握り飯を巡る攻防
2段目の洞窟も上とほぼ変わらぬ広さで、やはり真直ぐに突き進んでいる。
道に迷う心配だけはない。
薄暗いのも相変わらずだ。松明の明かりを頼りにゆっくりと進んでいく。
「何ぞ出てきたようじゃが....それほど大きくはないようだな。」
先ほどの小鬼とさほど変わらぬ背丈の一団が、これもゆっくりと近づいてくる。
松明を持つ手を伸ばしてじっと見つめつと、どうやら獣のような顔をした2本足の鬼のようだ。
「さしずめ犬鬼というところか。」
オオカミといいうより整った愛玩動物の顔に近い。愛嬌はないが。
3匹の犬鬼どもは、ワシの顔を見て低い唸り声を上げる。
先ほどの小鬼たちと同じ皮の防具をつけ、手には短い曲刀を構えている。
本邦のモノというより大陸に多い武器だろうか。
「さて...先ずは軽くお手合わせ願おうか。」
ワシが松明を置いて太刀を抜き放ったと同時に、左右の2匹が襲ってくる。
(戦い方は先ほどと似ている。真ん中が指揮をとるのかの?)
出足が早かった右手の犬をやり過ごし、左側が着地する前に打突を加える。
「ギャンッ!!」
刀は犬の喉を貫通し1匹が消えるが、残った2匹は間髪入れずに襲い掛かってくる。
「速いっ!」
ワシの思考より速く体制を整えてくる。
「えいっ!クソが!」
先ほど習得した『鬼斬り』の斬撃を、袈裟懸け気味に2匹にぶち当てる。
ワシの一太刀は防具の上から胴を切り裂き、2匹の上半身をふっ飛ばした。
「フウ~ッ、速いのう。これは驚いた。反射的に切り捨てたものの。」
1段目のごとく大量に湧いて出れば、反射だけに頼っていては対抗できぬ。
もう口には出さんぞ?どこかで聞きつけたクソ女神が、嬉々として出してきそうだし。
「うん?これは...?」
ワシは松明を拾い上げ、注意深く洞窟の壁面を照らし出す。
すると2匹をぶった斬った後ろの壁が、ワシの斬撃と同じ方向に疵付いているのが見えた。
「ホ~、こりゃあワシの斬撃も中々の威力になったもんじゃ。」
直接切ったわけでもないのに、後ろの壁まで疵が入ったのか。
「と、いう事は?....これっちゅうのはもしや?」
ワシは壁の疵を確認しようと近寄って行ったが、早くも次の犬鬼たちが近寄って来た。
「ちっ、せわしないのう!」
仕方なく太刀を正眼に構えなおし、またジリジリ間合いを詰める。
「武器の間合いはワシが有利だが、速さで負けてる分互角かちょっと不利じゃな。」
幸いな事に一撃の威力は小鬼より少ない。スキがあったとしても一撃が致命傷になることは無さそうだ。
その後は乱打戦となった。
犬鬼どもは速さに任せて手数の多い攻撃を仕掛けてくる。
ワシは防戦一方となった。
(早めに結界を見つけなければ....)
逃げ出すようで気が引けるが、コイツらの速さには到底太刀打ちできない。
手間取っている間にも犬鬼どもの数が増える。
容赦ない攻撃が身体を切り刻んでいく。防具が有効だったのがせめてもの救い。
深手はないが全身から血が噴き出し、力が引き剥がされるようだ。
結局太刀の返しが追い付かず、素手で殴った方がまだ当たることに気が付いた。
太刀を鞘に納め松明を手に、狂ったように犬どもを殴り続ける。
そのやり口で後退することなくジリジリ前へ進み、ようやく結界らしき小路を発見した。
「助かった!」
ワシは強行突破で活路を見出すと、小路へ向かって飛び込む。
身体は傷だらけになっており、欠損部はないものの出血もひどかった。
「まるで戦国時代の落ち武者のようじゃ。」
ぼたぼたと血を垂らしながら、奥の小部屋へと辿り着く。
お馴染みの蒸籠に入っていたのは白い....握り飯じゃあ!!!
ワシは夢中になって食いまくった。久々の白米!タダの塩握りだったが無性にうまい。
水を飲み終えたワシは、傷の手当てもせずにまた眠りに落ちた。
力がもう残っていなかったのだ。
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目が覚めたころには傷口がほぼ塞がっていた。何日寝込んでいたのか?
前にもまして治りが速くなっている気がするが、もしかしたらワシの目覚めが遅くなっているだけかもしれん。
「さてと。速さの習得、如何に進めん?」
またなんぞ壁に書いてあるじゃろと見てみると、案の定光る石板があった。
「なになに....『入れたり出したり!急げわくわくお握りれすきゅー』?」
......全く意味が分からん。
見れば石板の向こうに、九つに分かれた大きな木の升が、岩壁を背にして置いてある。
その手前には水が流れ落ちる滝がある。
滝と言っても水量はそれほど多くなく、ぼたぼたと間隔を置いて落ちてくるほどだ。
「ふむ、木枠の中に握り飯を置く。水に濡らすことなく握り飯を掴んで取り出し、また元へ戻す動作を繰り返すという事か。」
あの女神の説明は全く分かりづらいが、よく読めば単純なものだ。
「こんな事で速さが身に着くじゃろうか?...それよりこれは握り飯である必要すらないのでは....?」
考えるほどに意味が分からん。先ずはやってみるべし。
「ぬっ!これは!全く呼吸がわからん!」
握り飯がビッショビショになったぞ。食えんじゃないか勿体ない。
食えんどころか水にぬれた握り飯は、形状が崩壊して流されてしまった。蒸籠からは無尽蔵に出てくるものの、無くなった後再び出てくるまでには少々時間がかかる。
「やはり食い物を粗末にしてはいかん。代用品で賄うべし。」
ワシは太刀を引き抜くと、適当な大きさに壁を切り崩して握り飯大の石ころを作る。
「これで良し。どれどれ....。」
途端に滝はざあざあと流れ出し、鍛錬どころではなくなってしまう。
「......どうあっても握り飯でやれということか?」
再び握り飯を升におくと、流れはピタリと元に戻ってボタボタと緩やかになる。
「さすがあのクソ女神の作った道具よ。」
ワシは仕方なく貴重な握り飯を使って鍛錬に明け暮れた。しばらくメシはお預けじゃ。
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弥助は順調に鬼隊長を撃退したらしい。
アタシがやって来た時には、アタシの傑作である『入れたり出したり!急げワクワクお握りレスキュー!』の真っ最中だった。
「これ素晴らしい特訓装置よね~。アタシって天才だから~。」
過去においても探索者たちから『イラつく特訓NO.1』と大評判だ。
水浸しになったお握りを掴みつぶして流してしまい、憤怒の表情になる弥助を見てしばし腹を抱えて笑い転げる。
「あ~面白い!百年ぶりに見るわこれ~。サイコー!」
手に残った米粒を忌々し気に舐める弥助。
再び升に握り飯を置いて、びしょぬれにして握りつぶす動作を繰り替えす。
「ヤッバイこれ死ぬほど笑える!あと1カ月は笑えそうね!」
ところがこの探索者、小一時間するとコツを覚えてきてしまった。
「.....嫌味なくらい飲み込みの早い男ね....つまんねーから水増やしちゃえ。」
アタシの操作で滝は少しばかり水量が増し、握り飯は再びビッショビショになった。
「ハッハッハッハ~!おっかしー!サイコー!」
涙目の弥助を見ながら、アタシは持参した酒を飲んでご機嫌である。
「ダ~ッハッハッハッハァ!!!!」
この後も上手くいきそうになったら水量を増やし、上手くなったら増やしでエンドレスの笑い。
アタシは3日3晩ほど幸せな酒盛りを続けたのだった。
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「あっらあ?珍しい。アタシ寝ちゃったのねえ?」
神の身であれば別に食事や睡眠も必要はない。
それでも久々の大笑いに美味い酒の酔いも手伝い、つい居眠りをしてしまったようだ。
「あ~可笑しかった~。どれどれえ、弥助ちゃんまだ遊んでるう~?」
だがアタシの眼に映ったのは、誰もいないガランとした結界。
「へ?弥助ちゃん?どこ行ったのかな~?」
水面に映る画像を切り替え弥助を探すが、結界内には既にいないらしい。
「まっさか...もう犬鬼大発生に?」
急いで画面を洞窟内に切り替える。
するとそこには、血だらけになりながら嬉々として拳を振り上げる弥助の姿があった。
「......さすが閻魔ね。どっちが鬼だか分からんくらい。」
次元を超えた速度で犬鬼を叩きのめしている姿はまさに阿修羅。
まだかなり反撃を受けてはいるものの、十分勝負になっている。
「アタシったらそんなに寝ちゃったのかしら....いやそんなハズないわよねえ。」
酔い過ぎて記憶があやしいが、少なくとも1週間ほどでこのレベルまで達しているらしい。
まだまだ攻略に時間はかかりそうだが、程なくこの犬鬼大発生も制圧してしまうだろう。
「なんか優秀すぎてムカついてきたわ。犬鬼の数増やしちゃおうかしら。」




