炎と薪と空間の斬りかた
「まあ.....なんじゃ。上手いこと言葉に表現できんが。」
弥助は独り言呟きつつ考えをまとめる。
サクヤの空間操作を見て、閃くモノはあった。
と言っても操作できるなら斬れる!という強い思い込みでしかない。
「つまり....モノを斬るのではない。空間を斬るということじゃ。」
どー違うんだという説明は出来るわけがない。
「例えば.....水の入った壺を斬って、水ごと切り分ける様なモン....かの?」
弥助は悩みつつ囲炉裏の火を見つめていたが、やがて火を自身の太刀で斬ってみる。
ゆっくりと上辺を撫でただけの刃は、ゆらりと炎を揺らしたのみだった。
少し速度を上げてみると、炎の上部が風圧で消える。
「コレは『炎を斬る』動作で空間を斬る動作とは言えんな。」
炎のある空間を斬る。何度も大刀を炎に潜らせるが、その根源が掴めない。
立て膝になって、居合で太刀を振り抜いてみる。
やってる感は出たものの、一向に成果は出そうになかった。
角度を変え、回数を重ねる。汗が滴り落ち、柄を握る手が滑る。
弥助は諸肌を脱いで汗を拭うが、その眼は炎の揺らぎから離れる事はない。
瞳に燃える炎が映り込み、スポ根的な絵面になっているわけだが。
「どの角度から撃ち込もうが.....違いがあるわけではないよなあ。」
アッタりまえの話だが、弥助には学のない分、そんな常識も疑ってかかる姿勢がある。
休憩を挟んでさらに太刀を振い続けた。頭の中にはあらゆる位置から撃ち込み続ける、自分自身の情報が蓄積されつつあった。
弥助は食事も取る事を忘れて炎への斬撃に没頭した。
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『弥助さま......。』
『お佳代さん.........?』
ナゼか弥助はいきなり斎藤道場に。そして2人は道場の裏手にある、風呂焚き場に立っていた。
道場を出て行くというその日の朝である。
『どうしても.....行ってしまわれるのですね.....。』
佳代は涙を流していない。同じ剣の道に生きる者として、心に甘えは微塵もない。
それでも子供時代から慕ってきた、弥助の不在を受け容れるのは難しかった。
『.......すまない。』
弥助はもう少し自分の気持ちを言葉にしたかったが、出て来る言葉はその程度が精一杯だ。
そう言えば自分は随分と無口な男だった、と弥助は不思議に懐かしい感覚を覚える。
『......良いのです。佳代は覚悟をしておりました。弥助さまは斎藤道場に収まらぬ器と、父も申しておりました故。』
佳代は肌の白さが際立つ様な漆黒の黒髪を、弥助と同じ様に総髪にして後ろに垂らしている。
その情景はまるで2人の青年武士の別れの様にも見える。
『デモ弥助さま.....最後に、最後に薪を割っていってくださいませ。』
『ナニ?マキ?』
『薪でございます!弥助さまの薪割りは天下一品、私など及ぶところではございませぬ。』
『いや.......あのような物、誰がやっても同じでは......?』
どうにも居心地悪い、話の噛み合わなさ。
『とんでもありませぬ!弥助さまの割った薪では、風呂の焚き上がりも天国のようじゃと、道場の者皆が口を揃えております!』
.......そうなのか?弥助は何かおかしいと思いつつ、佳代を置いて行く後ろめたさから彼女に逆らえない。
『さあ!いざ薪を!』
そう叫んで彼女は太刀を弥助に渡す。薪割りに太刀?
そう思った瞬間眼前には薪があり、弥助は上段に振りかぶっている。
『とりゃあ!』
スコーン!と音が立つが、太刀は薪に食い込むばかりで割れはしない。
『弥助さま......マジメにおやり下さいまし!』
厳しい佳代の声が飛ぶ。
『イヤ、やってますよ?やってますがね!』
再び振り下ろした太刀は、またしても薪に食い込むばかりで止まってしまう。
(オノレ!闘気発動じゃ!)
イライラする弥助は薪割りごときに、感情が暴走しそうになる。
『薪も割れぬような男.....見損ないました!』
佳代はこの様な言葉を弥助に投げかけたりはしない。
弥助はおかしいと思いつつ、大声で言い訳を叫ぶ。
『お佳代さん違うのだ!薪割りに太刀を使う事自体間違いじゃ!鉈か斧でなければ........』
『言い訳は聞きとうございませぬ!』
弥助は恐慌をきたした。
(こんな事が起こる筈はない!佳代さんはこの様な女子では.......。)
『お佳代さん!まって!ワシの言う事を聞いてくれ!』
そう叫んだ弥助は自分の声で目が覚めたのだった。
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ウスウスおかしいと気付いていたので、納得の夢オチだ。
太刀を振り続け、疲れて眠ってしまったようだった。
佳代の事を夢に見るほど好いていた.....わけでもない。
冷たいようだが、親代わりである岡田十松が決めた事。弥助にとってはソレ以上の意味は無かった。
「薪割りに太刀は使えん......そりゃそうよ。」
佳代を懐かしむより、夢の中身を反芻する戦闘狂。
一刀で長い得物を振り抜くため、日本刀の重心はかなり手元に近い。
薪のような硬いモノを両断するなら、重心は先端近くに位置する斧になる。
「まあ夢でない今のワシなら、薪ごとき太刀でも両断出来るんじゃが。」
うむ?しかしナゼ太刀は威力を犠牲にして、扱いやすくしてあるのか?
ソレは日本刀が対人殺傷兵器だからである。薪よりは柔らかいモノを斬るための武器なのだ。
「硬さなど無い空を斬る動作なら?もしや更に威力は要らず、速さが必要であるのか?」
居合の時のやってる感は、計らずも答えに近づいていたのかも知れん。
「コレでは少々重いか.......。」
牛鬼の極太幅を見ながら、弥助は1人呟いた。
起き上がって結界を出ると、蜥蜴鬼が残したサーベルを拾って戻る。
弥助は再び囲炉裏の火に向かい、サーベルを振り続けた。
「うん、威力でなく速さ。こんな感じじゃ。」
正しく振れている気がする。弥助は調子に乗って振りまくった。
サーベルの軌道に炎が分断され、再び繋がる。
「おお、炎は分断できている。さっきよりだいぶ良い。」
弥助は時の立つのも忘れ振り続ける。
喉が乾けば水差しから水を飲み、腹が減れば再び焼飯を食ってまた炎に向かう。
立ち位置を変え、囲炉裏をぐるりと移動して斬撃速度を上げて行く。
やがて弥助の頭には、火を中心とした半球形のフィールドが構成される。
向かい合って立ちながらも、360°から火を眺めている感覚。
(この空間はまるで.....階層主の闘技場のようじゃな。)
偶然なのか、空間操作を研究して弥助は半球形にたどり着いた。
やがてサーベルを振る毎に、集中する毎にその半円空間の内側が理解される。
まるでサーベルの軌道を通して空間をスキャンしているかの様に、弥助の脳裏に空間の情報が蓄積された。
「斬れる!」
その時コレまでとは異なるピシリとした手応えがあり、炎の中央部分が破れていた。まさに破れたとしか言いようのない、黒い空間が覗いている。
そう思った瞬間、空間は元に戻ろうと足掻き、炎をその中に吸い込み始めた。
炎は破れ目に吸い込まれ、やがてシュパン!と消え去ってしまう。
炎の焼失と同時に空間の破れ目も消え、後には炎を失った囲炉裏が残った。
「斬れたわ.....驚いた。」
斬ろうと思って動いていたのだろうが、本当に斬れるとは思っていなかったのか。
弥助は心底驚いて、火を失った囲炉裏を見ている。
やがてどういう仕掛けなのか、ポッと小さな火が灯り、再び囲炉裏には炎が戻ってくる。
「コレで.....ヤツは倒せるか?」
試してみたいと弥助はすぐさま闘技場へ向かう。
結界を出ると今回は松明は不要だ。ナゼかここの闘技場は壁全体が光り輝いている。
そして中央に、目当ての階層主が弥助を待っている。
お馴染みとなった主の俯く姿。
だがこれまでの主たちを圧倒した存在である。
背中には巨大な羽を持ち、身長15尺(約4.5m)を超える鬼の最強種、龍鬼の姿がそこにあった。




