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変幻自在

 ワシは身支度を整え再び結界の出口へと立つ。


『ちょいと弥助さん、お待ちなさいな。アンタ今から2段目の主に向かっていくところ?』

 サクヤが何やら慌てて声をかけてくる。

「見りゃあ分かるじゃろ?」


『落ち着いてアタシの話を聞きなさい。いい?大技カマそうとせずに、きっちり縮地を使って戦いなさいよ!舐めてるとケガじゃ済まないからね!犬鬼将軍(コボルト・ジェネラル)はただの犬鬼(コボルト)とは速さも力も段違いなのよ!』


 慌てているのはオマエの方だ、とは言わず、面倒なので上を見上げてニカリと笑った。

 何だかんだコイツには感謝してる。こんな楽しい修行は初めてよ。


「ここまでオマエの話を聞かんかった事などなかろう?心配すんな。」


 自分がこれ以上強くなれると思うだけで、何かが背中を押してくるような爽快な気分だ。

 ワシは装備を確認すると、2階層の主がいる闘技場へと進む。


「おお、待たせたな。」

 練習相手と思えば鬼まで親し気に感じてしまうのだから不思議なものだ。

 犬鬼の主はやはり直立の姿勢で俯き、その表情を見せていない。


「これまで以上に速く、力の強い鬼じゃという。」

 背丈は先ほどの主と変わらず、5尺5寸ほど。つまりワシの背丈とも変わりはない。

 犬鬼(コボルト)たちと同じ皮の防具、手に持つ曲刀はかなり大ぶりだ。


 犬鬼たちは様々な毛色をしていたが、犬鬼将軍(コボルト・ジェネラル)は黒い体に白い鼻先。

 オオカミのような風貌をしている。

 細くしなやかな体つき。


「入ったらまた目がピカッとなって、そこから疾風の如く動き出すって事か。」

 試しに松明を闘技場の半円の中に放り込んでみるが、鬼の反応はない。

「上手いこと出来てるもんじゃのう。」


 ワシは太刀を抜き放ち、一歩半円に踏み込んで大上段に構える。


 鬼が顔を上げ、その目に光が灯った。

 ワシは瞬時に袈裟懸け気味に全身のバネを使って力を太刀へ乗せる。

「鬼斬り!」


 空間を切り裂く音と鬼の動き出しは同時に見えた。

「ギャオウン!」

 背後の岩壁へ衝撃派が激突し、鬼の咆哮と共に破壊音が炸裂する。


「ちっ、躱されたか。」


『....ちょっと....アンタそれって....。』

 サクヤの声が聞こえるが、勝負はまだ始まったばかり。


「グルルルゥル....。」

 それでも鬼は明らかに深手を負っている。脇腹から緑の体液が噴き出しているのがハッキリわかる。


「今のを躱すとはさすが主よ。ワシの出来る最高の一撃だったが。」


『おーい弥助さーん、聞いとるかい?今のは『飛斬(ヒザン)』といいましてね....斬撃飛ばす神業(カミワザ)の1つですよー。』


 うるさいっ!後でゆっくり聞いてやるから黙っとれ!


 余裕のない鬼はすぐさま勝負に出る。

 右に踏み込むと偽装しての左旋回から逆片手斬撃。凄まじい速さだが傷を負って全力ではないようだ。


 ワシは動きを見切って一歩踏み込み間合いを殺すと、持ち手を切り落としそのまま胴を上へ払う。

 小鬼の太刀は犬鬼将軍(コボルト・ジェネラル)の右脇から左肩を胴から斬り飛ばした。


 ワシが残心を解くと、二つになった鬼の残骸はまたも地面へ消え失せる。


犬鬼将軍(コボルト・ジェネラル)が....一瞬で.....うそぉ....。』


 ようやく余裕が生まれたワシは、太刀を鞘へ収めるとサクヤへ声を掛けた。


「よしと、何じゃサクヤ?安産だか難産だか言うんは?」


『誰が出産の話をした!アタシの参拝客の話じゃねえ!飛斬(ヒザン)よ!アンタがおかしな名前つけてっから注意してやってんの!』


 何か許しがたい事があったのか、随分と腹を立てているようだ。


『はぁ~。何ってデタラメなのアンタって奴は!闘気(オーラ)の習得すらこの段階じゃ早いってのに、神業2つも身に着けやがって...。』


 .....進歩が速いんだから喜ぶべき事だと思うが。


『大技カマすなって言ったでしょ!何よ!ムカつくそのドヤ顔!やったもん勝ちと思わないでよね!』

「オマエが何言ってるか分からん上に、なぜ怒っておるんかも分からん。ワシの剣術が上達したら何か問題か?」


『アタシにも分かんないわよ!なんかデタラメなくせに上手くいきすぎてるアンタがムカつくの!』


 女神とはかくも理不尽なモノでありき。


 神々の嫉妬というヤツだろうか?昔話に聞いたことがあるような無いような。

 触らぬ神に祟りなしじゃ。ここは穏やかに行こう。


「アンタの忠告に反して大技から入ったのは悪かった。それでもヤツに主導権を与えず、速さを殺すことを主眼としたのだ。許してくれ。」


 .....嘘じゃが。一発大技カマしたかったんじゃ。


『ゴメン.....反省した。』

 サクヤは意外にも落ち着いた声でそう言った。

 やはり穏やかな譲り合いこそ世間を太平にするコツよ。


「別に気にはしておらん、悪かったのはお互いさまじゃ。今の『飛斬』について説明してくれるか?」


『うん...さっき簡単に説明した闘気(オーラ)の活用方法として代表的な神業よ。闘気(オーラ)を武器に纏わせることで打撃の破壊度が上がり、その闘気(オーラ)を飛ばすことで離れた敵を滅す。闘気(オーラ)を纏わせた斬撃を『裂斬』、飛ばす方を『飛斬』と呼ぶの。』


 『鬼斬り』の方がカッコよくないか?まあ言い方によっては握り飯のように聞こえるが。

「既に存在してる技じゃったか....。」

 かなり残念だ。しかしこの後使い方を学べば、あるいはワシ独自の神業もあり得る。


『アンタ多分闘気(オーラ)を意識せずに、体の動きで神業を発動してるね?全く大したもんだけど、そろそろ闘気(オーラ)の正しい発し方を覚えておいた方がいいよ。おかしな癖が付く前にね。』


 これは正論である。ワシは再び結界に戻り、サクヤから指導を受けることにした。

 腹も減ったしな。


<<<<<<<<<<<<<<<


 しかし.....これはサスガに冷えるな。

 ワシはふんどし姿で先ほどの『なんちゃらヨコヨコ』の滝に打たれている。

 これは水垢離っていうやつかい?


『いらぬことを考えず、精神を集中しなさい!身体から噴出す熱を一か所に集め、その力で身体全体を覆い纏わせるの。』


 何を言ってるか分か....いやなんでもない。

 しかし体は既に芯まで冷え切っており、どこを探しても熱なんぞ出てきそうにないが。


『....雑念が多すぎるのよ。無口なくせに無駄な事は沢山考えてんのね。』


 どうにも腹の立つヤツよ。もう少し分かり易く説明できんかのう。

 こんな事でおーらとやらが生まれるもんなのか?


 うーん、さっきの『飛斬』ってヤツの方が簡単だったがな。確か全身を使って力を剣先一点に...。

 ワシは目を閉じたまま、先ほど撃った『飛斬』の力の流れを想像する。

「ハッ!!」

 カッと目を見開いたその途端、結界内にドカン!と衝撃が走り、ワシの正面にある岩壁に亀裂が入った。


「おや?」

『おや?じゃなーい!!アンタ真面目にやってんの?!言われた通りやんなさいよ!なんで『念飛斬(ネンヒザン)』が発動すんのよ!』


「今のは『念飛斬』ちゅうんか?太刀を使わずとも飛ばせるっちゅう事じゃな?」

『フツーはそんな簡単じゃないわよ!なんで闘気(オーラ)の使い方覚えもしないうちに、そんな複雑な事がポンポン出来るのアンタは!』


 いかん、また女神の理不尽な怒りに触れてしまう。

 ワシは慌てて眼を閉じ、再びあてどもなく身体のどこかにある熱を探し求める。


 しかしワシの力は水が基となるのか....水・水・みず...今も水浸しになっておるわけだし、この状態がワシには最上なんかのお?寒いんじゃが。

 大きく息を吸ってゆっくり吐き出す。空気中に満たされる水しぶきの匂いが鼻腔に溢れる。


 流れる水・霧状となった水・空気に溶け込み草木を濡らす水。

 その力は浸食とサクヤは言ったか?土に浸み込み岩を穿ち、火を滅し金を腐らす。


 やがてワシは水の力の根源を想像し、しぶきを上げる滝の水の、その一粒一粒の水滴に水の力の謎を探る。

『型を究めたその先に、型を持たぬ力が見える。その力こそが真の力である。』

 ワシの頭の中に再び隠居先生の教えが浮かんで来た。

 型を持たぬ水の力、ワシの力はそれか。


『弥助よ、オヌシの力は実にその習得の早さにある。まるで水面に映す如く、我が型を習得していくその力こそオヌシの武器じゃ。』


 師匠の声が耳朶によみがえり、ワシは思わずクスリと笑った。


『オヌシはいずれ大きな壁にぶつかるじゃろう。学ぶ型がなくなってしまったその時に。じゃがその時は我が言葉を思い出すがいい。その実オヌシは心に型を持たぬゆえに、容易にその身へ型を映しておるのじゃ。いずれその力は型を超える。その先にこそ、オヌシの変幻自在の力が見える。』


 師匠は全てお見通しだった。それでもワシは型を超えれずにいた。


 型を持たぬ強さが水の強さか。その強さは変幻自在。


 すると自分の身体が水となって溶けだし、滝と共に流れていこうとするのを感じる。

 これは?どうした事じゃ?


 ワシは水だからそれもまたよしか.....。いや、サクヤがなんか言っとったな。一か所に集めて体を覆うように纏わせるとか。これは熱とは言えんが....。


『おおおスゴイ!一発で発現しやがった!アンタやっぱり天才よ!』


 サクヤが大声を張り上げる。


 目を開けたワシの全身には、青白い炎が燃え立っていた。



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