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江戸へ......

「いや〜スッキリしたわい、弥っちゃん本当にありがとう!この通りじゃ!」


 道場破りが終わったその日の夜、2人は安芸国広島の宿場に腰を落ち着け、ささやかに勝利を祝っている。

 弥助は全く宇野金太郎を寄せ付けず、圧倒的な勝利を収めた。続いた歓之助も宇野が本調子に戻らぬうちに、遠慮なくボッコボコに打ち据えた。


 その後エキサイトした片山流の門弟たちが、『生きて岩国から出すな!』と鬼気迫る執念で2人に襲いかかって来るのを、竹刀胴着は打ち捨てて逃げに逃げ、ようやく落ち着いた所である。


『アタシに感謝しなさいよねえ?』

 サクヤの機転で広島へ足を向けた事も、うまく逃げ果せた理由であった。

 追手は下関へ向かうと思うはず。途中までそう見せかけ、追手を撒いたところで方向を変えている。


「ワシが歓ちゃん担いで走ったのが効いたんじゃろう。」

 弥助はそう言って笑っている。

 もちろんサクヤに言ったつもりだが、歓之助にも聞こえている。


「正しく弥っちゃんはバケモンじゃな。ワシを担いで岩国から広島まで走り続けるなど、人間のワザとは思えん。どれだけ鍛えればその境地にたどり着けるのか。」


『歓之助きゅんはソンナ魔改造されなくていーの。アナタが1.5倍になったらアタシ悲しくなる。』

 女神の思いはただ自分勝手だ。


 大した食事もないが、2人は愉快そうに酒を酌み交わす。

 剣術がツマミとなって酒が進む。サクヤは呆れ顔で彼らを見ている。

『弥助もよく飲めると思っていたけど、アンタたち2人は底なしね〜。』


 これから見れば、昨夜の酒盛りなど『飲酒』のうちに入るまい。

 やはり今日の試合を睨んで、酒量を抑えていたのだと見て取れる。


 どうせ勘之助には聞こえないので、弥助はサクヤの感想にいちいち返事をしない。


「ところで歓ちゃんは何処かで戻らねばな。」

 弥助はそう指摘した。肥前とは反対方向に来てしまっている。

「イヤ、その事じゃが。」

 歓之助は急に改まり、膝を正して弥助に向かった。


「何じゃ?突然改まって?」

 弥助は半笑いだが、歓之助は大真面目だ。


「この度は誠に世話になった。感謝申し上げる!」

 いきなりの歓之助の土下座に、弥之助は驚いて言葉も出ない。


「な、な、な、ナニを.....。」


「弥っちゃんは既に道場に見切りを付けた、練兵館とは関係のないお人じゃ。助太刀も断れる状態でありながら、ソレでもワシの危機に駆けつけてくれた。」

 歓之助は真正面から弥助に礼を述べる。弥助は照れ臭くて歓之助をマトモに見ることが出来ない。


「ワシらの間柄でソンナつまらぬ事は言いっこなしじゃ。逆の立場なら歓ちゃんもきっと駆けつけてくれるじゃろ?」


それでも歓之助には感謝をすべき理由がある。


「オヤジ殿は決して弥っちゃんに公平であったとは言えぬ。明らかに道場一、いや江戸一番の剣士である弥っちゃんを、『文武両道』などと言う役人の様な言い草で取り立てなかった。ワシはずっと思うところがあったんじゃ。」

 驚いた事に歓之助は、昔の事を持ち出して父親を責めるようなことを言う。


「それにも関わらず、弥っちゃんはワシの助けとなる事を躊躇わなかった。だとすりゃ助けてもらったワシが、このままじゃあサヨナラと大村藩に戻るわけにはいかんよ。」


 歓之助は真剣な眼差しでそう続ける。

「弥っちゃん、ワシと共に江戸まで行こう。オヤジ殿に経緯を説明して、斎藤道場の中で相応しい位置を与えるようにワシから言おう。」


 歓之助の性格がよく分かる、どこまでも真っ直ぐな申し出だった。


 それを聞いたサクヤはニッコリと微笑む。

(歓之助きゅんたら男らすい.....。弥助の活躍をお父さんに教えに行くのね)


 ソレは当然すぎる申し入れでもある。弥助は歓之助個人のみならず、練兵館道場そのものの評判や面子を救ってくれたのだ。

 ここで弥助を厚遇しないのは、逆に斎藤道場にとって世間から非難を招く恐れがある。


「歓ちゃんの頼みじゃから来たまでよ。ワシは道場の地位なぞ欲しいとは思わん。もはや膝は崩せ。」

 ソレでも弥助は歓之助の申し出が嬉しかったのだろう。

 笑みを浮かべて歓之助に酌をする。歓之助は胡座になってその酒を受けた。


「ワシが欲しいモノはただ一つ。対外試合に参加する資格よ。」

 弥助はそう言って歓之助見つめ返す。弥助にとって江戸に帰る理由があるとすれば、ソレは強い剣士たちとの腕比べをおいて他にない。


 歓之助もニヤッと笑ってソレに応じる。

「ソレじゃあ決まりだな。江戸へ戻って師範代にでもなれば、対外試合の話などいずれ湧いて来る。」

 2人の道行はこうして決まった。


(江戸か.....。)

 弥助にとっては数年ぶりとなる江戸への帰還。思いの通らぬ場所でもあった。

 彼は歓之助の言葉に笑顔を返していたが、事態を楽観視してはいない。


(江戸ね.....。)

 ナゼかサクヤも行く気満々だった。たまには江戸見物も悪くない。


<<<<<<<<<<<<<<<


 安政3年3月1日(1856年4月5日)


 広島を立って20日ほど、歓之助もいるためペースはゆっくりとしたものだ。

「歓ちゃん、この字は何と読む?」

「うん?おお、ソレは魑魅魍魎(ちみもうりょう)......ワシも書けと言われれば書けぬな。」


 2人は川の渡しを待ちながら、そんな話をしている。

 川の堤には満開の桜の木が、旅人の目を和ませている。


 帰りの道中、どうせゆっくり進むのだから字を学ぼう、と弥助は言い出した。

 弥九郎先生に久方に会う、という事態も彼の学習意欲を後押しした理由だろう。


 歓之助にも依存はない。大いに賛成して指南役を買って出た。

 サクヤもいればナニがしか助言をくれたろうが、このゆっくりペースに嫌気がさした女神はとっとと空間移動で神社に戻ってしまっている。


 さて読み書きを学ぶにも教科書が要る。通りすがった町で幾ばくかの手習本と読み物を買い求めた。

 驚くべき事に弥助はあっという間に手習本を理解し、今は馬琴を読んでいる。


「実に面白いモンだな。こんな事ならもっと早く勉強をすべきだった。」

「.......弥っちゃん色々と普通じゃねえぞ。いくら何でも覚えが早すぎる。」


 歓之助も驚嘆するほどの弥助の成長ぶり。

『体が動くと頭も良くなる』的な弥助の説明も、ここまで異常だと説得力がない。


「その修験道の霊場が、身体のみならず頭も成長させているというわけか?」

そんな風に受け取られても仕方ない。

「弥っちゃん、その場所のことはこれ以上言わねえが良い。ワシはご神託も含めて弥っちゃんの言う事を信じる。しかし心ない者はその霊場を荒らそうとするじゃろう。」


 これだけの成果が上がるなら、武芸者が押し寄せる未来もあり得る。


「ふん.....そうじゃな。鬼に殺されて死人の山が出来るだけと思うが....。」

 弥助は苦笑しつつ同意する。まあ面倒ごとは避けたいし、自分の修行もまだ終わってない。


「そうじゃ歓ちゃん。申し訳ないがワシに2.3日時間をくれまいか?」

 渡し舟に乗り込もうとする歓之助に、弥助はそう声をかけた。


「あ?ああ、そりゃ構わないが.....。」

 弥助からの唐突な申し出に、歓之助はやや戸惑う。

「清水に寄っていくのかい?」

 荷物でも纏めるのかと思った歓之助は、そう尋ねて弥助を振り返る。


「まあ清水にも寄るんじゃが。」

 弥助は友人に応えて言う。

「修行の続きじゃ。どうしても倒しておきたい鬼がおる。」


<<<<<<<<<<<<<<<


 そんな訳で弥助は単独段状窟(ダンジョン)へ戻ってきた。

 歓之助は清水に残してきたので、その後の道のりは闘気(オーラ)全開の全力疾走である。


 麓の神社には一応顔を出したが、神主たちは弥助を恐れて逃げ惑うのみなので、仕方なくそのまま山を登ってきた。一応手続きを踏む意思は見せたのだ。気にする事はない。


「また新たに鬼どもが湧いておるのか。」

 振り出しに戻って小鬼(ゴブリン)からのスタートだが、なまった身体をほぐすのにちょうど良かった。

 一段の深さはおよそ1里(約4km)ほどだろう。弥助はそこを一気に突破して、すぐに2段目に。


 3段目でひと眠りしたが、この休憩を1度挟んだのみで2日目には7段目までたどり着く。


 やはり7段目からかなり難易度が急激に上がっていた。


 蜥蜴鬼(リザードマン)の大群を切り結んだ果てに、龍鬼(ドラゴナーガ)が待ち構えているのだ。

 6段目の牛鬼(ミノタウロス)が使っていた極太幅の太刀を使い、ようやくその皮が切り裂けるという蜥蜴鬼(リザードマン)の難易度の高さ。


 その皮膚がどんな仕組みか、闘気(オーラ)の攻撃を受け流すのだ。実に厄介である。


 その親分の龍鬼(ドラゴナーガ)となればもはや闘気(オーラ)系の攻撃を全てはじき返す理不尽ぶり。

 弥助がここで時間を取ってしまっていたのは、そんな事情からだった。


 ようやく全てを片付け、7段目の最終結界、つまり九州へ出発する前の位置にようやく戻ったのは、2日目の終わりのことだ。

 弥助は休息を取るため結界に入る。ここの補給食は『焼飯』というのだと、サクヤは教えてくれた。

 これがなかなか美味い。


 食事が終わると、弥助は結界内の囲炉裏の前に腰掛ける。

 どういう仕組みか分からないが、この結界では火が絶えることはない。


「とにかくこの太刀でぶった切るしかないと思うておったが。」

 弥助は極太幅の牛鬼(ミノタウロス)の大刀を火にかざして眺める。その太刀は漆黒であり、あらゆる光を吸い込んでしまう。


「時空か....ソレごと切り捨てるっちゅうのは出来るんじゃろうか?」

 弥助は物騒な事を口にする。

 

 サクヤが自分をここから連れ出したとき、やってみせた幻術を時空操作などと言っていた。

 その時に思いついたのである。


 「この空間を操る力があるのなら、切り裂くことも可能なはず。」

 囲炉裏の前で、弥助は様々な角度から斬撃を試みる。


 「闘気(オーラ)の力ではないと言っておったな。」


 実に数百年ぶりという現人神(アラヒト)候補、仏生寺弥助による空間斬撃研究の始まりである。


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