第十八話 魔女狩り
「同じだけ山にいたのに、どうしてそんなに上手なの?」
翌日もまた雨だったが、雲間からかすかに日光が漏れているところもあり今日明日には雨が止みそうに感じられた。
カイノとラニは朝の鐘がなってから器を露店の店主に返しに戻り、そのついでとしてカイノが魔女狩りについて調べられる場所が教会であることを聞き出した。
教会への道を歩く二人の手には、店主から今度は買った塩気の強い猪肉のスープの入った容器が握られていた。
「え、そんなに難しいことか?」
カイノはスープに舌鼓を打ちながらあっけらかんと返す。
「うん、きっと魔法より難しいと思う」
「じゃあ今度人に尋ねものをする方法を教えてやるよ」
「うん、教えて」
その塩気の強さが気に入ったようで彼の五感はスープの方へ向けられていたから、ラニがどれだけ切実に願っているかはわからなかったようであった。いや、きっとそうでなくとも彼にはわからないだろうと、ラニは思った。
「でもなんで魔女狩りを調べるんだ?」
食べ終えてしまってから、カイノは話を切り出す。
「それが私の旅の目的だから」
ラニは端的に答えた。カイノは目を丸くする。
「え、それが目的だったの? なんで?」
「なんでも、長く生きれば色々ある」
そう言って口を閉じてしまったラニを見て、カイノはこういう時のラニがこれ以上喋らないことは経験から理解していた。
だから何も聞かず、「ラニのことを聞くの、何気初めてかもな」と嬉しそうに言った。
商業区画を一般住宅区画とは反対の方に抜けていったところにある小高い丘の上にその教会はあった。夏に咲く小さくて控えめな花が辺りに咲いており、煤だらけで黒い街の中にある唯一心の平穏を保てるような空間がそこに広がっていた。
谷風のおかげで煤も飛んでこず、雨さえなければとラニは思った。
数千人規模の街に対してはこじんまりした木造の教会の隣には、街に対しては大規模な集団墓地がまばらに広がっている。
魔女狩りの爪痕であることは明らかだった。雨に濡れた墓石は、今もなお悲しみに暮れる死者の石のように感じられた。
教会の入り口はこの辺りで広く信仰されている宗教に象徴される尖塔になっており、その聖母子像のこぢんまりとしたステンドグラスが扉の上に嵌められていた。
湿気を含んで開きづらい扉を押し開けて、二人は教会の中に入る。
長椅子が整然と並んだ教会内は、壁にかかったランタンと祭壇に灯されたロウソクで柔らかな明かりで満たされていた。
腰の曲がった高齢のシスターは、入ってきた二人を見るなり手に持っていた箒をおいて迎え入れる。
「おやおや」
シスターは、旅人さんですか、雨の中よくおいでくださいました。と続けた。
「旅人だってよくわかったね」
ラニは外套の頭巾を脱いで雨粒を払う。カイノもそうすると、シスターはもらいますよ、と言ってそれを受け取り、壁に打ち付けられた外套掛けに丁寧にかけた。
シスターは掛け終えて、目を見合わせてから続きを話し始める。
「ええまあ、長いことここでやっておりますからね」
連日のことで自分がこの街の人と違うことをわかっていたラニは特段驚くことはなかった。隣にいるカイノは、教会の壁にかけられた宗教画をぼんやりと見ている。
「それで、今日はどのような御用でこちらにいらしたのですか?」
「魔女狩りについて調べたくて来た。街の人が調べるならここだって」
祈りや懺悔ではない言葉が出て来たことに、シスターの顔に刻まれたシワに一段と影が落ちる。
「魔女狩り、ですか。これまたどうしてそのようなことを?」
「この街にいた親父の兄弟が巻き込まれて死んだんだ。それでちょっと調べようと思って」
カイノが横から口を挟む。
ここに来るまでにカイノは嘘でもいいから他に何か理由を考えた方がいいと忠告をしたが、ラニが適当な話が思い浮かばないというと、呆れたようにそういうところだな、と言った。
純粋な眼で言い放つ彼の横顔を見て、真剣に学んだ方がいいかもしれないとラニは考えた。
「そうでございましたか、それはお気の毒に。もし名前を教えていただけましたら、墓前まで案内いたしますよ」
「いや、大丈夫。さっき拝んできたから、な」
「うん」
「家族思いの素敵な兄弟を持たれて、その方もさぞ幸せであることでしょう」
シスターは、シワのような細い目をさらに細めて手を合わせてにこやかに笑う。見合わせる二人の顔には一抹の罪悪感が浮かんだ。
「魔女狩りですが、資料をお持ちするのがよろしいでしょうか、と言っても事務的な記録ばかりでございますが。それともその時の出来事を語って差し上げましょうか?」
ラニは少し間を置いて、「どっちもお願い」と言った。
それから、シスターの物腰の柔らかい声で細々と語られる魔女狩りの惨劇は、ラニとカイノの予想を遥かに上回るものだった。
約百四十年前に最も過激であった魔女狩りは、『魔女狩りギルド』という機関によって後押しされた。パウルアを含めた一帯に大きなギルドの支部が構えられたのは、随分と遅れてのことだったらしい。
しかしそれでも、魔女を狩って身銭を稼ぐために多くの労働者が流入してきた。現在の鉱山労働者流入の原型となったこの大流入が、他の地域の魔女狩りとの大きな違いを生み出した。
ギルドは魔女を減らすために資金援助をしていたが、その強大な労働力のために、魔女狩りという手段自体が自己目的化していく。そして、いつしか魔女を減らすことに主眼を置かなくなっていった。
そうなってから、それは魔女狩りではなく殺戮と化した。見境のなくなった魔女狩りギルドの労働者は、『魔女』を片端から襲うようになった。恨みを持っている人物、妬みを抱いている人物、その全てが『魔女』となった。住民も襲われないように、『魔女』を密告したり自らが魔女狩りギルドに加入したりするようになった。
次第に魔女狩りギルドの規模が純粋なギルドによって制御できないようになると、互いにリーダーを立てて組織が細分化していき内戦のような形となった。魔女狩りという体を持っている以上は資金の援助をしていたギルド支部であったが、それ以降は不干渉になり本部の解体の後に解体された。資金援助を失った各組織はその勢力を次第に失っていく。
そして十六年前、王国軍が介入したことで争乱は完全終結をし、活動に参加していたものの多くが処罰を受けた。その中の生き残りは職を失い、今ではスラムに流れ着いている。
約百四十年前の魔女狩りが、この地域特有の空気感を巻き込んで巨大化し、暴動となり、その結果女子供とわず多くの市民が犠牲となった。
王国がすぐに立て直し事業に取りかかり、かつての鉱山を本格的に再稼働したこと、加担者の多くを処罰したこと、で街の治安は急激に回復し今に至る。
シスターが両腕に抱えて持って来たのは、魔女狩りによって犠牲になった人の名簿、その日々を記した手記や手紙の数々。カイノはその話を聞くだけで重たく口をつぐみ、ラニもその手記のいくつかをめくるだけで閉じてしまった。
「そう」
シスターが喋り終えると、ラニは静かに呟いた。部屋がわずかに薄暗く感じられた。
あらすじ
パウルアでの魔女狩りを知ったのち、二人はシスターと言葉を交わす。
次回更新タイトル
第十九話 教会にて




