第十話:「誰が本当の悪魔なのか?」
城壁を越え、ついに王都へと侵入した怪物。
逃げ惑う人々、追い詰められる奴隷たち。
そして――
目の前で奪われていく命を見たアイヴェルは、何を思うのか。
一方、レノの前に立ちはだかるワットド。
そこへ駆けつけたエン。
二人の鬼化は、すでに限界へと近づいていた。
王都を覆う混乱の中で、それぞれの戦いが交差していく――。
第十話「誰が本当の悪魔なのか?」
ぜひ最後までお楽しみください。
(壁の内側――王都の街)
「急げ! 城へ向かえ!」
「衛兵を呼んでこい!」
「街に残るな! 早く逃げろ!」
「火を吐くドラゴンだ! 化け物だ!」
街の人々は、王都の中心部へ向かって一斉に逃げていく。
その背後で――
ドォォォン————!!
再び、巨大な爆発音が轟いた!
王都全体が大きく揺れる。
高くそびえ立っていた城壁には、巨大な穴が開いていた。
そして――
あの巨大な火竜は、すでに王都の中へと侵入していた。
グオォォォォ————!!
「うわあああああ!!」
人々は次々と城へ向かって押し寄せていく。
レノはゆっくりと前へ進み、顔を上げる。
その視線は、ワットドから離れない。
そして――
レノは振り返り、アイヴェルを見る。
アイヴェルもその意図を察し、背後にいる奴隷たちへ目を向けた。
そして――
静かに頷く。
レノは拳を握り締めた。
バチッ……バチバチッ……
雷光が再び全身へ絡みつく。
レノは目の前のワットドを睨みつける。
「もう……これ以上、好きにはさせない!」
アイヴェルは彼の背中を見つめる。
そして――
何も聞かずに振り返った。
「行くよ!」
奴隷たちは一斉にアイヴェルの後を追い、城へ向かって走り出す。
そしてレノは――
ゆっくりと振り返った。
「こいつをここに留まらせたら……被害はもっと酷くなる……」
ドォォォン————!!
雷光が一気に弾け飛ぶ!
グオオオオオ————!!!
ワットドが大きく口を開く。
ゴォォォォォ————!!!
灼熱の火柱が、レノへ向かって放たれた!
レノは身体を横へ滑らせる。
炎がすぐ横を掠めていく。
次の瞬間――
バチッ!!
雷光が閃いた。
レノはすでにワットドの目の前へと移動していた。
「まずは……お前を外へ追い出す!!」
ドォォォン————!!
レノの雷を纏った拳が、ワットドへと叩き込まれる!
⸻
(同時刻――森の奥深く)
エンは片手を高く掲げていた。
その手の上には――
まるで太陽のように眩しく、灼熱の巨大な火球。
スイホウとロックは地面に倒れたまま、必死に身体を起こす。
二人はその圧倒的な熱量を見上げ――
表情を強張らせた。
「こいつ……」
「化け物かよ……」
エンは何も答えない。
次の瞬間――
『炎皇天墜!!』
ドォォォォォ————!!!
巨大な炎が、森全体を一瞬で飲み込んだ!
やがて――
炎が徐々に消えていく。
エンはゆっくりと腕を下ろし、工場の方向へ目を向けた。
「……そろそろ行くか!」
その瞬間――
グオォォォォ————!!!
遠くから、耳をつんざくような咆哮が響き渡った。
空を覆い尽くすほどの煙が立ち上る。
その中を、電流が激しく走っている。
ドォン! ドォォン!!
エンは勢いよく振り返った。
その瞳が、僅かに見開かれる。
「……レノ?」
⸻
(数分後――王都城門前)
「早く門を開けろ!!」
「お前たちは一体何をしているんだ?!」
「デイヴィ国王はどこだ?! 早く出てこい!!」
衛兵たちは必死に人々を抑えていた。
「皆さん、落ち着いてください!」
「押さないで! 城門はすぐに――」
「落ち着けだと?!」
前方にいた貴族が振り返り、衛兵へ怒鳴りつける。
「お前たちは目が見えないのか?!」
「後ろにあの化け物がいるのが見えないのか!」
「お前たちは『落ち着け』と言う以外に何ができる?!」
「もし我々がここで死んだら――」
「お前たち、責任を取れるんだろうな?!」
しかし――
誰一人として気づいていなかった。
別の通りでは――
アイヴェルが奴隷たちを連れ、王都の中心部――城へ向かっていた。
「急いで! 私から離れないで!」
彼女は振り返る。
奴隷たちはすでに疲労困憊だった。
それでも――
誰一人として足を止めなかった。
なぜなら、分かっていたからだ。
ここで止まれば――
もう二度と、歩き出すことはできない。
やがて――
彼らは城へ続く道へ辿り着いた。
しかし次の瞬間――
大量の衛兵が、すでにその場へ集結していた。
奴隷たちの姿を見た貴族たちは、露骨な嫌悪感を浮かべる。
「なんだ、あれは?」
「奴隷だと? なぜ奴らがここまで来ている?」
「城に近づくなど……!」
一人の貴族が冷たく手を上げる。
「全員、処分しろ。」
しかし――
衛兵たちは、すぐには動かなかった。
その中の一人が、アイヴェルの身に纏ったマントを見つめる。
そして――
その顔色が変わった。
「待て……あのマント……」
「背中の飛竜の紋章……!」
「まさか……あの女、飛竜騎士団の一員か?!」
周囲の衛兵たちが一斉に緊張する。
「飛竜騎士団だと?!」
「国王から命令が出ている!」
銃口が一斉にアイヴェルへ向けられた。
「飛竜騎士団の一員なら、最優先で――」
「待って!」
アイヴェルがすぐに一歩前へ出る。
「私たちは戦うために来たんじゃない!」
彼女は目の前の貴族を見つめる。
「この人たちは……ただ、生きたいだけなの!」
「この人たちを通して! 私は――」
「黙れ!!」
一人の衛兵が怒鳴り、彼女の言葉を遮った。
「国王の命令はすでに下っている!」
「殺せ!!」
その瞬間――
「お姉ちゃん……」
小さく、か細い声が響いた。
隣にいた少女が、アイヴェルの服の裾を掴む。
アイヴェルはゆっくりと彼女を見下ろした。
少女は恐怖に震えながら、顔を上げる。
「私たち……何か悪いことをしたの……?」
その瞬間――
「撃て!!」
バン! バン! バン!
冷たい銃弾が一斉に放たれた。
「うわああああ!!」
奴隷たちが次々と倒れていく。
アイヴェルは咄嗟に両腕を掲げた。
巨大な機械の腕へと変形し、無数の銃弾を防ぐ。
だが――
目の前に鮮血が飛び散った瞬間。
アイヴェルの瞳が、僅かに震えた。
「ははははは!」
それでも貴族たちは笑い続けている。
「所詮、卑しい奴隷だ!」
「城まで逃げ込んでくるとはな!」
「汚らわしい!」
「全員殺せ! 一人も残すな!」
アイヴェルは俯いた。
自分のすぐ隣に倒れている人々を見る。
そして――
高い場所から他人の命を虫けらのように扱う貴族たちを見る。
彼女は、目の前の光景を見つめた。
『あの人たちは……』
『昨日……いや、もっと前までは……』
『ただ壁の外で暮らしていた普通の人たちだったのかもしれない』
『自分の家があって……』
『自分の友達がいて……』
『きっと……』
『明日は何を食べようとか……』
『家族は今日、元気にしているだろうかとか……』
『明日の朝、目が覚めたら……何をしようとか……』
『そんな……平凡な日々を……』
『何も悪くない、普通の生活を……』
『ただ、生きていられればいい』
『大切な人と一緒にいられれば、それでいい』
『それだけで……よかったはずなのに……!』
『なのに……』
『この国の制度によって……』
『あの競技場によって……』
『そして、高い場所にいる者たちが……見て見ぬふりを選んだことで……』
『彼らがもともと持っていた生活は……』
『少しずつ……奪われていった!』
『そして最後には……』
『「奴隷」という名前を与えられた……』
『何か罪を犯したからじゃない』
『何か悪いことをしたからでもない』
『ただ……』
『生きたかっただけなのに!』
『ただ、生きたかっただけなのに……』
そして今――
彼らは、ようやくここまで逃げてきた。
それなのに――
言葉を交わすことすらできないまま、殺された。
「撃つな!」
一人の衛兵が叫んだ。
その瞬間――
彼女は、ようやく理解した。
「……そういうことなんだ……」
アイヴェルはゆっくりと顔を上げる。
その瞳から、温度が消えていく。
「あなたたちは……」
アイヴェルが低い声で呟く。
兵士たちは再び銃を構える。
アイヴェルはゆっくりと顔を上げた。
そして、兵士たちを見つめる。
「あなたたちは……この人たちが誰なのか知ってるの?」
誰も答えない。
「この人たちが……何をしたのか知ってる?」
それでも、誰も答えない。
アイヴェルの両腕と髪が変形していく。
無数の電磁砲へと姿を変える。
「何も知らないくせに!」
そして――
砲身にエネルギーが集まり始める。
「壁の外から来たから!」
バチッ……
「奴隷の服を着ているから!」
彼女の髪と両腕が、ゆっくりと持ち上がる。
バチバチバチッ……!
強烈なエネルギーが砲身へと集中していく。
アイヴェルの声が、次第に震え始める。
「だから……」
「あなたたちは……」
「この人たちが生きるか死ぬかを、簡単に決めていいの?」
「……」
誰も答えない。
衛兵たちは、それでも銃を構え続けている。
だが――
誰一人として引き金を引こうとはしなかった。
彼らも分かっていた。
目の前にいる女は、飛竜騎士団の一員。
そして――
その電磁砲は、すでにエネルギーを蓄え始めている。
「武器を下ろせ!」
一人の衛兵が、苦しそうに叫んだ。
「俺たちは……お前と戦いたくない!」
「だったら、この人たちを通して!」
アイヴェルは一歩も引かない。
「それはできない!」
「だったら……私に撃たせないで!」
「それ以上、前に来るな!」
両者は、その場で睨み合った。
銃口はアイヴェルと、その背後にいる奴隷たちへ向けられている。
そして――
アイヴェルの砲身も、目の前へ向けられていた。
誰か一人が先に動けば――
ここは一瞬で戦場になる。
その一方で――
貴族たちが次第に慌て始める。
「おい……! 何をしている?!」
「早く殺せ!」
「そいつは反逆者だぞ!」
「黙れ!!」
一人の衛兵が、勢いよく振り返る。
「お前たちは全員、下がれ!」
「なんだと?! なんという無礼な……!」
「攻撃範囲が近すぎる!」
「今、撃てば……」
衛兵の視線が、アイヴェルの背後にいる人々へ向けられる。
「俺たちも死ぬ!」
貴族たちは、言葉を失った。
そしてアイヴェルは、ただ冷たい目で彼らを見つめる。
「……分かった?」
「あなたたちが今、恐れているのは……」
「私じゃない。」
彼女は貴族たちを見据える。
「あなたたち自身が作り出したものよ。」
一陣の風が吹き抜ける。
街には、エネルギーが蓄積される音だけが響いていた。
誰も、一歩も前へ出ようとはしない。
その時――
遠くから突然――
ドォォォン————!!
全員が一斉に振り返る。
別の通りから、巨大な煙が立ち上っていた。
続いて――
ドォォン————!!
地面までもが大きく揺れる。
アイヴェルは、その方向を見つめる。
「……レノ……」
衛兵たちの表情も、この瞬間にさらに険しくなった。
なぜなら――
分かっていたからだ。
あの化け物が――
ここへ近づいてきている。
⸻
(壁の内側――王都の別の通り)
ドォォォン————!!
雷光がワットドを激しく撃ち抜く。
『電光衝撃!』
無数の雷光が一斉に炸裂する。
しかし――
煙が晴れる。
ワットドは、依然としてその場に立っていた。
その龍鱗には――
傷一つついていない。
「くそっ!」
レノが勢いよく着地する。
バチバチバチッ……!
雷光が全身から激しく迸る。
「こいつの防御力……一体どうなってるんだ……!」
ワットドが龍の爪を振り上げる。
ドォン!!
レノは咄嗟に横へ飛び退いた。
龍の爪が地面を激しく叩き割る。
レノは歯を食いしばった。
「これ以上、ここで戦い続けるわけにはいかない……」
周囲を見渡す。
建物は次々と崩れ落ちている。
街はすでに見る影もない。
そして、さらに遠くでは――
大勢の人々が逃げ続けている。
「こいつを……壁の外へ追い出さないと!」
レノは再び雷光を爆発させる。
「うおおおおおお!!」
シュン————!!
黄色い雷光が、ワットドへ向かって一直線に突っ込んでいく!
ドン! ドン! ドォォン!!
雷撃が次々と龍鱗を打ち付ける。
しかし――
やはり、何の効果もない。
「まだ……駄目なのか……!」
レノは歯を食いしばる。
「くそおおお!」
再び力を集中させる。
「雷――」
その言葉を言い終える前に――
ワットドの姿が消えた。
「な――」
ドォン————!!
巨大な龍の爪が、レノを真正面から叩き飛ばした!
「ぐああああああ!!」
レノの身体が砲弾のように吹き飛ぶ。
ドン! ドン! ドォォン!!
いくつもの建物を次々と突き破り――
最後には街路へと叩き落とされた。
ワットドがゆっくりと飛んでくる。
そして――
その目には、もう先ほどまでの試すような色はなかった。
「ここまでだ。」
巨大な炎が、ワットドの口の中で激しく渦巻く。
灼熱の光が、一瞬にして街全体を照らし出す。
レノは必死に身体を起こす。
「くっ……げほっ……!」
口元の血を拭う。
だが――
両足は、もう震えていた。
「くそ……身体が……動かない……」
ワットドが大きく口を開く。
「消えろ!」
ドォォォォォ————!!!
凄まじい炎が、一気に放たれた!
レノの瞳孔が大きく開く。
「まずい……!」
咄嗟に両腕を上げる。
雷光が激しく集まり始める。
その炎がレノを飲み込もうとした――
その瞬間。
ドォォォォン————!!!
赤い影が、横から猛然と飛び込んできた!
「うおおおおおおお!!」
ドォォォォン————!!!
凄まじい炎が一気に爆発する。
ワットドが放った炎を――
真正面から押し返した!
「何っ?!」
ワットドが驚愕に目を見開く。
次の瞬間――
ドォン!!
エンが砲弾のようにワットドへ突っ込んだ。
そして――
灼熱の炎拳を、ワットドの顔面へ叩き込む!
「どけええええ!!」
ドォォォン————!!!
ワットドの巨大な身体が、一気に吹き飛んだ!
いくつもの建物を破壊しながら飛んでいき――
最後には街の奥へと激しく叩きつけられた!
「……」
レノは呆然と目の前の人物を見つめる。
赤い炎が、エンの全身を激しく包んでいる。
頭には、鬼の角。
「エ……エン?!」
エンは振り返らない。
ただ、淡々と口を開く。
「お前……一体何やってんだよ?」
レノは呆気に取られる。
「え?」
エンがようやく振り返る。
そして――
全身傷だらけで、服までボロボロになったレノを見る。
「なんでこんなボロボロになってんだよ?」
「はぁ?! 好きでこうなったわけじゃないだろ!」
レノの口元が引きつる。
「まったく……今さら聞くのかよ……」
「そうだな!」
エンは素直に頷いた。
「じゃあ、聞かなかったことにする!」
「……」
レノは数秒間、沈黙した。
「お前……相変わらずだな……」
エンはニッと笑った。
しかし――
次の瞬間。
その笑顔が、ゆっくりと消えていく。
赤い炎は、依然として全身を包んでいる。
「でも……」
エンは遠くのワットドを見る。
「あいつ……手強いんだろ?」
レノの表情も、再び険しくなる。
「ああ……」
「俺の雷じゃ……あの龍鱗には、ほとんど効かない……」
エンは自分の拳を見る。
「俺の攻撃でも……ずっと押さえ込めるとは限らない。」
短い沈黙。
二人は同時に――
自分たちの身体に残る鬼化へと目を向ける。
赤と黄色の力が、身体の奥から絶えず溢れ出している。
エンが眉を寄せる。
「なあ……お前、鬼化してからどれくらい経ってる?」
レノは黙り込む。
「分からない……」
そして――
「でも、はっきり分かる……」
「もう……これ以上、長引かせるわけにはいかない!」
「魔鬼の意識が……少しずつ近づいてきてる……」
エンは拳を握り締める。
炎が一気に燃え上がる。
「このまま続けてたら……俺たち二人とも、持たないな……」
レノはゆっくりと顔を上げる。
「だから……」
「魔鬼に自我を完全に奪われる前に――」
「こいつを倒す!」
二人は同時に、遠くを見つめた。
⸻
ドォォォン……!
ワットドが瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
そして――
巨大な両翼を大きく広げた。
しかし――
その顔に怒りはなかった。
むしろ――
興奮した笑みを浮かべている。
「はは……」
「はははははは……!」
ワットドは龍の爪を伸ばし、二人をじっと見つめる。
「なるほど……もう一人来たか!」
ワットドの瞳が、次第に輝きを増していく。
「特等素材だ……!」
そして――
「さあ……じっくり見せてもらおう。」
「お前たちが……一体どこまでやれるのかをな!」
⸻
能力設定補充
魔鬼能力の使用者が鬼化すると、身体能力と保有する能力がさらに強化される。
しかし、その力を過度に使用すると、魔鬼の意識によって人間の意識が徐々に奪われていく。
最終的には、人間としての意識と生命を失い、完全鬼化した怪物へと変貌する。
第十話、最後まで読んでいただきありがとうございました!
ついに物語も第十話まで来ました。
今回は、王都の中へと舞台が移り、アイヴェルを中心に物語が大きく動く回になりました。
特に今回のアイヴェルの場面は、これまで積み重ねてきた「壁の外」の出来事が、ついに「壁の内側」にいる人々の前へ突きつけられる瞬間として描いています。
そして後半では、レノとエンが再び合流しました!
二人とも鬼化による力を引き出していますが、その代償も少しずつ見え始めています。
これから二人がどう戦うのか、そしてワットドが言う「特等素材」とは一体何なのか。
ぜひ次回も楽しみにしていてください!
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
これからも『人間煉獄』をよろしくお願いします!




