第二十八話 カイノ、覚醒 前編
カイノは雨の中教会を出る。
大きな雨粒が体を打ち付けるたびに、不安を感じまた鼓舞されているようにも感じた。しかし何よりカイノを鼓舞したのは、ラニが彼を頼ったという事実であった。山を降りたことよりも、魔法を教わることを許されたことよりも、それが彼にとって一人前だと認められた証拠のように思えた。
しばらくしないうちに、街の方から黒い人の塊がこちらに迫ってくるのが見えた。塊としてそれは怒りを持ち、恨みを持ち、今にもそれらを吹き出さんとグラグラと揺らいでいる。
「おい、ボウズ。メーベル、中にいるんだろ?」
怒れる群衆の先頭にいた、デンダが静かな声でそう言った。後ろを見ると、涙を浮かべる女や、怒りに打ち震える男の姿が見られた。
「め、メーベル? あいつはここにはいないぜ、さっき裏手から逃げたんだよ、ほら、あいつすばしっこいだろ、気づいた時には勝手口からするっと、さ」
緊張と焦りで言葉が舌の上を滑っていく。しかし、デンダはそれでも冷静に同じ言葉を口にする。
「中にいるんだろ。オレたちは、あんたを傷つけるつもりはない、だから大人しくアイツを差し出せ」
一音一音、聞き間違いを許さないという意思のこもった語気で言葉をつむぐ。
「だから、ここにはいないって、さっき逃げたんだ」
「くだらない嘘はいい。何か事情があるのかは知らんが、アイツはやってはいけないことをした。それを償わなくちゃならない」
冷静な言葉の奥に憎悪の濁流が激るのが手に取るように感じ取れた。カイノが適当な言葉を続けるたびに、人波が荒々しい白波を立てるのを全身で感じた。
そしてそれらが、カイノの足をより強く踏ん張らせる。そしてれが悟られないように、至って平穏であるかのように振る舞いに気をつけながら声を出す。
「だから、ここにはいないって言っただろ。今頃街の中じゃないか? 先にそっちを……」
「だから出せって言ってんだろ!!」
彼の怒号がカイノの嘘を一蹴する。
「ここにいるのはわかってんだよ。オレらはもう限界なんだよ。今までどんな気持ちでアイツのやってきたことを見逃してきたかも知らずに、その恩をアイツは仇で返しやがった」
「ち、違う、メーベルはやってない! 俺らはずっとここにいたんだ!」
気づけばカイノ自身も声を荒げていた。カイノの顔面に雨が強く打ち付ける。
「じゃあ他に誰やるんだ。お前と二人、昨日山にいたのはみんな知ってる。お前ら以外考えられないんだよ」
「違う! 確かにあの時はメーベルに着いて行ったけど魔物に襲われてそれどころじゃなかった。そして異変はないって言ってた。それはおっちゃん達も知ってるだろ!」
「今ならなんとでも言える」
デンダがそう言い終えると同時に、群衆の中から怒号が飛んでくる。そしてそれを皮切りに皆が怒りを口にする。
「ゴタゴタ言ってないでさっさと出せ! アイツのせいで五人も死んだんだぞ!」
「うちの旦那を返しなさいよ!」
「さっさと出てこい人殺しが!」
人殺し、鋭く簡潔な言葉がカイノの頭に浮かんでいた反論をかき消す。
「そうだ、アイツのせいで昇降機が落ちて乗ってた仲間が全員死んだ。アイツに殺意があろうとなかろうと、そいつらの命はもう戻ってこない」
「で、でも、本当に、俺らじゃないん……」
「黙れ余所者が!! お前が出しゃばる場所じゃねえんだよ! 俺らの街の話をしてるんだ、誰もお前の話は聞いてねぇんだよ!!」
群衆に煽られてついに抑えることのできなくなった怒りを全面に露見させる。最もわかりやすい暴力という形で。
デンダはカイノに殴りかかる。その目にはもう、酒場にいた時のような優しさは露ほどもなく、純粋な怒りだけがそこにあった。
カイノはそれを眼前でかわすと、距離をとって拳を前に構える。
「だ、だからって、罪のない人間を捕まえるってのかよ!」
「お前が決めることじゃねえって言ってるだろ!」
「お前だって俺らの話を聞かないじゃないか!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! さっさと出しやがれ!!」
群衆はデンダを囃し立て、カイノに怒号を吐き捨てる。中にはアイツも捕えろ、裏切り者が、とカイノ自身に向けられるものもあった。昨日までカイノを受け入れてくれた街はそこにはなかった。
彼の大振りな拳は素早く動くカイノを捉えることはできずに空を切る。しかし、後ろに控える男達が今にも参戦しようと腕を捲り上げる姿が、男の影越しに見えた。
しかし、その男達の動きは扉を開け放つ音により止められる。
「アタシはここにいるわ」
そこにはしかめっ面を引っ提げたメーベルが立っていた。
あらすじ
メーベルが出てきたことで、群衆は怒りをより顕にする。
「さあ、こっちに来い」カイノは彼女を引き止める、しかしメーベルは止まらない。
その中でカイノ中の魔女の血が目覚め始める。
次回更新タイトル
第二章 鉱山街パウルア編 最終話
第二十九話 カイノ、覚醒 後編




