第三話 少年カイノとの出会い1
「いくら?」
ラニは手のひらに乗る大きさの巾着を取り出した。彼女の手作りのお気に入りの財布である。
「そいつなんだがな」
ポンはいつもとは違って、決まりが悪そうな顔をした。いつもなら、ちょっとした手伝いか、薬を代金として求めるのだが、そんな様子が見られなかった。ラニはその時彼の顔の中に、何か新しいことの兆しを見た。いつもとは違うことが起こる。いいことか悪いことかわからないが、何か始まる、と。
「おい、出てきな」
ポンは店の奥の方に向かって声を張りあげた。程なくして黒髪の少年が出てきた。吊り上がった目の真ん中に、赤色の瞳がある、よく焼けた男の子だった。歳は、十歳程度であろうと見える。一瞬だけポンの子供かと思ったが、すぐにそうではないとわかった。
その黒髪はポンそっくりであったが、逆に言えば黒髪以外はポンには似ても似つかなかった。ポンはどちらかと言えば不細工な男であった。キレ長い垂れ目は魅力的であったが、大きな鼻やエラの張った輪郭、厚い唇を見て綺麗な顔立ちをしているとは誰も言わないだろう。一方、少年は顔立ちが整っていた。吊り目で鼻筋が通り、頬はすっきりとしていた。また、彼の子供にしては若かったし彼の妻はすでに流行病で亡くなっていた。彼は新しい恋人ができるような人でもないし、そういうのを求める人でもなかった。
それに、彼は魔女であった。
魔女はどういうわけか、魔女を嗅ぎ分ける力がある。聞くところによると魔女狩りで魔女を見つけるために魔女を使っていた国もあったらしい。ラニは魔女を見つけると、心地の良くない臭いのようなものが鼻腔を掠る。今それが、こびりついた体臭のような匂いが微弱であったが掠ったのだ。
少年は、ラニを認めると、怯えているのかその赤の瞳を震わせた。しかし、その真ん中からラニを離そうとはしなかった。少年もきっと、ラニの瞳の中に魔女を見つけたのだろう。しかし彼にとって初めての自分以外の魔女であり、その得体の知れない感覚に怯えているらしい、とラニは推測がついた。
「こいつを引き取っちゃくれないか?」
「それは、この子が魔女だから?」
「あ、ああそうだが、よくわかったな」
「知った匂いがしたから」
ポンはラニの言っていることが理解できなかった。
ラニもまた説明するつもりがなかったから、彼の中の疑問は掬い上げられることなく緩やかに意識の奥底に沈んでいった。
「この子、村の子じゃないの」
「ああ、違う。夏頃にな、この村に来た女が置いていったんだ」
「そう、じゃあ君は捨てられたのか」
おいおい、そういうことを言うんじゃない。とポンは止めたが、少年はその質問にすんなりと頷いた。
まるで、僕は捨てられる運命にあったのでそうなった次第です、とでも言いたげであった。怯えぎこちない彼の仕草に対して、彼の肯定はあまりにも自然で不自然だった。
ポンは勝手にその女のことを語り始めた。
「夏の、ひどい風の吹いた日があっただろう? その次の日に、この子を連れて見知らぬ女がやってきたんだ。大した荷物もなくてな、なんだ変なやつが来たなと思ってたらよ、俺のところに真っ直ぐ来てこう言いやがるんだ『この子を引き取ってもらえませんか』と。奇妙な女だと思ったよ。俺はそいつをもちろん断ったんだがな、三日も四日もそう言いに来て、しまいにはその子を置いてどっかに行きやがった。全くひどい母親もいたものだなと、思ったよ」
そこまで一息で喋って、小さく息を吐いた。
ポンはこんなに喋る人だっただろうか、とラニは思ったが、彼がこの事案に何かしらの個人的な思いがあるのかも知れないし、年を老いるごとに人はおしゃべりになるのかも知れないし、ただ一年以上あってないせいで彼の性格を忘れてしまったのかも知れない。あるいはそのどれもだ。
「……あの人は、お母さんじゃないよ」
少年はバツが悪そうに言った。
ああ、だから君は捨てられたことにそう淡白だったのか、と合点がいったと同時に、子供を捨てるためにここまできたその女のことが少し不憫に思った。
「あれ、そうだったのか? 俺はてっきり母親かと……」
「僕のお母さんは、生まれてすぐの僕を置いて、どこかにいっちゃったってシスターさんが言ってた」
シスター、か。
「きっとその人も魔女だ。魔女のほとんどは聖職者になってる」
「魔女がか? それはまたけったいなシスターさんだ」
「魔女にとって、聖職者はちょうどいいんだ。それだけ」
なるほどな。とポンは言ったがきっとわかっていない。
こればかりは、魔女の性というものを得々と説いてやるしか伝える方法はないし、ラニはそういうのが面倒だと感じた。




