S.S ニヤの特別な一日
ウチには家族がいた、両親にオニィとオネェ、妹と弟の七人家族だった。
ウチが八歳の時に村が魔物に襲われて、家族と離れ離れになり一人になってしまった。
それから家族には会えないでいる。
だけどウチは信じてる。
両親も、オニィとオネェ、妹と弟もみんな生きているって!
「ニヤ〜! お買い物いこー」
「はーい、今行くニャ!」
◯◯◯
「お願いします! お兄ちゃんが死にそうなんです!」
「お兄ちゃんを助けて!」
見た感じ十三、四歳の獣人の兄妹が、冒険者ギルドの受付でしきりにリリアを困らせていた。
ポーションでは治せない、悪性の虫に噛まれ赤星病に罹った兄を救って欲しいという依頼だ。
勿論、兄を救いたい兄妹の必死の願いは分かる。
が、赤星病といえば毒が全身に回るまでの時間制限があり、耐性のある別の虫を生きたまま捕まえてくる必要がある。
冒険者に依頼をするならばそれなりの依頼料というものが掛かる、のだが……。
二人の子供が、染料に染まった傷だらけの指先でトレーに硬貨を重ねる。
それを目にしたリリアには、依頼を断る事が出来なかった。
子供達が去った後、何か依頼がないかと入ってきたあかりとニヤの二人。
リリアが申し訳なさそうに二人に相談すると。
困っている子供は放っておけないと、快諾して依頼を受けてくれた。
子供達が家へと戻り、兄の看病をする姉の元へ。
苦しそうに寝ている兄の汗を拭きながら、そっと足に掛かった布団を捲る。
足首には赤いポツポツ……これが全身に広がり、そして全てが消えたときに命を落とすと言われている。
「オニィ、大丈夫だよね? 助かるよね?!」
心配そうに兄の顔を覗き込む兄妹。
『赤星病』
特効薬になるのは、赤星病の原因になる赤虫の天敵になる赤星クモの毒液。
毒液といっても、赤虫の毒を無効化する効果がある。
◯◯◯
特効薬を探して森に入ったあかりとニヤ。
「話しを聞いて思わず依頼を受けちゃったけど、赤星クモってやっぱりクモだよね?」
依頼書と一緒に貰ったメモを広げるニヤ。
「どこをどう見てもクモだニャ!」
苦手すぎて絵もマトモに見られない二人。
名前の通り、腹に大きな赤星模様があるのが特徴なので見つけたらすぐに分かるのだが。
「ひいぃー、クモ!!」
「ニャー! クモ、クモ、クモ!!」
クモに怯えすぎて崖から落ちそうになったり、藪に突っ込んで頭をクモの巣だらけにするなど……。
あかりとニヤが必死で苦手なクモを相手に奮闘している間にも。
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「ミヤちゃん、お兄さんの具合はどう?」
冒険者ギルドのリリアが、仕事終わりに依頼を受けて貰えたと伝えにきていた。
「リリアさん! 赤いポツポツがどんどん広がってるの! 大丈夫かな!? タクは助かる?」
姉のミヤが不安そうな顔でリリアに縋る。
赤い斑点は、足首から太もも辺りにまで広がっていた。
「刺されたのが心臓の遠くで良かった、これが胸や背中だったらあっという間に全身に回っていた所よ。大丈夫よ! これなら後二日は持つ。
今、この街で一番の冒険者さんに依頼受けて貰ったから、すぐに見つけて持って来てくれるわ」
それを聞いて少しホッとした表情を見せる兄妹。
「リクくんも、リヤちゃんも大丈夫! お兄さんはきっと助かるよ」
二人の頭を撫でてあげながら、あかりとニヤの顔を思い浮かべ祈るしかないリリアだった。
(あかりさん、お願いします!)
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「ニヤ! もう少し奥に行ってみよう」
「そうだニャ」
ガサガサと、手に持った枝で藪を突いて進む二人。
一生懸命に赤星クモを探しているうちに、クモが苦手だった事など気にならなくなっていた。
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依頼を受けて貰えた安心と、あと二日は持つというリリアの言葉に安堵したリクが、依頼を受けてくれた冒険者がどんな人かと聞いてきた。
「二人とも女性でね。あかりさんとニヤさんという冒険者さんよ。
あかりさんは最近この街にやってきたのだけど。
ほら、古い洋館があったでしょ? あそこの主にも認められた凄い人なの。
ニヤさんは、十年くらい前に魔物に襲われた村の生き残りだって救われてきた子。
ずっと一人だったけど、今はあかりさんと一緒に楽しそうに冒険者をしているの」
リリアの話しを聞いて、姉のミヤの顔が青くなり、替えのタオルを持つ手が小刻みに震え始めた。
(ニヤ? 魔物に襲われた村の生き残り?)
ミヤの様子にリリアが気付いて声を掛けようとしたその時――
「リリア!! 見つけて来たニャ!!」
家の扉が開きニヤが駆け込んできた! その手に赤い星を持つ赤星クモを持って。
赤星クモの毒液を薄めて作った特効薬を、兄の口に少しずつ流し込む。
苦しげだったタクの呼吸が徐々に……ゆっくりと落ち着いていく。
暫くすると汗が引き、赤い斑点の広がりが止まったように見えた。
ふと、意識がまだ朦朧としたタクの口から声が漏れる。
「……ニヤ」
弱々しい、けれど確かに聞き覚えのある声がベッドから漏れた。
ニヤの体が、びくりと凍りついた。
そして背後からも、懐かしい人の声が……。
「ニヤ……なの?」
ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、幼い頃に大好きだった姉の顔。
歳月を経て少し大人びた、でもあの頃と変わらない優しい瞳の――
「ミヤ……ネェ?」
ニヤの指から、カランと細い枝が落ちた。
床板に当たる乾いた音が、狭い部屋に響く。
ミヤの目が大きく見開かれ、唇が震えた。
「……ニヤ? ニヤなの……? 本物の、ニヤ……?!」
二人は同時に手を伸ばし、指先が触れ合った。
冷たい、けれど確かにある存在。
ミヤが一歩踏み出し、ニヤの小さな手を両手で包み込む。
じっと、じっと顔を見つめ合う二人。
十年以上の空白を埋めるように、瞳の奥を覗き込む。
「間違いない……ニヤだ……声も、目も、耳の形も……私の、ニヤだ……!」
ミヤの声が、涙で歪んだ。
ニヤの喉が、ぐっと詰まる。
目頭が熱くなり、視界が一瞬でぼやけた。
「ミヤネェ……! ミヤネェなの!? 生きて……生きてたの……!?」
ニヤの声が、子供のように裏返った。
そして次の瞬間、二人は強く抱き合っていた。
ミヤの腕がニヤの背中に回り、まるで二度と離さないと誓うように力を込める。
ニヤも必死に姉の胸に顔を埋め、猫耳がぴくぴくと震えながら、姉の匂いを吸い込んだ。
あの頃と同じ、優しい石鹸と少し汗の混じった家族の匂い。
「うわああああ……! ミヤネェ……ミヤネェぇ……!」
ニヤの泣き声が、部屋中に響いた。
堰を切ったように大粒の涙が溢れ、ミヤの服をびしょ濡れにする。
ミヤも声を殺せずに泣きながら、ニヤの頭を何度も撫で、背中をさすった。
「ニヤ……ごめんね、ごめんね……ずっと探してたの……村が襲われて、あなたがいなくなってから……毎日、毎日夢に見てた……!」
「ウチも……ウチも信じてた! みんな生きてるって……! 会いたかった……ずっと、ずっと会いたかったニャ……!」
二人は床にへたり込みながら、離れることなく抱き合ったまま泣き続けた。
十年分の想いが、言葉にならない嗚咽となって溢れ出す。
その光景を、ベッドの上で薄目を開けたタクが、呆然と見つめていた。
「……ニヤ……?」
ニヤがハッと顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で兄の方を見た。
「オニィ……!? この人……タクオニィなの!?」
ミヤが、涙を拭いながら何度も頷く。
「そう……あなたがお兄ちゃんの命を助けてくれたの。ニヤが……私の大切な妹が、奇跡みたいに……」
ニヤは再び大声で泣きながら、今度はベッドに駆け寄り、タクの手に自分の小さな手を重ねた。
ベッドの兄と泣き合う二人を、心細げな顔で見つめる二人の兄妹。
気付いたミヤが涙を拭きながら、二人に向き合う。
「あ、ごめんね。ほら、ニヤお姉ちゃんだよ! いつも話していたあなた達のもう一人のお姉ちゃん!」
二人も、始めはボンヤリしていたが次第に状況が理解できたのか顔に笑顔が湧いてきて。
「「ニヤお姉ちゃん!?」」
二人の声がハモる。
ニヤの涙はもう止まらない、三人で抱き合うと座り込んでしまった。
「あの、ニヤのお姉さん?」
私は、そっとミヤさんに近寄り声を掛ける。
ミヤさんも、私を見てハッと背筋を伸ばした。
「あの! 依頼料! 二人が持っていたのでは全然足りませんよね?! 今は持ち合わせがありませんが、必ず必要なだけお支払いしますから!」
私は、慌てて手を振ってそれを断る。
「いえいえ、ニヤの家族に依頼料なんて貰えません。最初に貰っている分もお返ししたい位ですから……。
それよりも……私も以前、ニヤから家族の事を聞いて、いつか探しに行きたいと思っていたんです。
それが、こんなに近くにいらしてただなんて……もっと早くに探していれば、もっと早くに出会えてたのに」
狭い家の中で、私の目にはこの兄妹達しか映っていない……ご両親は……きっと、もう……。
「あの……」
「ミヤーーーー!! タクが大変だって!!!!!?」
その時、家の扉を大きく開けて、大柄な獣人の男性が飛び込んできた。
続いて女性が背中にぶつかるように入ってくる。
二人は部屋の光景を見て凍りつき――次にニヤの姿を捉えた瞬間、顔を歪めた。
「……ニヤなのか?」
父親の声が、掠れた。
母親は言葉もなく、ただ震える足で近づいてきてニヤを力いっぱい抱き締めた。
父親もその背中に覆い被さるように腕を回す。
家族六人――いや、ニヤを含めて七人が、狭い部屋の中で一つに重なり大泣き。
ニヤの猫耳が、両親の胸の間でぴくぴくと震え続けていました。
ご両親は健在でした、たまたま離れた町に畑の手伝いに出ていて話しを知らず。
冒険者ギルドに報告に戻ると、息子さんが大変だと聞いて大急ぎで戻ったという事。
息子を助けてくれてありがとう、娘を守ってくれてありがとうと大いに感謝され、私まで抱き締められる始末。
リリアさんも事情を知って大泣きしていました。
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数日後、回復したお兄さんに会ったニヤがまた大泣きするシーンがありましたが。
それは、幸せそうな笑い泣きの笑顔でした。
ニヤの家族が生きていたなんて。
しかも同じ街に住んでいたなんて、私が以前散歩中に出会った二人がニヤの兄妹だったというオマケ付きで。
ご両親に、私の家で一緒に住みませんか? と聞いたのだけれど、ニヤはあかりさんのパーティだから良いけれど。
私達は今まで通りこの家に住みます、と言って譲らなかった。
なので――
「おーいニヤ! こっち焼けたぞー!」
「聞こえてるから大きな声出すなニャ!」
ここは、私達の屋敷がある裏庭。
現在はニヤの両親の家をスリリンの収納を使って移動させ、この裏庭に住んでいる。
「ほらニヤ、汁こぼしたよ」
「まだまだ子供だなあ」
「ウチはもう十七ニャ!」
これなら毎日会えるし、楽しい家族と一緒でニヤも幸せだし。
私もニヤの笑顔が見られて幸せだからこれでいいよね。
未回収伏線の回収話になります。
楽しんで頂けると嬉しいです。




