第十六話 街の人
宿を出たラニは、まだ多くの人で溢れかえっている大通りの方に出た。雨が降り続いているおかげか、息を吸うだけでむせてしまいそうに感じていたあの匂いも薄まっていた。
ラニは大通りから、昨日感じた魔力の出どころが鉱山の方であることを確かめた。しかし奇妙なことに魔女の気配を感じることはできなかった。
気配を消すらしいことは不可能ではないが、それは魔法を使いながらできるものではなかった。さらに奇妙だと感じたのは、その魔法の気配の均一さであった。昨日とは少し違っているようだがムラのない一定の力で魔法が使われ続けている。
人間ではないのだが、人間味のない魔法に訝しみを覚えた。
しかし何より、魔女狩りのことが気がかりであった。
彼女が旅にでた本懐だったからだ。
ラニは人の都合よく多い露店のあたりを見つけると、列に並ぶ薄汚れた作業着の男たちに近づいた。
「少し聞きたいことがある」
ラニの細い声に彼らは振り向きもしなかった。仕方なく彼女は肩を叩く。
「あの、少しいい?」
「ん? なんだ、も少しでかい声で喋ってくれねえか?」
汗と傷と煤で汚れた顔の男は、岩のような手を耳に添えた。
「あの! 少し、いい!」
「おう、なんだ」
「魔女狩りのことを聞きたいんだけど」
「魔女狩り? なんでまたそんなことを知りたいんだ」
「なんでも。とにかく誰か詳しい人知らない?」
「おお、そうだな」
男は、煤をはらんで黒い髭に手を当ててしばらく考える仕草をする。
しかし、彼が口を開く前に通りから歩いてきた三番方の鉱夫が呆れ口調で彼に話しかける。
「おいダッド、またメーベルのやつがやりやがった。二番坑道の掘進は今日は取りやめらしい」
彼の知らせに、ダッドと呼ばれた鉱夫は器用に怒りと呆れを同時に浮かべて、
「んだよ。今度はどっちだ?」
「巻上機のほうだ」
「はあ、ただでさえ上の異動でごちゃついてるってのに」
「技巧師は、これにはだんまりらしい」
「オレはああいう奴らの腹の中が読めないぜ。頭で動く人間には、ここは向いてねえよ」
ラニをおいて二人の会話が走り出す。あの、ねえ、と口を挟んでみるも耳の遠い彼らが会話を始めてしまってはもう届くことはなかった。
諦める頃には列が進んでしまい、自分の番になってしまった。
ラニは淵に料理の黒いカスがこびりついた大鍋を覗き込む。あまり清掃されていないだろう、鍋の内側が店の歴史を語る。煮えたぎる赤黒いスープはその鍋も相待って不吉なものを思わせた。
「お姉ちゃん、入れ物は?」
恰幅のいい女性店主は鍋の具合を見ながら、脂肪の分厚い手を差し出してくる。
「入れ物? 私は、一つ聞きたいことがあって」
「何、客じゃないの? じゃあちょっとそこをどきな」
女性とは思えないような腕力でラニは軽々と列から剥がされ、露店の内側へと押し込まれる。
木組の簡素な露店には子供がすっぽりと入ってしまうほどの大鍋が据えられている。長雨でその木は所々朽ちて腐っている。露店には棚が格納されており、大ぶりの調理器具や食材、店主の私物が収められている。
ラニの後ろに並んでいた鉱夫が店主からスープを受け取るなり、パンがなくなってるじゃないか、と不満を漏らす。店主は、声を張り上げて、小麦が入ってきてないのはあんたも知ってるだろ。にしたってこれで銅貨五枚はぼったくりだろ。こっちにも生活があるんだ、嫌なら次からよそで買いな。と言い合って、鉱夫は渋々銀貨を五枚店主に払って去っていく。
「全く、戦争は嫌だね。兵を取られないだけマシと考えるべきなのかね。それで、話ってのはなんだい?」
汚れきったエプロンで手を拭きながら店主はぶっきらぼうに言った。
「魔女狩りについて調べてる。何か知ってることはある?」
「魔女狩り? そんなこと調べてどうするのさ、腹は膨れないよ」
ラニを尻目に会話する店主は、その間も手際よく鉱夫の弁当箱にスープを注ぎ入れてはお金を受け取っていく。
「とにかく調べたい、どこか調べられる場所は」
店主はこちらの言葉を遮って、
「それよりあんた、そんな細身で生きてけるのかい? 朝は食べたの?」
「……食べてないけど、それよりも」
「ダメだよ、たくさん食べないと。まだ育ち盛りでしょう? そんな細身じゃ嫁げないよ!」
店主は一瞥でラニを下から上まで見回す。
確かに恰幅のいい店主は、ラニよりも女性的な体つきをしていた。
「ほら、これ持って行きな」
店主は後ろ手で私物の中から器を取り出すと、そこにスープを注いでラニの方に突き出した。
「これは、イノシシの肉が入ってるから体が育つのさ。他の店はこんなことはしてくれないよ」
押し売りの勢いに負けて、空腹でもないのにラニは受け取らずにはいられなかった。
くすんみ変形した金属製の容器に半分注がれたスープの湯気から、強い香辛料とその奥に微かにトマトの匂いがした。イノシシ肉が入っているとは言っていたが、揺らしてみてもその姿は確認できなかった。
「食べれる時に食べとかないと。ああ、器はあとで返しにきなよ」
「あの、魔女狩りのことなんだけど」
「たくさん食べてたくさん寝たらそんなことも忘れるさ、ほら行った行った」
店主はラニを力強く露店から追い出した。
そしてラニは、どうやらここの街の人と自分が合わないことを悟った。その後宿に帰ることもできずに、持たされたスープが冷え切って油が浮いて固くなるまで街を尋ねて回ったが、ろくな答えが得られるよりも先に彼女の方が消耗しきってしまった。
人に尋ねずとも答えが出るかもしれない魔法について調べようとも思ったが、あの霞の方へとはどうしても足が向かなかった。
街は、店に並んでいた鉱夫が言っていた坑道の一部閉鎖で、苛立ちと忙しなさで溢れかえっていた。犯人を探して回る鉱山警備員と鉱夫を後ろに、仕方がなくなって宿に帰った。
ラニは冷えて固まったスープを持って、宿に戻る。そしてカイノと向き合う。
次回更新タイトル
第十七話 仲直り




