておらん。ただし結果としてオヌシ得た力は、人と比べるとかそう言う類のモノではない。それにしては危険すぎるんじゃよ。」


 弥助はおお、そうそうと手を打って答える。

「そのことよ。ワシに力を授けた神さんは、武士の世を終わらせる力じゃと言っておったぞ。」


 なるほど!住職はバシリと膝を叩いて声を上げる。


「これは妙!天狗の現れたるは、武士の世を終わらせるためか....実に面白い!」

 住職は弥助の答えが気に入ったようだ。


「されば武士の世をいかに終わらせる?皆殺しにでもするか?」


「何をいうか坊主のくせに。そーじゃねえ、何か大きな流れをつくるんじゃ。」


「ふーむ、力を手に入れたが答えは手に入れておらぬか....それもマタヨシじゃ!ファッハッハッハ!」


 弥助と照顕和尚の付き合いはこうして始まる。


「それでも一回だけ?一回だけでいいから大きい試合に参加したいんじゃ。」


「ふむ...例えばそんな機会を作って、武士皆殺し作戦が手っ取り速いんじゃなかろうかの?」


 和尚は武士がそれほど好きでは無さそうであった。


<<<<<<<<<<<<<<<


 そんな弥助の教える試衛館だが、意外にも初日以来、門下生たちは弥助の指導をよく聞き、突っかかったり反抗してくる者はいない。


 土方はあの日以来、滅多に話しかけてはこない。

 しかし稽古においても生活においても、助っ人師範の弥助を常に立てる素振りをする。敵視はされていないと思いたかった。


 5尺5寸(約166cm)ほどの上背は、この時代にしては大きい部類である。そして天然理心流という流派に相応しい、体術と剣術を組合せた戦い方を好む。

 

 対照的なのは沖田である。

 弥助と対戦した翌日から『弥助先生』と呼んで、子犬のように付いて回る。

 身長は土方と変わらぬほどなので、子犬という表現は相応しくないかもしれないが。


 沖田の剣は実に剣術家らしく、太刀を振るという行為を突き詰めるようなところがある。

 その点から言っても、弥助の理論的な教えは実に響くところがあったようだ。


「オヌシの突きはイイ。」

 弥助は初日に対戦した際の、沖田の鋭い踏み込みからの突きを高く評価した。


「じゃが相手によってはああやって撃たれてしまう。」

「先生ほどの速さを持った手練れが、早々いるとは思えないですが。」


 沖田は子供らしくぶっと拗ねたような顔をする。


「相手が引いて躱しながら、如何に竹刀を当ててこようが怖くはありません。」

 もちろんそれで一本は取られない。


「だが折角あれだけの踏み込みだ。一撃で終わらす方法を考えるべきだ。」

 弥助はそう言って沖田に考えさせる。


 するとある日突然、答えが出来上がっていたりする。

 それはまたしても、同門他派が道場破りにやって来た日のこと。


「入れ替わり立ち代わり、よくもこれほどの人数がやって来るもんじゃ。どれ、ワシが一気にお相手しようか。」

 そう言って土方に声をかけると、珍しく彼が笑顔で返事を返す。


「弥助先生、総司がやりたがってまして。」


 言われて指された方を見ると、沖田がすっかり準備を済ませて弥助の後ろに立っている。

 浅黒い顔は面の奥に隠れ、目だけが異様に光って見える。


 試衛館は弥助がやって来て以来、荒稽古なる素面の稽古を「意味なし」として取りやめた。

 なにしろ弥助に面を撃たれて皆気絶してしまうのだから、稽古にならない。

 そんなモノを取りやめるのも、弥助の合理的な一面だった。


 さてそんな変化も、同門他派から見れば許せない『裏切り』と映る。

「オノレらあ!開祖様から代々伝わる『荒稽古』のシキタリを忘れたか!」

「まさに宗家たる資格なし!今日これからは我らが宗家を名乗る!」


「まてまて!そこの顔だし君たち!」

 弥助は快活に侵入者たちへ呼びかける。


「折角来たんじゃ。先ずはウチの総司と立合ってから、勝てばソーケなりウツケなりと名乗るがよろしかろう。」

 弥助がそう言って門弟たちが大笑いで応える。


「オノレ我らを愚弄するかあ!!」

「勘弁ならん!叩きのめしてくれようぞ!」


 勢いはとてもいい道場破りだが、即乱闘とはならないところは礼儀正しい。

 清水湊じゃあ今ので大立ち回りだったが、と弥助は清水の荒くれ者たちを懐かしむ。


 さてほどよく行儀のいい他派から来た大勢は、結構な人数だったので全員が道場内に入る事が出来ず、引戸の外や庭から中の様子をうかがう。

 30名ほどは来ているだろうか。道場全員で押しかけてきたのだろう。


 総司と対峙するのは30代と思しき男。

 だが自分の子供のような相手を、侮って見ている様子はない。


 双方正眼に構えを取って、かなりの時間が経過する。

 じりじりと前のめりに戦況を見つめる観戦者たち。夏空に雲がかかり、やや日差しが陰った一瞬。


「キェエエエエエィ!!」

 沖田の放った気合と踏み込みは圧倒的だった。

 相手は躱そうと試みたはずだが、次の瞬間沖田の突きがどおんと決まる。


 おおおと上がるどよめきの声。

 輪になった観戦者の足元までふっ飛ばされた対戦相手。


「あの突きは避けられん、見事答えを出したもんじゃ。」

「あれはエゲツナイ....反則には...ならんのでしょうな?」

 満足そうな弥助と、のどを押さえて痛みを推し量る土方。


 沖田の放ったのは三段の突き。


 あの素早い突きの動きの中で、偽装(フェイント)を含め3度突きを入れている。


「よく考えてある。2度避けたやつは必ず中央に戻って来るものだ。外へ2度避ける奴は少ない。」

「反則では....?」


 一度自分に向かって撃たせてみようと思う弥助とは対照的に、何とかアレを喰らわずに済ませたいと思う土方だった。

 


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