第二十三話 魔導機構と魔女
「カイノ?」
「なあラニ、なんでこいつここにいるんだよ!」
「こいつとは何よ。 アンタは関係ないんだから帰りなさいよ!」
掃除で隅々を汚したメーベルが掴みかかり、カイノの顔にも煤汚れがつく。ラニが割って入るよりも先に、シスターが「メーベル!」と声を張りあげる。
「あなた、何度言えば済むのですか! 先程慈善行動をおこなって今これですか!」
「だって仕方ないじゃない! こいつが茶化してくるの!」
メーベルが床を踏み鳴らしてカイノを指差す。その指は彼の眼前すれすれを横切る。カイノは反射的に身を引いたせいで重心を失いよろける。なんとか転けずに踏みとどまって、腰を引いたままメーベルに噛み付く。
「あぶねえ! 何すんだ!」
「何よ、当たってないじゃないの。それとも、こんなのにビビるってわけ? そんなんだからアタシみたいな女に負けるのよ」
「こいつ、言わせておけば!」
このまま放置しても二人の熱が下がりそうにないことを察したラニは、カイノに近づくと彼の襟を掴んで引き剥がす。
メーベルもまた同様に、シスターに腕を掴まれて引き離されていた。
「カイノ、茶化したって本当?」
ラニは静かに彼の目を覗き込む。まじまじと見られたカイノは、言葉を濁しながら静かに肯定する。
彼の目の赤は、爛々としていたがどこか揺らぐものも見られた。この歳で初めて出会った同年代の女性に、どう対応するべきなのかわからないのだろうことくらいは、ラニは簡単に読み取ることができた。
もちろん同情しないわけではない。人気の少ないところに彼を置いていたのはラニであったし、勝ち気な彼女に煽られても落ち着いて対応しろ、と要求するのも酷だと思った。だからラニはただ静かに、
「謝ろう」
と、言った。カイノは、少し考えて静かに頷いた。
とはいえ、メーベルが落ち着くまでには少し時間がかかって、二人で落ち着いて向き合う頃にはカイノの溜飲はとっくに下がっていた。
「ごめん、さっきはバカにして」
カイノは先んじて頭をさげる。
メーベルは納得いっていない顔でしばらく突っ立っていたが、後ろから小突かれるて、反射的に頭を下げた。
「わ、悪かったわ、アタシも。……ほら、これでいいでしょ」
素早く頭を上げると、メーベルはしてやったり顔でシスターの方を見た。
シスターはあなたね、と苦言を呈しながらもそれ以上何も言うことは無く、代わってカイノに頭を下げた。
「うちの子がご迷惑おかけしました、こちらも」
そう言って彼女が取り出したのは、綺麗に洗濯を済ませた彼の雨用外套であった。
「い、いや、俺もバカにしたのは、本当だし」
「いえ、きっとあの子が先に何か言ったのでしょう。後できつく言っておきます」
カイノは何かを言いかけたが、それを抑えて静かに、「ありがとう」とだけ言った。
ラニは二人の喧嘩を見ながらも、頭の中にあったのは魔導機構についてだった。
だから二人が落ち着いたのを見て、静まって肩身狭そうに身をよじらせているメーベルに尋ねた。
「え? なんでそんなのを知りたいわけ?」
この街で何度も耳にした言葉である。魔法や魔女について知りたがる人はとても少ないのだろう。そしてその度にラニは、なんでも、という。
「まあ、いいけど。何が知りたいわけ?」
奇特なものを見る目をして彼女は言った。ラニが全部というと、その目はさらに強くなった。
「アタシも別に詳しいわけじゃないけど、おっさんたちはそれを機構って呼んでるわ。魔法の動力みたいなものが巻上機と排水機だけについてるの。機械の外側にむき出しになってるいるわ。それが動いてるときは、紫色にぼんやり光ってるからすぐわかるの」
「中がどうなってるかわかる?」
「そんなの知らないわよ。アタシがわかるのは、どこを蹴れば壊れるかだけ。と言っても、頑丈ですぐ修理されちゃうのよね」
「それはちなみにどこ?」
「ううん、横っ腹。……場所を口で説明するの難しいのよ」
「誰が修理しているの?」
「ち、近いわよ。そんなにいっぱい聞かないで」
一つ聞くごとに無意識に一歩ずつ近づいており、我に帰ると眼前に彼女のそばかすが星のような彼女の顔があった。
ごめん、と言って一歩下がる。メーベルは、何かがついたわけではないが服を払って息を整える。
「それで、直してる人、だったかしら。多分技巧師の人よ」
「魔女じゃないの?」
「魔女はみんな王国に集められてるわよ。こんな場所にはいないわ」
「集められてる? どうして」
「あなた、何にも知らないのね。山にでもこもってたのかしら、って本当にそんな見た目をしてるわね」
実際にそうだ、とラニは言う。
「そう、変わってるわ。別に詳しく知ってるわけじゃないけど、戦争に駆り出されてるって話よ」
「魔女が、戦争に……」
その言葉が耳を通った途端に、それは記憶を呼び起こし体の隅々まで駆け巡る。そしてそれらの記憶は、彼女の体毛を逆立たせて、全身の筋肉を力ませる。
「ちょ、ちょっと」
ラニの変わり様にメーベルは戸惑いを見せ、どうしたのよ、と肩をたたく。それも虚しく変わらないラニの肩を揺らして、彼女はようやく我にかえる。
ものすごい力で硬直していたラニの体は、その衝撃でかろうじて緩まる。
「どうしたの、すごい剣幕だったけど」
「いや、ううん、ありがとう、教えてくれて」
力を無理やり抜いた体は思う様に口が動かない。ラニは、それらしい言葉だけを並べた。メーベルは「それはいいけど」と困った様子だった。カイノも彼女の違和感を感じ、そばに駆け寄る。
「おいラニ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
カイノはメーベルの方を睨みつける。カイノにはそのつもりはなかったが、睨んでしまった。
メーベルはたじろいだ。
「な、何もしてないわ! ほんとよ、ただ、魔女のことを言っただけ!」
「カイノ、大丈夫だから。落ち着いて」
「え、ああ、ごめん、睨んだつもりはなかった」
予想外の出来事に翻弄され続けたメーベルは、その勝気を保っていられずに「まあ、いいわよ、別に」と弱々しく吐き出すだけだった。
「よっぽどお姉さんのことが好きなのね」
落ち着きを取り戻したラニとカイノに向かって言うメーベルの中にも、あの性格が戻っていた。
カイノはメーベルがラニのことを言っているとはすぐにはわからず、一息置いて「ああ」と言った。
「俺たちは兄弟じゃない」
「そうなの」
「髪の色がまず違うだろ、あと目の色も」
「あら、じゃあ恋人? 随分と不釣り合いの様だけど」
「ち、ちげえよ! あと一言余計だ!」
「そ、まあなんでもいいけど」
「こらメーベル、からかうのはよしなさい。墓掃除が終わったら、祭壇の掃除ですよ」
割って入ったシスターの手には雑巾と空の鉄のバケツが握られていた。疲れて抵抗する気力を失ったのか、彼女は素直にそれを受け取って、じゃあ、と言い残して教会の祭壇の方へと歩いて行った。
「色々とご迷惑おかけしました」
行ってしまったメーベルを背にシスターは深く頭を下げる。
「大丈夫、カイノにも非はある。それにいいことをたくさん聞いた」
「お役に立てたなら何よりです」
じゃあ、私たちも行こう、とラニは持参物を手に取り、カイノも外套を掴んだ。
去り際にシスターが「よろしければまたいらしてください。それとカイノさん、またあの子の相手をしてあげてください」と、にこやかに言って小さくお辞儀した。その顔には何ものにも代えられない、母親の顔があった。
「行くの?
ラニは帰りならがカイノに問う。
「どうしようかな」
「行ってあげたら? 彼女悪い子じゃないと思う」
「まあ、そうだけど」
「私はしばらくあそこに行くと思うから」
カイノは困ったように言った。
「じゃあ、たまには行ってやるよ」
あらすじ
数日後、メーベルがカイノたちの宿を訪れ、雨のなか彼を連れ出した。
次回更新タイトル
第二十四話 カイノとメーベル




