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魔女の血  作者: 津田ナオキ
第二章 鉱山街パウルア
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第十五話 喧嘩

「ラニ、魔法教えてよ」

 木製の鎧戸に打ち付ける雨音で目が覚めた翌日。カイノは開口一番にそう口にした。


 ラニは適当にベッドを直しながらに「だめ」とあしらう。

 こちらに降り込んで来るように雨が降っているから戸を開けられないが、雨粒が昨日よりも大きくなっているように感じた。これじゃあ今日もここを出られない。


「なんでだよ、昨日教えるって言ったじゃんか」

 カイノは鋭い声色を抑え込むようにすがる。ラニには彼の気持ちがある程度推し量れた。

 魔女は、魔法を感じ取ると魔法を使いたいという強い衝動を感じるのだ。それは、人の性衝動にも似ている。


「ここは、魔女狩りがあった場所。そんなところじゃ魔法を教えられない」

 ラニとしてもカイノに魔法を教えることはやぶさかではなかった。むしろ、彼にはそろそろ教えなければいけないとさえ思っていた。

「ルール守って生活したら、旅に出たとき教えてくれるって言ったろ」

 カイノにはそう言い続けていた。


 カイノが魔法を使いたいと言い出すのは何もこれが初めてのことではなかった。

 山にいた頃、ラニはカイノにいくつかの規則を言いつけていた。


 一、朝日が昇る頃に起き、宵の口には床に着くこと。

 二、一日三食、朝昼夕と適度な食事をとること。

 三、山を下るときは必ずついてくること。

 四、薬を調合するときは、家の中にいないこと。


 これらは全て彼を人間として成長させるために定めた規則であった。そのため、ラニはこのどれもしなかった。

 まだ幼い頃のカイノは、人間の子供のように大人のすることを羨ましがり、特段薬の調合には強い興味を示した。大人が隠すことを子供はやりたがるんだよと、村の誰かが言っていた。きっとそれもあっているが、やはり魔法の力がそこにあったことが彼を駆り立てていた。


 ラニは魔女であり続けるために、魔法を使わない期間を設けない。だから定期的に山を降りて、薬を届けている。そしてその度に彼は「魔法を教えて」と子供ながらに強請るのだった。

 初めのうちは欠かさず口にしていたそれも、数年経てば教えてもらえないことを自覚したようで何も言わなくなった。しかしそれでも薬の調合のために家を追い出すたびに、物欲しそうな顔を作っていた。

 だから、山を降りると言った時にカイノはとても嬉しそうな顔をしていた。もちろん母に会いに行ける、という彼の願望が叶うこともあったかもしれないが、やはりその喜びのほとんどは魔法を教えてくれる、というものだったことは、十五年同居したラニには一目瞭然だった。むしろよく耐えたものだ、とさえ思った。翼を持つ鳥が十五年も飛ぶことを禁じられれば、きっと精神的負荷で死んでしまうだろう。飛ばない鶏でさえ、翼を使うのだから、半血の彼が魔法を欲さない道理はなかった。


 しかし、ラニはやはり首を縦に振ることはできなかった。

「でも、だめ。まだわからないことばかりだから」


「何がわからないんだよ!」


 彼はもう、自分の内側の怒りを隠そうとはしなかった。力一杯に拳を握って、目頭に濃い影を落とす。

「山を降りたら教えるって、馬車でも後で教えるって、約束だって言ったじゃんか!」

「この街では無理、もう少しの辛抱」


「もうずっと辛抱して。じゃあなんで教えてくれないんだ、なんで山で教えてくれなかったのか、その理由を教えてくれよ!」

 いつの間にかカイノは声を抑えることをやめ、腹から、その衝動を誤魔化すように感情をむき出しの声を出す。


 ラニは黙ってしまった。


 しかしラニが黙ってしまった理由は、彼にその理由が話せない、ただそれだけではなかった。彼の怒りの中に魔女の血の匂いを感じたからだ。

 逆立つ彼の髪の一本一本にまで満ちた、彼の魔力を感じ取ってしまったからだ。部屋中の小物は彼の力にあてられて、ガタガタと動かし方の知らない力を与えられ、ただその力にあてられるように揺れる。ラニにはその一つ一つにカイノが見えた。しかしカイノはそれには気づかない、ただ真っ直ぐとラニの黄色い目を捉える。

 しかし、しばらくしてカイノは、口を堅く噤んでしまったラニに落胆の黒を目の中に浮かべる。


「もう、いいよ」

 カイノは力なく呟いた。

 彼の握られた拳はゆっくりと解かれ、そのままベッドへと倒れ込んだ。


「街を出た、ら、教える、か、、ら……」


 ラニの声は、雨音にかき消され彼の元に届くことはなかった。届くことがないとわかっていながらも「ごめんね」とラニは呟かずにはいられなかった。


 返事はもちろんなかった。


 静寂を好むラニも、さっきまでそこにあった力がすっかり消えてしまった部屋の空虚さに耐えかねて部屋を出た。たとえもし、彼がこうやって静まり返らずとも、あの力にあてられてしまっては、あの場所に静かに立っていることはできなかっただろう。


 ラニは静かに宿を出た。

カイノと喧嘩してしまったラニは、宿にいられず街に出て魔女狩りについて調べることにした。そしてそれは彼女の旅の目的でもあった。

次回更新タイトル

第十六話 街の人

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