第二十四話 カイノとメーベル
ラニは変わりなく一番方が鉱山の中へ入ってしまうのを見計らって、教会へ向かう日々を送る。
カイノもラニと同じ時間に起き、しばらく本を読んでから、仕事を終えた三番方で賑わう酒場に顔を出した。
とはいえ、ラニが魔女狩りの調査を終えるのを待つほかに用事があるわけでもない。酒場を出れば、その足で教会へ向かうことが多かった。
戦争特需で賑わう街とはいえ、酒場に長く居座れるほど懐に余裕のある鉱夫はそう多くない。カイノも結局、ほとんど毎日のように教会へ足を運ぶことになった。
いつもメーベルに会えるわけではなかったが、それでも何度かは顔を合わせた。
それは数日ぶりに小雨の降った日の朝であった、カイノが一階の酒場に顔を出すと、長椅子いっぱいに男たちが座り、締め切った店内には鉱山特有の嗅ぎ慣れない奇臭が鼻を突き抜ける。
その日は新しい鉱床を掘り当てたらしく、彼らは肩を突き合わせて上機嫌に酒を煽っていた。
「お、ボウズ! 山に入る気になったか?」
布を頭に巻いた頬に傷のある男、デンダが階段を降りてきたカイノにいち早く声をかける。
カイノが見てきた限りであるが、酒場が客で賑わう日には必ずおり、そうでない日もたまに見かける常連で、顔を合わせるたびにこうして話しかけてくる。
カイノが口を開くよりも前に、酒で顔を真っ赤にした男が「あんな腕の細いガキには無理だぜ」と言ってから、筋に影の落ちる腕を見せびらかす。酒場の男たちは歓声をあげ、俺の方がいい腕だ、あいつの勝ちだ、と口々に言い合う。
「いやいや、俺だってすぐにお前らみたいになってやるよ」
カイノは割って入って、細い腕を捲る。
「棒じゃねえか!」
誰かが声を上げて「そんなんじゃ、女も抱けねえよ!」と誰かが続けた。
「はぁ? 余裕だっての!」
カイノが負けじと返すとデンダの隣にいた男が、
「でも、お前この前メーベルにこっぴどくやられてたんだってな。聞いたぞ」
それは火に油を注ぎ、酒場が割れんばかりの喧騒を引き起こす。
やれ、ダサいだの、そんなんじゃダメだな、だの、もっと鍛えにゃならんぞ、だの口々に言い合って、酒場は大きく揺れていた。
しかし、その声は力強く開かれた扉の音と、そこにいた人物により一瞬にして静まり返る。
「サル顔、いる?」
仏頂面をぶら下げたメーベルが、立っていた。酒場の男たちは呆気にとられていたが、彼女を火種にさっきの賑やかさを取り戻す。
ある男たちは、噂をすればなんとやらだ! おいおい、相撲でも挑んだらどうだ! とカイノに飛びつく。
またある男たちは、おいメーベル、もしかして女になったのか? それなら手加減してやれよ、とメーベルの方に飛びつく。
「アンタ、なんの話したの」
「し、してない! ただあの時の……」
当事者の彼女に面と向かってあのことを口にすることは、自分が負けたと公言しているような気がしてきて口を紡ぐ。
不自然な沈黙にメーベルは首を傾げる。
「あの時の?」
メーベルは、ただでさえひん曲がった口をさらに歪める。
「と、とにかく、何もしてない! お前こそなんでここにいるんだよ」
「それはもちろん、アンタに用があるからよ。そうでもなきゃこんな臭いところこないわ」
メーベルはぐるりと店内を見回し、そこに汗の匂いと酒の匂いしかないのを認めると、うえっと言って下を出す。
メーベルと親しげにはなすカイノを見て、男たちは二人を囃し立てる。
「おいおい、本当に男作ったんじゃないか?」
デンダは隣の男の方を掴んで、ニヤニヤと笑う。彼の声はよく通る。カイノは聞こえていないといいが、と横をみるが、案の定そこには不機嫌な顔があった。
「もういっそ、そこで落ちつてくれよ、俺たちの酒のためにな」
男たちが好き好きに騒ぎ立てるのに、カイノは恥ずかしいやら照れ臭いやらで、決まりが悪くて仕方がなかった。
カイノの様子に気がついたメーベルは肘で彼の横腹を小突く。
「アンタ、何鼻の下伸ばしての、本当に猿になりたいの?」
「の、のばしてねえし!」
「おいおい、お似合いか?」
「うっさい、行くわよ」
「行くってどこに」
「とにかく黙ってついてきて」
メーベルはカイノの上腕をがっちりと掴むと、有無を言わせずに酒場からカイノを引っ張り出す。その腕力に、カイノもなすすべなく引きずり出される。
酒場は二人のやりとりに、その日いちばんの盛り上がりをみせた。
あらすじ
メーベルがカイノを連れて行った場所は鉱山だった。
そこでカイノは口にする。「なんでこんなに設備を壊すことにこだわるんだ?」
次回更新タイトル
第二十五話 メーベルと魔導機構




