第六話 魔法の発動1
人だかりは、銀色の一行が到着するや否や散り散りになった。そのどの顔も、また来やがって、と言っていた。
騎士団は、その威厳を見せつけるためか辺鄙な村を訪れるのに、巨龍でも退治に行くのではないか、といった装備で訪れた。高々と掲げた紫紺の旗には双頭の獅子が翻る。
甲冑の男たちはずいぶんな目線の高さで、自分たちがその双頭の獅子だと思い込んでいるようであった。その高さで村人たちを凄み供出させては、また一段その高さを上げる。ラニの目の前に来るまでに、その高さは双頭の獅子を優に超え三又の龍と見紛うほどであった。
「おい女」
耳障りな甲高い声が、ラニの小さな耳の中で反響する。十数人で訪れた彼らは四方に散らばり、丁寧にかつ効率的に家々を回っていく。ラニの前には二人の男が立った。
「ライザーノ王国騎士団だ、軍需品の徴発に来た」
「そう、ご苦労様」
「我らが聖戦のために物資を供出してもらおう」
「あいにくアケビはさっきあげちゃったから、もうないよ。欲しかったら山に採りに行ったらいい。今年は豊作」
二人の男はラニの言葉を聞いて顔を見合わせる。彼らはラニの伝えたいことを理解することができず、さらにそれを理解するべきかどうかもわからず、困り呆れたように笑い合った。
「アケビで人殺しをやれっていうのか? そんなことができたら、今頃大帝国だな」
右の方に立った髭の男が言った。左の方に立った禿げた男は、間違いないと手を叩いて笑った。
そして咳払いをし、ラニに凄んだ。
「女、あまり舐めるなよ。出すもの早く出しな、俺らも暇じゃねえ」
「何も持っていないのに、何を出せというの?」
「いいもの持ってんじゃねえか」
髭の男は、ふさふさの顎でラニの抱える本を指す。
本で人殺しをするのか? そんなことができたら、今頃大帝国だ。と喉まで出かかった言葉を飲み込む。おそらくそれを言ったら殴られてしまう。痛いかどうかはさておき、殴られることは本望ではない。
ラニはその本を男たちの前に差し出した。
「いい本。だから少し教えてくれない?」
「何をだ?」
「戦争のこと」
男は言った。現在、ライザーノ王国は隣国テルノ公国と緊張状態にある。戦争が始まるのは時間の問題のようだ。ラニにとって、どちらかといえばテルノ公国の方は聞き覚えがあった。
隣り合う二つの国は、元から良好な関係とはいえなかった。ライザーノは旧帝国国家でないことを蔑み、テルノ公爵家は過激な中央派を嫌っていた。それが統一派になったことで関係も悪化。統一派と統合派のにらみ合いとなっていることでどうにか戦争にまでは発展しないでいた。しかしライザーノ王国で新王アドラー三世が立ったことで自体が急変する。旧帝国諸国統一と、旧帝国復活を掲げて軍備を拡大しつつあるライザーノ王国は、最初の統一戦争としてテルノ公国に踏み入れた、という状況らしかった。ラニには、テルノを攻撃した先に何があるかを考えるのも憚られた。
彼らの口ぶりの中には、それが今までの憂さ晴らしを兼ねているような響きが含まれていた。芋ばかりを食べる髭野郎、と。この国だって、パンも食べるが芋も食べるし、君にも髭が生えているだろうと、口にしなかったラニは誰かに褒めて欲しいとさえ思った。
「さあ、話しただろ。よこしてもらおうか」
男はラニが小脇に抱えていた本を力任せに抜き取る。鍛えられた兵士にとって、ラニの細い腕からものを奪い取ることほど簡単なこともない。抵抗する暇もなく本は彼らの手のなかに移った。
いくらで売れるか、ざっと五枚ってとこだろう、男たちは卑しい目でその本の装丁から中までを一瞥する。大した本ではないにしても、本以外にお金のほとんどを使わないにしても、ラニは銀貨十四枚でそれを買った。本当に五枚で買えたなら良かったけれど、十四枚となると手放せるような代物ではない。
同時に、お金という世俗的なしがらみに囚われることに抵抗を覚える。山の中に暮らせどお金を手にして生きている時点で逃れられないことに、自分が人間として社会に取り込まれていることに全身の血が逆流する思いがする。
私は魔女。人間とは違う血を流して生きる。だから、私が人間の中に溶け込むことはできない。これは拒絶ではない。水の中で生きる魚は決して水に溶けることはない。小さな、鱗の形をした断絶が互いの形と記憶を隔てる。
だからラニは、魔法を使う。




