真直ぐな情熱
誤字脱字報告ありがとうございます。
東京も宣言解除、目出度いですね!
師範代と名乗った土方という男、見たところは20代前半の若さである。
その後ろに控えるギラついた若者たち....ざっと30名はいるだろうか、それらも皆若い。
(数は少なくないが....まあ犬鬼の大群よりよほどマシじゃろ。)
弥助は楽しみで仕方ないといった様子。
『今日は様子見だったんじゃないですかー?』
頭上で誰かが何か言っているが、弥助の耳には届いていない。
「いきなりお手合わせとは驚いた。先ずはご当主へご挨拶と思うとったが。」
言葉とは裏腹に、弥助の手はブンブン竹刀を振ってやる気満々である。
「これが当道場の流儀にござる。お気に召さなければお引き取り頂いて結構。」
じりっと土方が間合いを詰めてくる。
そお?やっぱやんなきゃダメ?という表情を無理に作る弥助。
「やむを得ん...ご所望とあらば、先ずはお立合い致そう。」
弥助は胴着もつけぬまま、竹刀を片手にズイズイと道場に乗り込む。
土方は正眼に構えたまま、おおっ?と気圧された様子で後ろへ下がって道を空けた。
途端、道場内にいた30名ほどの門下生たちも、弥助に押されるように中央を空ける。
殺気を浴びながら涼しげな様子で押し入る侵入者に、門下生たちは警戒心を強めて固唾をのんだ。
「貴殿らのご流儀まことに結構。ワシ向きのようじゃ。」
道場へ響き渡る弥助の声は、普段のボソボソした声とはまるで違ったツヤがある。
「それは何より。試衛館の荒稽古、是非味わっていかれよ。」
中央で対峙する2人。
「御身1人では荒稽古が聞いてあきれる。全員でかかって来い。」
弥助はお得意の混戦に持ち込むため、道場の若者たちを煽ってみる。
「なにをこの無礼もんが!」
「舐めおって!お望み通りにしてくれるわ!」
すると若者が多いだけに面白いほど簡単に釣れる。
たちまち十名ほどの門下生が、弥助の周りを取り囲んだ。
全員素面だが胴と籠手は着けている。
弥助は黒い紬の着流し姿、町中のケンカと変わりがない。
キェエエエエエ!
誰かが発した気合に空気が動くと、弥助の全身も始動した。
踏み込んでくる左手の一群目指して体をひねり、片手上段から2人にほぼ同時の面撃ちを見舞う。
踏み込んだ勢い余って、撃たれた後も前にのめってくる2人を両手ではじき返すと、その後に襲ってくる3名を体さばきで躱して後ろへ回り込む。
『たのしそー、なんかニヤニヤ笑っちゃってさ....。』
サクヤは虚空に浮かんで呆れるばかり。
『弥助はまだ一歩も動いてないけど...皆さん気付いてるかしらね。』
サクヤの言うように、弥助は一歩も踏み込まずに相手をいなしている。
撃たれた相手は無防備な頭部をガッツリ撃たれ、脳震盪を起こしていた。
「今からでも遅うない。面は是非着けた方がいいぞ。」
弥助は更に若者たちを煽る。
「なんせワシは面しか撃たぬからの。」
これで怒らないヤツはいない。釣られた5名ほどがうおおおお!と殺到する。
「なんじゃその遅さは!」
弥助は一喝し、振り下ろされる5本の竹刀を全て弾き返す。
そのまま5人にぶつかられるが....ふっ飛ばされたのは門下生たちの方だった。
『そりゃー大鬼とぶつかり稽古した男だからねえ。闘気無しでもその程度じゃ動かないわよ。』
尻もちついて慌てて立ち上がる5人。
「オマエら何をやっておるのか!多勢が一方向から挑んでどうする!囲め!」
師範代の土方がそう叫び、若者たちはズリズリと円形に弥助を囲んだ。
「うむ、的確な指揮だ。」
弥助は満足そうに言うと、初めて自ら足を動かした。
普通は四方から取り囲むなど、剣術道場ではあるまじき卑怯な行為である。
しかし弥助の感覚ではひどく合理的な指揮と思えた。
前面に踏み込んで撃つと見せかけ、右手の男を片手で撃ち据えくるりと回って前面へ戻る。
そこから瞬きの間に2人の面を撃ち据える。
周りから見ればそれは天狗もかくあらんという速さ。竹刀はおろか足運びすら見えていない。
どおんと倒れ込む激しい音に、どうやら撃たれたらしいと気付くのみ。
残った数名は息を飲んだ。
「ほれ、お面ちょうだい。」
固まっている若者たちに向け、弥助はふざけたように声をかける。
ハッと気づいた数名がなんとか正眼に構える間もなく、らぁああ!と響く弥助の気合と竹刀が彼らの頭部を蹂躙する。
3名が一瞬のうちにブッ飛び、残心を解かぬ弥助がまたも中央に向き直る。
するとそこには土方ではなく、1人の少年が竹刀を構えていた。
「お願いいたす。天然理心流目録、沖田総司と申す。」
「おお、参られよ。」
まだ十代半ばといった童顔に痘痕が浮かび、如何にも子供に見えるが構えは中々の重さを感じる。
これはこれは、と弥助はまた嬉しくなった。
他の者たちとはモノが違う。この道場にこれほどの逸材がいるとは。
キェエエエイ!!と気合もろとも踏み込む速さで、少年はそのまま突きを仕掛けてきた。
速い、そして身体全体で仕掛ける突きは、受けずに躱すのが定石である。
直線で相手を仕留める突きの軌道は捌くのが難しい。普通は躱す一手だから、攻め手は反撃を受けることが少ない。だからこそ捨て身の突きは成立する。
「だが甘い。」
ラァアアアアッ!!っと同時に踏み込んだ弥助は、沖田の左をすっ飛びざま豪快に片手面を撃ちこんだ。
脳震盪状態の沖田は自身の勢いで数歩走ると膝を崩し、派手な音を立てて道場の床に激突する。
どよめきを上げる門下生たち。
「総司が...あのように簡単に...。」
「あの突きを躱さず迎え撃ったじゃと....。」
余りの派手な一本に道場は騒然となった。
「其処まで!!」
その時、威圧的な声が道場内に響き渡り、その場の全員が声の主を振り返る。
そこには武家のような格好の白髪の老人と若者が、怒りの表情で道場内を睨み付けていた。
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「この馬鹿者どもが!どれだけ馬鹿ならそんな真似が出来るんじゃ!!」
老人は土方と若者たちを正座させ、真っ赤な顔でその前に立って説教を始めている。
「いや....当主殿、ワシはこの通り何も問題ないわけじゃし、そんなに怒られずともようござろう。」
弥助は何だか悪い事をしている気分になる。
「弥助殿と申されたか、忝い申し出じゃが事は道場内の規律にござる。お言葉は無用にお願い申し上げる。」
老人に伴われて戻って来た、若者の方が弥助にそう断りを入れた。
「宗主様!我らは他流からの指導などいりませぬ!」
正座したまま師範代の土方が、真直ぐに老人を見据えて叫び声を上げた。
「我らは強いのです!小手先の技に勝る流派の教えなど、受けるつもりはございません!」
そうじゃそうじゃと幾人もの声が上がる。
『なーんか話が違うんじゃない?面白くなって来たけど。』
無責任な守護神は虚空でヘラヘラ笑っている。
「....オヌシ貧乏神とかいう素性ではないのか?江戸に来てからロクな事が無いんじゃが...。」
弥助は小声で恨み言をつぶやいた。
「オノレらは勇ましいことを言うが、現にこうして仏生寺殿に力負けしておる。30名かかっても勝てぬとは何たる様じゃ!」
実際には30名が襲ってきたわけではないが、老人の言葉に若者たちは返す言葉もない。
ワシが負けてればそれで良かったのか?弥助は疑問に思うが老人の説教はコンコンと続く。
「仏生寺殿、奥でお休みくだされ。」
後から老人と一緒に来た若者は、弥助を案内して道場の奥にある屋敷へ誘った。
10畳ほどの間に通され、弥助は若者と向き合って座る。
「近藤勇と申します。」
若者はようやく自身の名を名乗った。当流の跡取りであり養子であるという。
黒の紋付に折り目正しい仙台平。まるで旗本のような雰囲気だ。
「気の荒い者ばかりでお恥ずかしゅうござる。何卒ご容赦くだされ。」
再び頭を下げる近藤。
「お手を上げてくだされ。先ほどから申し上げる通り、ワシャ気にしておらぬ。」
『むしろ楽しんでたクチよね。アンタ。』
弥助はサクヤの方を見もせず近藤と話をする。江戸に来てからスルー技術に磨きがかかった。
「当道場は天然理心流宗家を名乗る、近藤周助が当主でございます。しかし天然理心流は分派が多く、周助も全ての分派から宗家と認められた訳ではありません。」
近藤はそう言って事情を話し始めた。イカツイ顔の男だが、物腰は至って柔らかく人格的にも優れた男のようだった。
天然理心流は寛政年間ごろ(18世紀末)に始まった、比較的新しい流派である。
開祖は江戸に道場を構えたが、多摩の豪農たちの子弟が多く集まったため、良く出稽古に行っているうち八王子辺りまでに広まった。
数多くの門弟を抱えるに至ったが、先代の近藤三助が後継者を立てぬまま、若くして世を去ったことが発端となり宗家問題が発生する。
「師匠が近藤姓を名乗ったのも2代目が亡くなった後であり、分派の者たちは気に入らぬのです。以来多くの道場破りが乗り込むようになり、道場は荒れてきました。」
それが他流派から人を呼び、道場破りに対応してもらう理由でもある。
「師匠は剣術の免許しか取っておらず、天然理心流の体術・棒術は修めておらぬのです。道場破りたちはそこを突いてまいりますので、大道場からあらゆる相手に対応できる手練れをお呼びしないと...。」
「事情は相分かりました。それでも門下生たちは不満のようですな。」
「皆、自尊心の高い者たちです。他流派に頭を下げるばかりの我々を、不甲斐なく思っているのでしょう。」
さすがに近藤は無念そうに言った。
「ご無礼は平にお詫びいたします。仏生寺殿の腕前ならば、必ずや道場破りどもを打ち破っていただけますでしょう。どうかご助力下され。」
そう言って再び頭を下げる近藤。
『メンドクサそーな話じゃない?やめといたら?』
「ワシにお任せあれ。何なら道場破り専門でなく、門弟の稽古もつけて進ぜよう。」
『は?』
「マコトでござるか?!それは有り難い!いや、先ほどの仏生寺殿のお手並みには、ほとほと感心しておった次第でござる!稽古までしていただけるなら、我が道場の力も必ずや上がりましょう!」
弥助は頷き少しサクヤを見上げていった。
「失礼ながらここへ来る前には、田舎道場がと少々侮っておりました。」
弥助の言葉は本音を包み込むようなことが無い。
直球過ぎてしばしば不興も被るが、届く人には素直に届く言葉でもある。
「しかしながら此処へ来て皆の剣を受けてみれば、何とも言えず真直ぐな情熱と太刀筋。ワシは此処で皆に剣を教えてみたくなりました。」
『馬鹿なの?いきなりケンカ売られて【真直ぐな情熱】?熱血教師?』
「左様でござるか!いやあ、義父もさぞ喜びましょう!」
満面笑顔の近藤はそう言って立ち上がると、義父に伝えるため道場に走って行った。
「ワシは気に入ったんじゃ。あの土方の統率といい、沖田とかいう少年の素質といい...ここは面白いところよ。」
弥助はサクヤに言い訳するように言う。
『ハイハイ、アンタの好きにしなさいよ。アタシは帰るわよ!』
勝手なもんだ、と弥助は思う。
(オノレにぶち込まれた鬼の群れの方が、こんな道場より数百倍危険じゃというのに。)
女神には理解できなかったようだが....近藤には弥助の気持ちが届いたようである。




