変幻自在⓶
3段目に降りたワシを出迎えたのは、猪鬼という大型の鬼だった。
背の丈は6尺(約180㎝)ほどもあり、猪その物の頭に2本の角が生えている。
これまでの鬼と同じく2本足で動き武器を手で扱うが、今度の得物は薙刀のゴトキ長い柄の大刀だ。4尺ほどの金属の柄に2尺ほどある曲刀が取り付けてある。
防具は同じ皮のものだが、頭にまで丸い皮兜を着用。この鬼は集団でなく単騎で現れた。
その力はなるほど小鬼の比ではなく、まともに受け止めると数尺も体が後ろへ弾き飛ばされる。その打撃は岩を砕き地面に穴をあけるほどだ。
『何やってんの!さっさと闘気を使いなさいよ!』
2段目の鍛錬からすっかり師匠と化した女神は、随分と簡単に言ってくれる。
(分かっちゃおるが実戦となると少々勝手が違う。)
ワシは若干イラッとしながら、何とか闘気を発現しようと精神の集中を試みる。
猪鬼の緩慢な動きに助けられつつ、水の流れを体内に探す。
始めは微かに、しかしやがてハッキリとした流れを感じ、ワシは勢い込んで猪鬼に一発蹴りを見舞った。
ヨタヨタと後ろへ下がる猪鬼を睨みつけながら、ワシは掴み取った流れを身体に纏う。
ブワっと青白き炎が燃え立ち、太刀まで一気にそれに覆われる。
「どうなるやらワシにも分からん。行くぞシシ鬼!」
蹴り飛ばされたのが悔しかったのか、猪鬼は雄叫びと共に大刀を中心で回転させつつ、ワシへ向かって殺到する。
棒術よろしく両手で打ち据えて来るのを受けずに流して旋回すると、旋回したまま横薙ぎに胴を斬る。
樽ほどもある猪鬼の胴が両断され、甲高い悲鳴と共にドシャリと転げ落ちた。
『ひっえ〜、なんかスプラッターねー。』
サクヤがまた何か言っとるが当然意味は分からん。だが今の凄まじい斬撃に驚いたのだろう事は分かる。
ワシとてこのデカい猪鬼を、一撃で倒せるとは思わんかった。
「ううむ...スゲエなこれ。」
燃え立つ青白い炎をワシは驚嘆の思いで見つめる。その斬撃の威力もさることながら、身体の動き全体が大幅に速くなっている。コレを使うと頭が身体に追いつかなくなる。
「むしろ頭が動きについて行けん。もう少し慣れんと完全には使いこなせんぞ。」
『そーいう事よ。アンタやっぱり賢くなってない?』
クソ女神がまたしても馬鹿にするにを聞き流し、ワシは先を急ごうとしたが、その時太刀に大きく亀裂が入っているのが目に入った。
「コレは....。」
此処まで実に安定していた鬼の太刀だったが、今の一太刀で遂に限界を迎えたようだ。
『あー、折れちゃったのね。まあ小鬼丸じゃあ仕方ないか。』
「小鬼丸?この太刀の名か?」
何となく拾ってきた太刀だが、名前を持つような名刀だったのか。
『まあ、1段目で拾える唯一の刀だから、いつのまにかそんな名前になったんだけど。大した刀じゃないし、ココらで限界だったんだろ。特に闘気を纏った攻撃には負担がかかるからね。』
名刀違うんかい......まあ得物など何でも気にはならない。ワシは猪鬼の大刀を拾って振り回してみる。
使った事はないが何とかなりそうだ。
「よし、いけるな。」
ワシは新たな得物を持って、意気揚々と奥を目指した。
『戦闘中毒め.......。』
再びサクヤの謎めいた呟きが聞こえた。
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アタシは徐々に愉快な気分になって来た。
余りにも非常識な習得速度で神業を身に着けていく男。
小鬼丸ごときのナマクラで猪鬼の巨体を両断し、すぐさま相手の大刀を拾ってくるくる回している男。
この男は規格外ではあるが、ある意味で時代遅れだ。戦うために生まれて来たが故に、小賢しい『文武両道』が幅を利かす時代にそぐわず冷遇されていた男。
今ここでその鬱憤を晴らしていることに、何だか共感するものを見出してしまう。
「そら、もう次が来てるわよ!」
アタシがいう事はもうそれほど残されていない。それですら不要な助言だったろう。
弥助は闘気を纏わせた大刀の柄で猪鬼の頭を殴りつけ消滅させる。
「無敵かよ......。」
すでに3段目のレベルではない。
闘気を使いこなし多彩な動きで次々と猪鬼を蹂躙していく弥助の動きは、その青白い光が糸を引くように流れ落ち、まるで舞を見ているような美しさ。
『どうもまだうまくいかん!体の動きが早すぎる。』
ご納得いただけてないご様子ね。それだけ動けてるのに何を贅沢おっしゃるのかしら。
早くも10体以上の猪鬼が打ちのめされ、哀れにも雑魚キャラ扱いされている。
『お、ここで結界か。』
順調に攻略しているのになぜか結界へ入って行く弥助。
「ど、どうしたの?どこかケガでも?」
私が驚いて尋ねるのに弥助はニコリと笑って答える。
『腹が減ったんじゃ。』
あ~そうでしょうとも。ごゆっくり。
3段目の補給食であるうどんを平らげ、またもや大いびきで寝てしまった弥助。
闘気を使っての戦いで負担がかかっていたのか、簡単に目覚める様子はない。
「まったく良くやってるよオマエ。こーなったら行けるとこまで行け。神の高みまで登って来い。」
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数日後再び段状窟へ戻ってみると、弥助は未だに結界の中で訓練中のようだった。
大刀をゆっくりと棒術のように振り回している。
もう猪鬼なんて相手にならんでしょうに、何やってんの?
「チョット何やってんのよアンタ。もう猪鬼ごときでビビる事もないでしょ?」
アタシが声を掛けると、おお来たかとにっこり笑う。何よ....好感度アゲてるつもり?
『いやナニ、此間の戦闘でどうも頭が着いていかんと思っとったが、よくよく考えればワシは大刀など素人同然。身についた型もなく考えながらやっておるのがイカンかった。』
「ふーん。それで型の研究を?」
『うむ。我流ながら動きを掴むために、少々研究しておったのよ。』
なるほどねー。本当に頭使って戦うようになったわね。
おまけに闘気は先日見たモノより抑え気味に発現し、効率のいい使い方までも身に着けてきているようだ。
「闘気の使い方も格段に良くなってるわ。その抑え方が身につけば、長時間動いても動きが止まることはない。」
『やはりそうか。前回は随分と疲れたから、そのあたりが原因じゃないかと工夫しとったんじゃ。』
もうコイツほっといても大丈夫かしら?いやむしろ暴れすぎるのがコワイから見ておいたほうが....。
ソーコーすること数日後。
『よーし、一丁始めるか!』
勢いよく飛び出していく弥助。イタズラ盛りの子供を見守る気分のアタシ。
「やりすぎないように頼むわ....。」
だがそんな願いも空しく、再び始まる猪鬼大虐殺ショー.....。
『ほいっ!ほいっ!ほいっ!』
弥助の特訓は見事ツボにはまってしまい、10頭ほどの猪鬼の群れはいいように弄ばれる。
弥助の身長では6尺を超える猪鬼の頭部を撃ちにくいのか、次第に跳躍しながらの打撃が増えてきた。源義経みたいね。本物見たことあるけどあれよりスゴイわ。
業を煮やした猪鬼たちが、4・5頭同時に襲い掛かってきた。
もはや同士討ち覚悟。捨て身の攻撃といっていい。
『おおよくぞ参った!』
.....嬉しいのかそれが?
弥助はまたも跳躍して2頭の頭を両断。
オイ!それじゃ着地のスキを狙われる....と思いきや、そこから再び跳躍して切り捨てた鬼を飛び越え、後ろの鬼へ殺到する。
死角から突如出現した弥助に、後ろの鬼はなす術もなく両断される。
ナニ?いま宙を蹴った?
更には素早く身体を回転させ、反応できない2頭を後ろから瞬殺。
.....間違いない。コイツ空中で回転した!
「ゴラア!弥助ぇ!!」
アタシが怒鳴りつけるのを涼しい顔で聞き流し、猪鬼の残した装備を物色している弥助。
「ちょっとアンタ!今!いま空中を走ったわね!」
すると弥助はしゃがんだ姿勢のまま、胡乱げに上を見上げて言う。
『オマエは何を言っとるんじゃ。空中なぞ走れるわけなかろう非常識な。』
「オノレに常識問われたくないわ!どこまで非常識になったら気が済むんじゃ!」




