第十七話 仲直り
部屋はまだ静かだった。
ランタンの仄暗い灯りだけでは部屋の隅までは明かりが届かず、四隅には影が落ちていた。そして、その一つの隅のところにある椅子にカイノは腰掛けてぼんやりと壁を見つめていた。
「カイノ、お土産あるけど食べる?」
ラニは下で温めてもらったスープを彼の座っているテーブルにおく。
「……いらねえ」
カイノは吐き出す息に返事を乗せた。
「まだ、怒ってる?」
返事はなかった。
彼の厚みを持った背中を見て、これまでにこう喧嘩したことがあっただろうかとラニは考えたが思い当たる節はなかった。これも一つ彼の成長なのだろうか、それともまだ自分にも成長する余地があったのだろうか。確かめる方は今はない。
いつの間にか彼女よりも大きくなった背中に当たるランタンの光とその影は、彼の背中をより大きく印象付けていた。そしてそれは、人の成長の速さとしてラニの中に印象付けられた。身体的にも精神的にも。
「ごめん」
ラニは改めて、そして初めて頭を下げた。
布の擦れる音で動作に気づいたカイノもゆっくりと振り返る。
「ごめんね、でもやっぱりこの街じゃ魔法は使えない。魔女狩りのあった地域だから何があるかわからない。それに、ずっと魔法の気配もある」
魔法という言葉にカイノは目で反応を示す。
「鉱山の方から、ずっと弱い魔法の気配を感じる。魔女の気配はしないんだけど、今も魔法が使われている。だから迂闊に魔法を使うのは危険」
「じゃあ、なんで魔法を教えてくれなかった理由を言ってくれなかったんだ?」
「それは、……ごめん、言えない。でもいずれ話す、まだ確かじゃないことばかりだから」
「なんか、前にも聞いたな、その言葉」
こちらに向けられたカイノの顔にいつもの無邪気な笑みがかすかに戻る。
「そんなことあった?」
「うん、ラニの家に初めて行った時。今思っても、あの山道はガキにはきつかったぜ」
「私より先を歩いてたけど」
「子供はそういうもんだ。ラニはもう忘れただろうけどな」
「そうだね、私が子供の頃は君の人間の方の親もその親も、もしかしたらその親さえ生まれてないから」
「化け物だ」
「魔女だよ」
ラニとカイノはそこで二人笑い合った。部屋にようやく音が戻ってきた。打ち付ける雨の音、チリチリと中の油が見える音、二人の服が擦れる音。
「魔法は使えないけど、魔法のことは教えてあげる」
ラニはしばらくの探索中に至った返事をようやく伝えることができた。その言葉に、みるみるとカイノの顔色が紅潮する。
「本当か!?」
「うん。それに魔法を使うために必要な訓練もあるから。実際に使うのは、ここを出たら教える。約束」
「今度は絶対に守れよな」
「うん」
無邪気に子供っぽく笑うカイノは、ラニの感じている切迫感を感じ取ることができなかった。
半血であるはずの彼には、とてつもない魔法の才能がある。年齢を重ねるごとに増幅しているそれは、今や暴発寸前である。
感情の変化だけで、部屋の音を消していたなど半血はおろか、純血でも聞かないほどの力である。それが、彼の魔法を制限していたことが引き起こしたのか、彼の純粋な魔法の才がもたらしたものなのかは定かではないが、あれほどにはっきりと無差別な干渉と無秩序な作用をもたらしたことは、彼の中に眠る力の強大さを物語っていた。
「ラニ」
カイノは呼びかける。
浮かない表情をきっとしていただろうが、気分のいいカイノは気づかない。ラニは自分の分かりづらい表情をありがたく思った。
「これ、食べていい?」
カイノはテーブルでまだかすかに湯気を立たせているスープに手を伸ばす。
「食べるの?」
「食べないだろ?」
ラニは笑った。カイノは気にすることなく、一日腹を立ててりゃ腹もすく、と上機嫌にスープを口にした。その味は少々しょっぱかったらしかった。
カイノは、巧みに魔女狩りについて調べられる場所を聞き出した。
それは町外れの教会だった。二人はそこに出向くことにする。
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第十八話 魔女狩り




