水の闘気
常識外れの弥助の快進撃に、アタシは我慢ならず犬鬼大発生の数を大幅に増やした。
だって....ちょっと悔しいんだもの!あんな簡単にさ!アタシの段状窟攻略しやがって!
もはや何が目的なのか良く分からなくなってきた中、弥助は快調に犬鬼の数を減らしていく。
『チョット!弥助オマエ!それ「縮地」!ナニさらっと出来ちゃってんだよ!』
「あ?いま取り込み中だ!黙って見とれ。」
アタシの話にも取りあわず、この探索者は夢中になって犬鬼を殲滅していた。
......何なのよ。あれほど苦労してた『縮地』もアッサリ出来ちゃってさ。
コイツもう止まんないじゃない。ここまで犬鬼出しまくってるのに!
さらに重要なのは『縮地』をマスターした弥助の体内には、確実に闘気の流れが形成されているって事。
洞窟内に満ちる魔素を体内に取り入れた者は、神経系の発達が活発化する。
それがさらに進むと体内で練られた魔素は、闘気として身体に定着し始める。
闘気は血流・神経以外の第3の流れを体内に形成する。
その流れが人間により高度な動きを可能にし、神業の発現に至る。『縮地』は神業の代表的なものの一つ。攻撃時に高速移動で間合いを瞬時に無くす技だ。
時には闘気そのものを武器として使う帰還者も現れる。
強力な闘気を持つ者の周囲には、その質量や性質が可視化される事が多いが、弥助の場合まだそれほどの段階ではない。可視化が一度完成すれば、血流と同じように枯渇せぬよう体内から作り出され補充されていく。
「能力者って可能性もあるかしら?」
数億人に1人っていう確率で、生まれながらに闘気を体内で生み出せる者がいる。神話時代の神々なんかが正に能力者であり、段状窟は神々の経験を基に、『疑似能力者』を作り出す装置でしかない。
「まー能力者であるなら、地上の稽古で闘気を発現していた可能性が高いし、さすがにそれはないわよね。」
それにしても....素手で犬鬼を血祭りに上げる弥助は、訓練中の武芸者っつーより動物虐待中の変質者にしか見えない。
「コイツって探索者っていうよりただの犬殺し?なんか一方的な虐殺を楽しんでない?」
さすがに数で押し切る犬鬼軍勢を素手で突破するのは難しいか、弥助は小刀で傷つき疲れると大人しく結界の中に戻り、食事と睡眠を摂る。
この睡眠は時に数日間にも及ぶ。傷が癒えるまで眠り続けた後、再びスッキリとしてまた犬鬼たちに襲い掛かるのだ。
アタシが意図的に増やす犬鬼の数に心が折れるどころか、燃える炎を目の中にチラつかせている。
なんかもう鬼と人間の立場が入れ替わっているじゃない?
むしろ疲れ切った犬鬼たちが、弥助がいなくなるとホッとして崩れ落ち、子羊のように震えているのを見て、段々不憫に思えてくる。
「何ってメチャクチャな奴なの....。戦闘快楽症ってヤツかしら....病気よ病気。」
2段目に突入してひと月ちょっと。こんな調子では1年もあれば突破されてしまいそう。
アタシは焦るあまり鬼の増産にかかりっきりとなり、本業の神社のお仕事はすっかり疎かになってる。
何やってんのかしら......。
「でもあそこまでバケモノ化しちゃうと、さすがに犬鬼ちゃんには荷が重いわね。そろそろ犬鬼将軍へぶつかってもらいましょうか。」
絶対的スピードに加え、小鬼以上の大力を備えた犬鬼将軍攻略には、いくら何でも相当な時間を必要とするはず。
「アタシもそろそろ本業やっておかないと....参拝客いなくなったら困るもんねえ。」
そんな訳でアタシは最後に犬鬼の数をドバっと増やすと、ひとまず神社へと戻ることにした。
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神社に戻ったアタシは、たまりにたまった参拝客の願掛けを処理するのに忙殺された。
何だかんだアタシってまじめよね~。テキトーに処理するって事が性に合わないのよ。
そんな事で数日時間を取られてしまい、段状窟に戻ったのは3日後。
「まさか...もう主クリアって事は...ないわよね?」
急いで2段目の中を探る。
すると最終闘技場の手前にある結界から、弥助の気配がした。
「間に合った...これから犬鬼将軍に挑戦するのね。」
結界の中を覗くと、鍛錬指南に書いてある『はんぷくヨコヨコ!』を黙々とこなす弥助がいた。
「み...見えないわ...。」
断続的に落ちてくる滝の水流を躱しながら反復横飛びをするメニューだが、弥助はどうやら水が落ち切る前に数回潜り抜けている様子。そこまで誰も要求してねえぞ。
水で濡れる滑りやすい岩場の上を、裸足でなぜそこまで出来る?
今や弥助はアタシの目に見えるほどの闘気を身に纏っている。
その色は...富士段状窟の魔素で発生する水の闘気の青。
「うーん、一応順調に育成されているってことよね。それにしても早すぎだけど。」
いくらアタシが魔物の数を増やしたからって、半年も経たずにここまで力をつけているのは異常。
しかし形成されたのが『水の闘気』という事は、やはり洞窟内で身に着けたものである可能性が高い。
能力者は数億人に一人の確率でしか生まれないし、その属性が水に符合する確率は限りなくゼロに近い。能力者の闘気が洞窟内で発現する時も、持って生まれた属性で発現するのが常識だ。
「.....感心してる場合じゃない。ちょっと!オイ弥助!」
アタシの呼び声に鍛錬をやめて洞窟の上を見やる弥助。
『おお、サクヤか。しばらくおらなんだようじゃがどうした?』
「どーもこーもねーわ......。アンタもうすっかり闘気が発現してるわよ。」
呆れるほどの学習能力。
『おーら?ワシが何ぞ病気にでもなったか?』
「まあ....分かるわけないか。アンタがこの段状窟で鍛錬する最大の目的は、この『闘気』を身に着ける事にあるの。これを得れば様々な神業を習得する事が可能になる。」
『......ふーむ、そうなのか。』
「分かったフリすんのやめなさいよね。」
『分かっていないとなぜ分かる?』
分からいでか。
アタシは少々時間をかけて、闘気についてのレクチャーを行う。
―― 人間に発現する闘気は、陰陽五行の基本元素である『木・火・土・金・水』のどれかに属する性質を持つ。段状窟で取得される闘気は段状窟の魔素特性に影響される。
従って弥助が獲得したのは、アタシの司る元素でもある水の闘気。
水の闘気の特性は浸食。
力より技の多様さで退治する者の防御を崩し、心を折って相手に浸食していく。
複製が得意な弥助にはピッタリの闘気よね。
呑み込みが早い弥助はこの闘気と相性がいい。必ず多彩な技を身に着けていくだろう。
『んじゃあワシはもうこの修行終わりっつー事で?』
弥助は心なしか残念そうである。ここの戦闘をここまで楽しんでいるヤツは正直見たことが無い。
「なんでそーなんのよ。この先闘気の使い方を覚えていくんじゃないの。まあ既に『縮地』は使えてるみたいだけど。」
アタシがそう言うのに弥助は心底驚いたようだった。
『縮地ってぇ?あの千葉栄次郎が使うとったやつじゃろ?ワシあれが出来とるんけぇ?』
才能あるってムカつくわよね。無自覚に強くなってるとかどういう事よ。
「いずれにしてもアンタの習得速度がかなり速そうだから、2年もあれば全て攻略しちゃいそうね。」
『それでも2年必要か。』
弥助はご不満そう。異常に速いんだっつーのに。
『神業ってのはアレか、スゲエ強え技っつーこったな?』
「.....そーよ。もう少し格調高いものだけどね。」
神の御業なのよ、なんか気品みたいなトコが欠落してんのよアンタは。
『そんじゃあワシもう一個覚えたかもしれん。メチャ強烈なんじゃ。鬼斬りと名付けた。』
ネーミングライツがオマエにあんのかよ。
「......まあいいわ。機会があったら出してみなさいよ。見てあげるから。」
『ほんじゃあ直ぐ行こう。』
弥助はそう言うと何時ものように淡々と身支度を整え、洞窟内に向かう。
犬鬼将軍にその技を使うっていう事?
「ちょいと弥助さん、お待ちなさいな。アンタ今から2段目の主に向かっていくところ?」
『見りゃあ分かるじゃろ?』
「落ち着いてアタシの話を聞きなさい。いい?大技カマそうとせずに、きっちり縮地を使って戦いなさい!舐めてるとケガじゃ済まないからね!犬鬼将軍ただの犬鬼とは速さも力も段違いなのよ!」
弥助は少し上を見上げてニカリと笑った。
それは恐らくアタシが初めて見る、弥助のとびきりの笑顔だった。




