第八話 決断
それからの二日は、一年よりも長く感じた。朝、牛飼いと同じ時間に起き、宿が起きる頃に朝食を食べ、日の浅い頃は村の子供達を眺め、日が真ん中を過ぎる頃に山菜を口にし、日が傾き始める前に宿に戻り、宿が眠るよりずっと早く眠った。そしてその間ずっと、自分の中に流れる血と、カイノのことを考え続けた。
最近考えることといえば、薬の調合か山菜の群生地ぐらいのもので、久しくそのようなことを考えていなかったから随分と応えた。
一つ一つ答えを出すたびに、頭から古い引き出しを開けるときのような音がしてるとさえ思った。そしてその度に、答えは初めから決まっていたのだと落胆するばかりであった。
ラニは決して、自分のことを考えて引き受けたくないのではない。もちろん、しばらくは一人だけの平穏な生活がなくなってしまうが、それは彼が巣立つまでのたった数年のことである。何よりも、魔女として生きること、を選ぶことがラニの中で渦巻いた。
魔女として生きた苦い記憶が、同族の血が指の先から指の背を滴って指の股に小さな血溜まりを作り、それが雨粒に溶けて褪せていく、そんな記憶が呼び起こされる。
魔女は変わらない、変われない生き物だ。人間は変わる、変わるがあまりに変わり過ぎる。
魔女として生きるということは、変われないことを選ぶということだ。時間に取り残された場所で、生きるということだ。
人間として生きたことがないラニには、人間として生きることがどういうことかわからなかった。でも少なくとも、ポンは楽しそうである。百年も生きないけれど、その中で彼らなりに時間の流れを感じて、それに急かされたり急かされなかったりして、満足そうに時間に看取られて死んでいく。
しかし、どれほど考えても彼が魔女であることは変わらない。人間のように生きることはできても、人間のように死ぬことはできない。死んだようにその場を去ることしか魔女には選択肢はない。だから魔女には初めから選択肢などない。変われないのだから。
しかしどうしてだろうか、これだけ長く生きてきて魔女というものの全てを見てきたというのに、彼にはまだ選択肢があるように思えてしまう。思ってしまう。
いいや、違う。魔女として生きていないカイノを、魔女にする覚悟など私にはなかった。私の負ってきた全てを彼に背負わせようとすることを、私の負ってきた全てが拒む。あのようなことは、もう、十分だ。
彼を、人間として生かそう。すまない、私は弱い。
カイノと共に生きることを決意したラニは、ポンのところに向かう。
そして彼女は彼らとこれからの話をする。
次回更新タイトル。
第九話 そして動き出す1
第十話 そして動き出す2
第十一話 第一章終 二人の始まり




