旅の行く末
安政3年3月11日(1856年4月15日)
神社の雑務に忙殺されていたサクヤだったが、弥助たちの動向には目を光らせていた。
「随分呑気なもんね。歓之助ちゃんも大村藩のお仕事ほっぽらかして、大丈夫なのかしら?」
直ぐに江戸へ立つのかと思ったら、弥助は修行の続きをしに段状窟に籠ってしまったようだ。もう10日ほど前の事になる。
「あの7段目をそう簡単に攻略できるわけ無いのよ。そろそろ連れ戻したほうがよさそうね。」
熱中しすぎると命取りになる。
サクヤはキリの良いところで雑務をやめ、富士宮へ移動した。神社本殿から各分社までは転移で直ぐたどり着く。本殿内に置かれる小型の鳥居は、分社の鳥居への転移門となっているのだ。
サクヤが鳥居を潜ると、直ぐに段状窟前の鳥居へ出る。
「よもや死んじゃって無いでしょうね。」
女神は急いで池に走り寄り、水面に弥助を映し出す。
「やってるよ......龍鬼と。」
戦闘快楽症の面目躍如、血と土ボコリに塗れたその顔は笑顔だ。
7段目の闘技場は、階層主がデカいこともあってこれ迄のモノよりかなり大きい。
ソレでも龍鬼が飛び回る程の大きさはなく、せいぜい羽ばたくことができる程度の広さ。
龍鬼の灰色の体は、硬い鱗に覆われ物理的な攻撃が難しい。
更に闘気による攻撃は、ほとんどが無効にされてしまう。
本来は探索者をして絶望させる存在なのである。
この龍鬼を前に、ヘラヘラ笑う奴はいない。この男以外。
弥助は身体中を傷だらけにしているが、笑っておれる時点でまだ大丈夫だろう。
7段目から下へは、サクヤの術によって龍気を変換した火が灯りとして使われている。
弥助の姿もこれまでよりはハッキリと見て取れた。
『ヤースケさんやーい、ナニがおかしいのでしょーかー?』
岩肌には無数の鉱物が露出し、龍気の明かりをキラキラと反射している。
攻防が膠着状態にあるのか、両者はじっとにらみ合い動かない。
揺らめく光に幻想的な光景が広がる。
サクヤは大声で呼びかけたが、弥助と鬼の双方に無視された。
『クッ、弥助はともかく龍鬼にまで無視されるとは......誰が親なのか思い出させてやろうか....。』
どうやら龍鬼も相当追い詰められているようだ。
『何方にも余裕がないということか......ん?』
大きく息を吸った龍鬼が、口から火炎を轟々と吹き出す。
万物を焼き尽くす業火。幾人もの探索者を葬ってきた龍鬼の最大攻撃だ。
その瞬間、弥助は手に持つ細身のサーベルを振り回し.....その剣先は見えぬほど速い!
『火炎を.....斬った?!』
火炎の死角から近づき、更に縮地で間を詰めた弥助は龍鬼へも斬撃を加えた。
破れるはずのない龍鱗に覆われた皮膚が裂け、暗く虚ろな空間が現れる。
『......空間を........斬ったのか!?バカな!。』
サクヤが叫ぶ。
同時に恐ろしい空間流出が闘技場内に引き起こされる。
弥助は立っている位置からズルズルと引き寄せられ、土埃や岩のかけらが次々と暗闇に消えていく。
「うおおお!スゲエ!ちょっと切りすぎたか?」
相変わらず笑顔で吸い込まれていく弥助。
『笑っとる場合か!イカン!裂け目を防がねば......。』
必死に洞窟内への干渉を始めるサクヤ。
しかし亀裂はさらなる空間を飲み込み、やがて龍鬼自体を吸収し始めた。
『おお....これは....。』
見る間に龍鬼は縮んでいき、ズボッ!!という音と共に巨大な姿を消し去ってしまう。
龍鬼の身体上に刻み込まれていた異次元の亀裂も、同時に消え去って流出は止まった。
「おお~。うまくういったぞ。」
『フザけるな馬鹿者が!どこの人類が空間に亀裂を入れたりするものか!常識を考えろアホが!!』
怒鳴りつけるサクヤに、怪訝そうな顔の弥助。
「しかしサクヤよ、ああでもせんとこの鬼を倒すのは不可能じゃろ。」
『だからってシレっと空間切るなあ!異次元空間にだって都合ってもんがあんのよ!』
人間が勝手にゴミを捨てていい場所ではない。
『オマエその技使用禁止な!絶対使うなよ!今度使ったらアタシがアンタを次元の果てに放り出すから!分かったわね!!』
サクヤが余りにも真剣に怒ったので、さすがの弥助も余程不味いことをしたかと反省する。
「だとするとこの鬼はどうやって倒せばいいんじゃ?」
サクヤは黙ってまた空間操作を行い、弥助のために7段目と出口を繋げてやった。
実は数百年前に龍鬼を導入してしまって以来、攻略したものはいない。
(ん~、ノリで作っちゃったのよね。確かにコイツは人間には倒せないかも。)
それを弥助は非常識な方法で消してしまった。
(案外これが正解なのかしら....って認めるわけにはいかないわよね。)
ただし1つハッキリしていることがある。弥助はやはり....。
(いくら鍛錬したって人間にこんな真似できるはずはない。やはり能力者か.......。)
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数日後。
「待たせたの!」
10日ぶりに帰ってきて叫ぶ弥助は、これまで歓之助が見たこともないほど笑顔だった。
見事なまでに悪気がない。
「弥っちゃんさ....人を10日待たせて悪気もないとは....。」
こうなってしまうと怒る気にもなれない。
歓之助は苦笑して旅支度を進めた。
「それにしても弥っちゃんは変わったのう。まあワシャいまの弥っちゃんも嫌いじゃないが。」
それどころかこの数か月で、益々友情を感じる間柄となった。
歓之助がこの10日ほどお世話になったのは、もちろん山本長五郎一家である。
「親分さん、長い間お世話になりました。」
任侠の仁義は作法を知らない。弥助は手をついて彼なりの感謝を次郎長親分へ告げる。
むろん次郎長は作法について細かく言うような、器量の狭い男ではない。
「オマエさん、い~い顔になんなすったねえ。」
コワイ笑顔でそう言った。傷だらけの顔では笑顔も歪んでしまうのだ。
「真に親分のおっしゃる通り。陰にこもった男が陽の面構えになった。」
大政もしきりに頷き、次郎長に同意する。
「....余程の場数を踏んだんだろうさ。アタシにゃあよく分かる。武芸者にしとくのはもったいねえなあ。」
次郎長親分はそう言ってカッカッカと高笑いした。
仁吉は何も言わないけれども、別れを惜しんで大政の後ろで涙ぐんでいる。
「まあオマエさんがいなくなっちまうと、清水の悪党どもが生き生きしだすわな。暫くはアタシたちが大忙しになるってわけだ。」
大政も冗談を飛ばすが、いつになく寂しげに見える。
「散々お世話になったのに、恩返しもできず....。」
「よしなよしな!大政も言ってた通り、オマエさんのお陰でアタシらあ随分助かってたんだ。世話になったのはお互いさまよ。礼を言うなら立派な侍にでもなってくれ。」
次郎長親分は笑顔で人を見送る。誰が相手でもそれは変わらない。
旅立ちは渡世の習わし。人の生も死もまた旅。
それが今生の別れになろうとも、旅立つ人を笑顔で送るのは任侠の男の粋である。
「親分、ワシは残念ながら侍にはなれんそうな。」
「なんでえ、今からもう諦めてんのか。」
少し前なら弥助がまた陰気なことを、と思うところだがそうじゃない。
「浅間大神からお告げがあってな、ワシは武士の世の中を終わらすために生きるのだと。」
笑いもせずに真面目に告げる弥助を見つめ、見送る三人は吹き出してしまう。
「ハッハッハそりゃあ良い!オマエさんのお陰で侍がいなくなるか!アタシらも枕を高くして寝れるねえ!さすがは浅間様だ!!」
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その日の午後、清水港には、年貢米を江戸に送る米廻船に乗り込む2人の姿があった。
「さて、また旅路だ。」
ちろっと清水の町を見やりながら、弥助は楽し気にそう言った。
「米廻船に乗せてもらえるとは。実にありがたいもんじゃ。」
歓之助も船旅は初めて、不安半分ながら時間短縮はありがたい。
船底に板を渡した2畳ほどのスペースを与えられ、弥助と歓之助は今後を語り合う。
「帰らばさっそくおやじ殿との決戦じゃ。」
気を引き締める歓之助。いくつになっても父親は苦手なようだ。
「そんなに気負わんでもええよ、歓ちゃん。受け入れられねばそれまでの事。」
弥助は懐から何か取り出し、日の光に当ててそれを見つめる。
「なんじゃそれは?随分とピカピカしたもんじゃのう?」
横からのぞく歓之助。
「うーむ、ワシにもわからんのじゃが。」
「なんだい、どこから持ってきた?」
それは7段目の闘技場。異次元空間に吸い込まれそうになったとき、壁から吹っ飛んできて弥助の頭にあたった石ころだ。
黒銀に光るその石を眺め、弥助は思考を巡らせる。
「何だかわからんが、何かではあるだろう。」
弥助のその目が見据える先は、この旅の行く末だ。




