第2話:血の娯楽
戦争は、誰かにとって生き残るための戦いだ。
だが、誰かにとっては――ただの娯楽に過ぎない。
戦場から遠く離れた場所で、血と歓声が交わる夜が始まる。
その舞台に、レノたちは足を踏み入れることになる。
――これは、彼らがまだ知らない「世界の裏側」の物語。
「開歴913年――アイニールア、国境」
「飛龍騎士団・総本部・会議室」
「現在の血魔剤の供給状況を見る限り、東部戦線の状況は芳しくありません。大量の人員を投入する必要があります。以上!」
東部隊隊長・ビスリーからの報告。
ダームは報告を聞きながら、目の前の資料をめくり、疲れ切った目元を揉んだ。
「戦争……いったいいつになったら終わるんだろうな……」
ダームは低く呟いた。
その声には、深い無力感が滲んでいた。
「ダーム団長!」
突然、慌ただしいノックと共に、部下の叫び声が響く。
部下から渡された一枚の資料を、ダームは注意深く確認する。
そして――
「すぐに黒龍を呼んでくれ!」
こうして――
「西方・グロボメディ」
飛龍騎士団副団長・黒龍は、レノ、エン、アイヴェル、マジェシー、カエサル、ヨギらを連れ、この地へとやって来ていた。
「資料によれば、この国には大量の血魔剤製造工場が存在している可能性がある」
黒龍は周囲を見渡しながら指示を出す。
「内部へ潜入し、詳しく調査する。血魔剤がいったいどこから流れてきているのか、その大元まで突き止めるぞ!」
隊員たちはすぐさま行動を開始した。
装備を外し、普段着へと着替える。
騎士団員としてではなく――
ただの一般人として、この街へと入り込み、各地で聞き込みと調査を始めた。
「私たちがこの街に入ってから……ずっと何かがおかしい」
アイヴェルは、グロボメディの街並みを見渡していた。
「街そのものは、一見すると普通の都市なのに……」
「そこら中で、傷だらけの人たちを見かける……」
「それに、壁の内側と外側で暮らしている人たちの生活を見ても……」
アイヴェルは周囲を見渡す。
「貧富の差や身分による格差が……あまりにも大きすぎる気がする……」
「確かに……そんな感じはするな」
レノも頷いた。
「他のみんなは……今頃どうしてるんだろうな」
そう言って、アイヴェルはふと隣にある酒場へと視線を向けた。
レノとアイヴェルは互いに視線を交わす。
そして――
小さく頷いた。
二人はそのまま、酒場へと入っていった。
――その日の調査を終え、各班から次々と報告が入る。
「国王と護衛の周囲には、すでに能力でマーキングを設置しました。これで、いつでも彼らの動向を確認できます!」
飛龍騎士団副団長――黒龍。
彼の能力は「影」。
一度、自分の目で見た人物や物体から、その影に関する情報を奪い取ることができる。
それによって、盗聴、追跡、さらには転送まで可能となる。
ただし、広範囲で能力を使用する場合、その分だけ体力を大きく消耗するという代償がある。
「壁の内側にいる人たちからは……今のところ、これといった情報は得られていません」
マジェシーが報告する。
「壁の外については……東北部の地域で、最近になって不自然な煙が頻繁に上がっているという話を聞きました」
エンとマンディが得た情報だった。
「それで、レノとアイヴェルは? 何か情報は掴めたのか?」
ヨギが尋ねる。
すると――
二人の表情が一変した。
重苦しい沈黙。
瞳孔がわずかに縮み、誰もがその異変に気づく。
「みんな……よく聞いて」
アイヴェルは一度深く息を吸った。
――時間は、二人が酒場へ入った時まで遡る。
酒場の中へ足を踏み入れた瞬間――
目に飛び込んできたのは、一つの乱闘だった。
「この役立たずが!」
「お前のせいで、俺がいくら負けたと思ってるんだ!」
「死ね! 地獄に落ちろ!」
「全部スッちまったじゃねぇか! これからどうすりゃいいんだよ!」
大勢の男たちが、床に倒れている痩せ細った男を取り囲み、殴りつけながら罵声を浴びせている。
「お、俺……次は……絶対に……」
男は荒い息を吐きながら、必死に言葉を絞り出そうとする。
しかし――
その言葉を最後まで言い終えることはできなかった。
次の瞬間――
男は酒場の外へと引きずり出されていった。
アイヴェルがレノへ目配せする。
二人は何食わぬ顔で席へ座り、料理を注文した。
そして――
周囲の客たちの会話へと、静かに耳を傾ける。
「今夜、ショーがあるんだってよ!」
「楽しみだな!」
「九連勝中のあの男、今夜もう一勝すれば……大金持ちになれるらしいぞ!」
「そういや……今夜はどうやって賭けるんだ?」
「ははは!」
「……何の話をしてるんだ?」
レノは小声で呟いた。
するとアイヴェルは酒杯を手に取り、何気ない様子で彼らへ近づいた。
「あの……すみません」
「何について話しているのか、教えてもらえませんか?」
「ん……?」
男が振り返る。
「お前……知らないのか? だったら俺が――」
しかし、男が続きを口にする前に――
隣にいた男が慌てて口を塞いだ。
「おい! こいつ、外から来た奴だ!」
「余計なことを話す必要はない!」
「ほら、あっちへ行け! 失せろ!」
手で追い払うような仕草をする。
すると――
アイヴェルは懐から、一袋の金貨を取り出した。
「もし私が……」
「そのために来た、と言ったら?」
金貨を見た瞬間――
男の態度が一変した。
「……へぇ」
「そこまで知りたいってんなら……」
「ちょっと俺について来な」
――場面は変わり、教会の鐘楼。
レノとアイヴェルは、男の案内に従って進んでいく。
そして――
二人は、地下へと続く謎めいた階段を下りていった。
やがて辿り着いたのは、地下室。
その奥には、一つの巨大な扉があった。
ギィィィィ……
扉がゆっくりと開かれる。
その瞬間――
二人の目の前に広がった光景に、言葉を失った。
「うおおおおおおおお!!」
「殺せぇぇぇ!!」
「もっと賭けろ!!」
「やっちまえ!!」
喧騒――
怒号――
歓声――
そこに広がっていたのは、巨大な地下闘技場だった。
「殺せぇぇぇ!」
「もっと賭けろ!」
「ぶっ倒せぇぇ!!」
観客たちは狂ったように叫び続けている。
闘技場の中央。
そこに立っていたのは、一人の痩せ細った男。
手には剣と盾。
その両足は、恐怖で小刻みに震えている。
そして――
彼の目の前にいるのは。
すでに「完全鬼化」し、人間としての理性を失った生物だった。
【完全鬼化】
人間としての意識を完全に失った状態。
能力者であろうと、非能力者であろうと、一度完全鬼化すれば、その肉体は完全に魔鬼へと変貌する。
そして――
暴走する、まったく別の生物となる。
男は目の前に立つ強大な魔鬼を見つめる。
恐怖に震える手から、武器が滑り落ちた。
「……っ!」
男は踵を返し、後方の出口へ向かって逃げ出す。
しかし――
ガシャァン!!
鉄格子が降ろされ、出口は完全に閉ざされていた。
「う、嘘だろ……」
男が振り返る。
そこには――
すでに魔鬼が迫っていた。
そして次の瞬間――
――見るに堪えない光景が広がった。
「これ……いったい、何なんだ……?」
レノは目の前の光景を見つめ、冷たい汗を流していた。
アイヴェルもまた、胸の奥から込み上げてくる吐き気を抑えていた。
「やっぱり……」
「この街に入った時からずっと感じてた……」
「息が詰まるような、この気持ち悪さ……」
彼女の表情は苦痛に歪んでいた。
「どうだ?」
案内してきた男が、楽しそうに笑う。
「すげぇだろ?」
「ほら……始まるぞ!」
男が闘技場を指差す。
「ショーの時間だ!」
闘技場では、先ほどの死体を処理したスタッフたちが慌ただしく動き回っていた。
そして――
次の試合が始まる。
「さあ皆さん!」
「皆様お待ちかねの――」
「スペシャルショーの開幕だぁぁぁ!!!」
会場中の観客が、一斉に沸き上がった。
やがて――
鉄格子の向こうから姿を現したのは、一組の親子だった。
二人の身体には、何重もの鎖が巻き付けられている。
「お母さん……怖いよ……」
息子は母親の手を、強く握り締めている。
「大丈夫よ……」
母親は息子を抱き寄せる。
「約束して……」
「何があっても、目を開けちゃダメよ……」
母親は必死に息子を安心させようとしていた。
しかし――
スタッフたちは二人を無理やり引き離す。
そして、それぞれの身体へ血魔剤を注入した。
次の瞬間――
二人の身体が大きく痙攣する。
「――っ!」
肉体が異常な速度で変貌していく。
そして――
二人は完全鬼化した。
そこに残っているのは――
殺戮への衝動だけ。
「グルルル……」
母親も息子も、もはや互いを認識することすらできない。
そして――
圧倒的な体格差と力の差によって。
母親は――
自らの手で、息子を殺してしまった。
「うおおおおおおおおお!!!」
「すげぇ!!」
「もっとやれぇぇ!!」
会場の熱狂は、さらに激しさを増していく。
そして闘技場の中央上部。
そこからは、会場全体を見下ろすことができた。
そこに並んでいたのは――
高級な料理を口にしながら、笑い声を上げる者たち。
スーツやコートに身を包んだ財閥関係者。
権力者。
そして――
明らかに壁の内側から来たと思われる貴族たち。
彼らは目の前で繰り広げられる、非人道的な殺し合いを――
まるで娯楽でも見るかのように眺めながら、好き勝手に笑い続けていた。
闘技場では、スタッフたちが暴走した魔鬼を抑え込もうとしていた。
しかし――
次の瞬間。
ズバッ!!
スタッフの身体が、無惨にも切り裂かれる。
そして――
一人の男が、ゆっくりと刀を鞘へと収めた。
「おおっ!」
「あいつが来たぞ!」
「今日はあと一勝だ!!」
会場中が狂ったように沸き上がる。
「そうです!」
「皆さん、お待ちかね!」
「この地下闘技場で、連続十勝を成し遂げた者は――」
「この悲惨な貧困生活から抜け出し!」
「栄華と富に満ちた人生を手に入れることができるのです!!」
司会者の煽るような紹介と共に――
鉄格子が、ゆっくりと開いていく。
しかし――
今回現れた存在は、先ほどまでの魔鬼とは明らかに違っていた。
「なんだ、あれ……?」
「最新型の力ってことか?」
「なんか……ヤバそうじゃねぇか?」
「いったい、あれは何なんだ……?」
観客たちもざわめき始める。
「なあ、アイヴェル!」
レノが目の前の魔鬼を見つめる。
「見たことあるか?」
「俺たちが今まで戦ってきた奴らとは……なんか違わないか?」
「そうね……」
アイヴェルも目を細め、慎重に観察する。
「これ……強化されてる……?」
そこにいたのは、確かに完全鬼化した魔鬼。
しかし――
その外見は、これまでの個体とは明らかに異なっていた。
肉体には新型の装備や武器が組み込まれている。
銃器。
砲台。
さらに――
全身を覆う装甲。
「こいつは、さっきまでの奴らとは比べ物にならないぞ……!」
司会者は興奮した様子で叫ぶ。
「さあ、よく見ておけ!」
「新たな戦場の幕開けだ!!」
「……俺が相手だ」
男は刀を強く握り締める。
「どんな化け物だろうと……俺は倒す!」
「俺の運命も……」
「俺のすべても……」
「ここで変えてやる!!」
男は叫びながら、魔鬼へと突っ込んでいく。
「うおおおおおお!!」
何度も刀を振るう。
巧みに動きながら、相手の隙を狙う。
しかし――
魔鬼は、その攻撃を軽々とかわしていく。
「くそっ……!」
「斬っても……なんて硬さだ……!?」
「それに……反応速度まで、今までの奴とは全然違う……!」
男が必死に攻撃を続ける。
だが――
次の瞬間。
「――なに!?」
魔鬼の姿が、突然目の前から消えた。
「――ッ!!」
次の瞬間――
魔鬼は男の目の前にいた。
パァン――!!
ドンッ!!
激しい衝撃と共に、砂煙が舞い上がる。
そして――
砂煙が晴れた時。
男は――
すでに地面へ倒れ伏していた。
しかし。
今回の魔鬼は、倒れた男を追撃しようとはしなかった。
まるで何者かから命令を受けているかのように――
そのまま静かに鉄格子の中へ戻っていった。
会場では、なおも観客たちの歓声が響き渡る。
「負けたぞ!」
「俺の金返せ!!」
「ふざけんな!!」
「クソッ! 全部スッちまった!」
勝敗に一喜一憂する者。
金を失い怒号を上げる者。
地下闘技場は、最後まで混乱と狂騒に包まれていた。
その光景を見つめながら――
レノとアイヴェルは、何も言えなかった。
目の前で繰り広げられた、あまりにも理不尽で残酷な光景。
二人は拳を強く握り締め――
歯を食いしばりながら、必死に込み上げる感情を抑えていた。
しかし――
二人はまだ知らなかった。
二人をここへ案内した男は――
いつの間にか、その場を離れていた。
男は懐から通信機を取り出す。
「ボスに報告します」
「……飛龍騎士団の連中で間違いありません」
通信機の向こうから、男の声が返ってくる。
「そうか……」
「やはり、ここまで来たんだな……」
その声の主。
そこにいたのは――
巨大な身体。
屈強な体格。
そして、無造作に伸びた大量の髭。
男は口元を歪め――
不気味な笑みを浮かべた。
「どれだけお前たちが強くても……」
「もう、この流れを止めることはできない」
「何もかも……手遅れなんだよ」
――そして。
「このすべてを……止めることはできないぞ」
男はそう言って――
不敵に笑った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第二話では、第一話とは少し違った「人間の世界の裏側」を描いてみました。
戦争の裏で動くもの、血魔剤、そして地下競技場。
ここから物語は、少しずつ大きく動き始めます。
まだまだ未熟な部分も多いですが、最後まで楽しんでいただけるよう頑張って書いていきます。
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価をしていただけると嬉しいです!
それでは、第三話でお会いしましょう。




