第十九話 教会にて
「そう」
シスターが喋り終えると、ラニは静かに呟いた。部屋がわずかに薄暗く感じられた。
「それじゃあ、魔女なんか関係ないじゃんかよ」
カイノは力ない怒りをその言葉の末尾に込めて、唇を強く噛み締めた。シスターは、静かに瞬きをする。
「そうでございます。魔女狩りといえど、犠牲になったのはなんの罪もない市民ばかりでございます」
「じゃあ、魔女がいたのかどうかも」
「きっといなかったと思う」
ラニの方から答えが返って来たことに、瞳を素早くこちらに向けた。
「なんでそう言えるんだ?」
「魔女が死ぬと、こうはならない。多分もっともっと酷い」
「魔女の呪い、ですね」
シスターはゆっくりと一度だけ頷いた。
「真に魔女狩りが行われた時代に多くの人を苦しめた流行病です。かかったものは皆赤黒くなって死んでいきました。だからそれを魔女の呪い、血の病と言って畏れたのです。実際にどう言ったものであったかは、伝え聞くばかりですが、魔女狩りがあったところでは必ずそれが流行ったようです」
カイノは、一度言葉を噛み締め納得したような顔をしたが、また首を傾げた。
「この街には隔離施設の跡がないから、分かる。それがあった地域だと、病人を隔離してたから」
お若いのによくご存知で、とシスターはにこやかに頬を歪めた。
ラニは奇妙に思っていた。魔女狩りがあったのに、それらしい跡がどこにもなかった。魔女を嫌うような風習が強いわけでもなかった。
人の業であります。とシスターはそれに静かに答えて、祭壇の方を向いて手を合わせて拝んだ。
「じゃあ、本当に全部人間だったのか」
ラニは頷いて、言った。
「もしそんなに長く続くなら、魔女もきっと逃げる。そういうのは」
と、そこまで言ってラニは口を動かすのをやめた。カイノはラニが続けるつもりだったことを理解して、得心の表情を顔に浮かべる。
「はなから魔女を探してなどおりませんでしたから。それに、魔女であろうと、人であろうと命に貴賎はございません」
その後シスターの淹れたお茶をもらって、二人は教会を後にした。
雨は止んでおり、雲間から真直ぐ光が差し込む。水たまりに反射した日光が空気中の湿気の温度を上げて、それはまたそれで不快に思える暑さであった。
汗をぬぐいながらカイノは「ごめん」と言った。
「どうして謝るの?」
ラニは暑くて脱いだままの外套をどうか抱えようかと持て余している。
「魔女狩りがどんなものかわからなくて、あんな言い方、したから」
雨が止んでようやく景色が晴れたというのに、うつむいてばかりのカイノの頭に、ラニは手をおいた。
「私も言わなかった、おあいこ。それに」
雨が止むと曇天もそれが夢であったかのように消え、瞳孔を鋭く突き刺す日光が当たりの白い花畑を光らせる。ラニはそれらを指さした。
「やっと綺麗に見えるものを見ないのはもったいない」
柔らかく表情を弛緩させるラニを一瞥したカイノは、顔の力みを解きほぐした。そしてようやく、この町について初めて深く息をついた。風下にないここでも微かな焦げ臭さは感じはしたが、二日もいればそれは慣れたものであった。
辺りに広がる白い花は強い香りを持っておらず、そればかりは残念に思われた。
「でも、あれは魔女狩りとは言わないよ。私もそういうものだとは思ってなかった」
ラニはカイノから見てわかる程度には悔しそうな顔をした。しかし、今のカイノには何が彼女にそう思わせているのかわからなかった。
「でもほら、これで雨も止んだしライザーノに行けるだろ?」
しかし、カイノの速る口調にラニは乗っからなかった。
「そうだね、でも」
「魔女狩り?」
「そう、もう少し調べたい」
たいそう意外な答えにカイノは食いつくように「こんなに臭いのにか?」と言った。自分よりもラニの方がこれに耐え難いと思っていることは明白だったからだ。
「そうだね、でもまだ調べたりてない。結局資料もほとんど読めてない」
「そう、だけど」
二人は話を聞くだけで精神をすり減らしてしまい、その後にさらに調べようという気力が湧かなかった。シスターの好意でもらったお茶を飲んで出てきてしまったのはそういうわけであった。
カイノの中に浮かんだ考えが彼の言葉を濁らせる。
ラニは魔女狩りが自分の旅の本懐だと言った。それがこの一刻も立ち去りたいと思うような環境に居続けて、あのような資料を読み続けるほどのことなのだな、と実感するとともに、それほど強い衝動をその表情の裏に隠していることに驚き、彼女を突き動かすものは何かを知りたくなった。
だからカイノは魔法を実践的に学ぶのを少し後に伸ばすことをただ我慢するしかなかった。
「大丈夫、魔法については教えるから。それに最初の方は、魔法を使うよりも魔法を理解することの方が大事だから」
カイノがラニのことがわかるように、ラニもカイノのことをその表情の些事な変化でくみとることができる。カイノは哀の感情を抱いた時に眉僅かに落ちる。眉頭の動きを見れば容易に汲み取れることがラニにはもうわかっていた。
街に戻る頃には日も傾き始めており、街は僅かに橙がかっていた。しかしその無垢な光も霞によって色合いを失っていた。二人は鼻腔を通る焼け焦げた匂いとその色で街の汚れを再認識していた。
あらすじ
街に戻ると、男たちの忙しない姿が目に入る。何があったのだろうか、しかしその答えはすぐに現れた。
次回更新タイトル
第二十話 少女、メーベル




