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魔女の血  作者: 津田ナオキ
第二章 鉱山街パウルア
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第三十一話 嵐の中で、メーベルとこれから

 森の中は静かっだった。これほど静かだっただろうか、とカイノは困惑さえした。その静けさは、先程まで聞こえていた森のささやきは全くの幻想だったのか、とさえ思わされるほどであった。

 森はカイノの心情を映したかのように、静かで、明るくはなかった。


 腰ほどの低木をかき分けて作られた獣道をたどると、そこにはぽっかりと木々のない空間と真ん中には池があった。自分のために周りの木々をくり抜いた割には、草原を半分も残す慎ましさを装う池に、なんともカイノは苛立ちを覚える。小さな波が木々の切れ間から差し込む光をチラチラと反射させて煩わしくもあった。

 その池を視認してようやく水の音が耳に届いた。そしてそれが無音を切り裂いて、今まで聞こえなかった鳥の囀りや木々のざわめきが耳に届き始める。


 池の真ん中ではメーベルが水浴びをしていた。白い簡素な服のまま、ちょうど池の真ん中で、水を頭からかぶって、気持ちよさそうにくり抜かれた空を眺めている。


「いい趣味ね」

 まるでなんでもないかのように、メーベルは水を掬っては腕にかけて、胸にかけていく。肌の上の細かい水滴が日光を反射し、彼女の肌は真っ白であった。


「ごめん。俺、君から居場所を奪って。…………ごめん」

「気にしてないわ」

 彼女はそこでようやくこちらにちらりと睨むと、そのまま波を立てずに池から上がる。

 そして、そばにたたんであった服を手に取りラニの方へと歩いて行ってしまった。

 カイノに口を挟むような隙はなく、その隙間のない流れを呆然と見ているだけだった。


 ラニのところに戻ると、メーベルはすでに服を着ており髪を乾かしている最中だった。カイノの足音に耳をぴくりと動かすも、こちらに視線をくれることはなかった。

 二人が開けたところの対極に居場所を定めると、ラニが本を閉じた。


「これからのことだけど、カイノと私はライザーノを経由して海に出る。メーベルはどうするつもりなの?」

「決めてないわ。どこかで働いて生きるわよ。でも」

 メーベルは押しだまって、目の中に炎を宿す。


「私を陥れた、街の人を殺した人を、探し出す」

 こちらも真っ直ぐ見据える目は、探し出す、だけでは止まらないことを言っていた。


「そう。でも、今回のことで二人は慎重に行動した方がいい。メーベルは特に」

 ラニはメーベルの感情を静かに受け入れる。受け入れたからこそ、続ける。

「二人は指名手配されててもおかしくない。カイノは名前と顔くらいしか分からないと思うけど、メーベル、君は記録まで残ってる。ライザーノに着いた途端に捕まることもありえる」

「でも、どのみち今は国境は越えられないわ」


 ライザーノは海に面した国で、三方にはそれぞれ旧テルノ公国、ベルナ王国、アイスニブ王国と肩を突き合わせているような地理的関係にある。そして、ベルナ王国とは現在戦闘中であり、その主戦場の一つが旧テルノ公国。アイスニブ王国は、中立条約が結ばれているようだが、統合派に属する国の方に抜ける国境には現在厳重な警備が敷かれている。


「どっちに抜けようとしても、串刺しにされるのが関の山よ」

 ラニはその言葉に一理あると感じたようで、少し黙り込んだ。


「だからアタシも着いてくわ。ライザーノに入るのだったら、そこまで厳重じゃないでしょうし」

「そうだね、わかった。じゃあ、こうしよう」


 そう言って、おもむろにメーベルの方に近づくと、少し目を閉じてじっとしてて、と言ってラニは両手を彼女の目の前にかざした。紫色の淡い光が彼女の目を覆う。メーベルはその光にびくりと肩を震わせ、下唇を噛んだ。

「これでいい」


 ラニはその場から離れて、メーベルに目を開くように言った。目を開くと、彼女の目は綺麗な緑色から、黒色に変わっていた。

「おおっ」

 カイノは声を漏らす。メーベルはしきりにまばたきをして、違和感を探るような仕草をしたが、何もないと分かりじきにそれもやめた。


「な、何をしたの?」

 彼女は自分の変化に気づいていなかった。自分の目の色を見ることはできないから無理もないが、それ以外の違和感すらないようであった。


「君の目の色の見え方を変えた。と言っても、そのものは変わってない。外から見ると、黒く見えるように少し魔法をかけた。目の色を変えるだけで見つかりづらいと思う」

 確かに随分と印象が違って見える。緑色の目は彼女の生命力をありありと示しており、彼女自身と強く結びついているように感じられる。しかし、黒くなると落ち着いた、町娘のような印象を受けた。

 メーベルがその場で髪を一つ結びにしてしまうと、彼女が彼女でなくなってしまった様にさえ思わされた。


「でも、これもずっと続く魔法じゃない。しばらくは続くと思うけど、いずれ元の色に戻る」

「そう。魔法ってすごいのね」

「そうかな。元々の色が緑だったこととそんなに変わらない」

 ラニは魔法の性質についてを説いたつもりであったが、それが二人には伝わることがなかったと、その反応を見て気が付く。そして後から、どういたしまして、と付け加えた。


 それから二人は偽名を名乗ることを決めた。メーベルはメル、カイノはノイ。単純な偽名だが、そもそも外見が変化しているから問題ないだろうということで、呼び間違えても誤魔化せるくらいの名前になった。

あらすじ 

三人の間にはぎこちない空気が流れる。

その空気は変わることなく三日が過ぎ、王都ライザーノが見えてきた。

次回更新タイトル

第三十二話 王都ライザーノ

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