第二十二話 教会と少女
カイノが一人で行動するようになってからも、ラニは教会へと毎日足を運んだ。魔女狩りのことを調べるためでもあり、風下にならないあの場所は空気が綺麗だからでもあった。鉱山の設備のけたたましさや町人の喧騒から逃れて静か過ごすことがやはり彼女の質にあった。
しかし、行商人を断った後に訪れた教会で、新たな目的がそこに生まれた。
その日も空は雲のないさっぱりとした晴れ模様であった。街の中からではそれが霞んで見えたので、嫌になってラニは足早に教会の丘を登った。
昨日一昨日と静かであった教会であったが、その日扉に手をかけると中から人の声が聞こえた。礼拝でもしているのかと思ったが、そういった類の声でもなく、自分のようにここに訪れる人もいるのだろうと思うと同時に、少しだけ鬱陶しいと思いながら重い扉を押し開いた。
いつものように薄暗く暖かい燭台の光が照らす教会の祭壇の前には、腰を曲げたシスターと、茶髪の少女の姿があった。シスターは少女に何かを言い聞かせていた。
思わぬ再会にラニは彼女の名前を口にする。
「メーベル」
その声に少女が振り向き、シスターがそれを追いかけるようにこちらを向いた。
「こんにちは、ラニさん」
「あ、サル顔の!」
見慣れたラニの来訪に柔らかい笑みを浮かべたシスターは、メーベルの言葉で固くなる。
「こらメーベル、人に向かってそういう言い方をするものじゃありませんよ」
「違うわ、サル顔はあの人の弟よ」
「ラニさんだからダメと言っているのではありません、人にそういう言い方をしてはいけませんと言っているのですよ」
珍しく鋭い声色を出すシスターを前に弟でもない、とは言い出せず、またなだめるような気にもならずただ静まるまで大人しく待つことしかできなかった。
メーベルの目には、あの時カイノに向けていた時にあったような目力はなく、代わりにシスターに対する信頼のようなものが垣間見えた。しかしそれでも彼女を真っ直ぐ見ることはせず、片足で床を踏み鳴らして説教が終わるのをつまらなそうにしている。そして時折こちらを見ては、怒りとも恥じらいとも笑いともとれない目で睨んではまたどこかへ視線を投げる。
そうやってしばらくの間、身の回りの人への感謝、素直な心、悔い改める必要性などを説き終えたシスターは、静かに「それでは掃除をしてきてください」と彼女を教会から追い出した。
メーベルはやっとだよ、と言葉で言うよりもわかりやすいため息と瞬きをして、擦り切れた布とバケツを持って教会を出て行った。
「すいません、お見苦しいところを見せました」
「大丈夫、それよりなんでここに彼女が?」
「メーベルは、うちで預かっております。とはいえ、彼女がここに戻ってくるときはこうして奉仕活動を命じられた時だけですが」
「彼女両親は?」
シスターは固く閉ざされた扉の方を見て。
「おりません。どちらも魔女狩りで亡くなりました。そのため時折、こうして鉱山の設備を壊してはここに送られてくるのです」
シスターの柔らかく砕けた目尻から、彼女の身の上を憐れんでいる心境が見られた。しかしラニの意識は彼女の不自然な発言にとられていた。
その不可解さの中に自分が求めているものがあるいう直感が、意識よりも先に体を動かしていた。
「こうして? 鉱山と魔女狩りは関係あるの?」
「旅人の方にはご存知ないかもしれませんが、あの鉱山には王国最新鋭の魔導機構があるのですよ」
その時、彼女の中に散らばっていた奇妙な出来事の数々が一瞬にして一つの、魔導機構という答えに綺麗に集約する。
街に入ってから感じていた魔法の気配、魔女狩り騒動の後にここまで早く復興した理由、メーベルを探すときにだけ見られた甲冑の男たち、全てが魔導機構という未知の物体で説明できた。
しかし、魔導機構という設備の存在は魔女であるラニですら初めて耳にした。機構、というからには魔女ではないのだろうが、魔法というからには魔女が動かすものなのだろうか、それとも魔女を必要としない魔法が開発されたというのか。
堰を切ったようにラにの中に疑問が湧き出てくる。そのどれを聞けばこの衝動を抑えることができるか、なんて理性的になる余裕はラニにはなかった。ただ最も簡単な形が口からこぼれ出ていた。
「魔導機構って?」
シスターは困ったように顔を顰めては、細々とした声で、
「詳しいことはわからないのですが、どうやら魔法を使った鉱山設備とのことです。これが役に立つべきなのかはわかりませんが、私よりもメーベルの方が詳しいでしょう。修理工の方は、彼女が的確に魔法で動くところだけを壊していることに驚いておりますから」
「魔女狩りに両親を殺された恨み」
「そうでございます。ああ、それと彼女についてですが」
シスターはそのか細い声をさらに細める。
「メーベルはその真実を知らず今まで生きてきました。幼きメーベルに親はどこ、と聞かれて、魔女狩りに巻き込まれて街の人に殺されたなどと真実を告げることは憚られました。彼女はこの街で生きていくのです、そうであるのに親の仇があなたを育てたなどとは、彼女のためを思い、言えませんでした。そして、未だに真実を打ち明けられておりません。彼女はまだ、魔女によって両親が殺されたと思っております。そうでありますから、よろしければ伏せていただけると助かります」
シスターの顔には様々な感情が垣間見えた。それはおそらく、彼女としてだけではなく、街の人がメーベルに対して抱く全ての感情の一片だろう。ラニは、ここにカイノがいたらきっと歯がゆい思いをして、唇を噛んでいただろうな、と思った。
そういう、優しさが自分にないことを、彼がいないときにラニは強く感じた。羨ましく思うことも増えた。きっとそのように感受性豊かに生きれば、日々の生活が鮮やかになるのかもしれない。望んで一人でいるけれど、やはり楽しそうに騒ぐカイノに一切の羨慕を抱かないことはない。
しかし同時に、彼を見ていて自分には無理だとも感じる。感情に跳ね返されるように行動することはできない、その代わりにこうして、静かに考えて次に言うべきことを考える。
「いつ、それを告白するの? それをしない限り、彼女の行動は止まらない」
「そうでございます、しかしそれでも私たちは彼女に打ち明けることができません。真実を打ち明け彼女を苦しめることより、大きな被害が出るまでは、彼女の行動を寛容に受け止めることを私たちは選んでしまったのです」
「王国は何も言わないの?」
「いえ、彼女に何かしらの罰を与えるようにと通達があるようですが」
「……できない」
「はい、これは私たちの選択が引き起こしたものですから。彼女だけ罰するわけにはいきません」
「そう。部外者だから口を出すのは迷惑かもしれないけど、問題を先送りしているうちに取り返しのつかない問題に直面するかもしれない。先延ばし癖は、どこかで見切りをつけないとどこまでもいく。せめてメーベルがまだ若いうちがいい」
「ええ、心に留めておきます」
シスターは噛み締めるように言った。
それからラニはシスターに頼み資料を出してもらった。一番上の簡易的な犠牲者名簿を手に取った。簡易的なものだと言ったのはシスターであったが、それでも両手で抱えなければいけないほどの重量があった。数十年の重みがそこにあった。
それは教会が葬式をするたびに自主的につけていたもののようで、正式なものは町の中央にある行政所にあるのだというが、おそらく見せてはもらえないだろうから、犠牲者の数を確認できるものはこれだけだという。
黄ばみと湿気で痛み始めている紙を破らないようにゆっくりとめくりながら、ラニはそこに書かれている犠牲者の名前、生年月日、職業などの個人情報を追いかけていく。
どれくらい見ていたかは覚えていない。数十ページは見た頃に教会の扉が開いた。
メーベルが慈善活動を終えて戻ってきたのだ、カイノを連れ立って。
あらすじ
ふと教会を訪れたカイノはそこでメーベルと遭遇した。
魔導機構について知ったラニは、彼女にそれを尋ねることにした。
次回更新タイトル
第二十三話 魔導機構と魔女




