三十八話 魔王城
スリリンに案内されて、最後の旅の目的地「魔王城」を目指す。
魔王城は北の山脈の奥深く、誰も立ち入れない険しい山の頂上に位置していた。
周囲は厚い雲に覆われて、時折落ちる雷雲からの光が人を寄せ付けないようにしている。
「以前は、ドラゴンさんに運んで貰ってたんだけどね」
スリリンが魔王城にいた頃は、外に出る時はドラゴンに運んで貰っていたという事。
今回は、荒れ果てた山道や脆い山場を恐る恐る歩きながら頂上にある魔王城を目指して歩いた。
そして、山麓の途中にある魔王城へと通じる洞穴まで到着する。
「ここからは雷や落石は心配ないからね、時々イタズラするネズミが出るけれど」
ネズミと聞いてニヤがピクリと反応する。
やっぱりそこは猫の性質なのか?
暗い洞窟内を、ルリリアの光魔法で照らしながら歩く。
光のお陰かネズミは出ないでいてくれた、見なくて良いものは見たくないよね。
洞窟を暫く歩いていると、途中から足音が変わった。
硬い地面の音から、整えられた石床の音。
「ここから魔王城だよ」
足元ばかり見ていた顔を上へと上げる。
洞窟だと思っていた通路が突然広くなり、整えられた壁と装飾が施された柱が並ぶ。まるでヨーロッパにある中世のお城みたいだ。
石床の通路を進んで階段を登り、角を曲がって階段を下り、突き当たりを曲がるとまた階段。
何度かクネクネとそんな事を繰り返していると。
不意に曲がった先の部屋が突然広くなっていた。
「この奥が玉座、魔王の部屋だよ」
奥の扉、私の背丈よりもずっと高くて大きな扉。一人では開けなかったので、三人で押してやっと開いた。
誰もいないガランとした空間、周囲を囲む柱は剛健でかつ柔らかな装飾がされ。
真ん中にある玉座と、左右に並ぶ四対の椅子もそれぞれが独自のデザインがなされてとても洗練されていた。
魔王は意外とセンスが良かったの?
「寝室はこの奥だよ」
そしていよいよ待望の魔王の寝室。
朽ちた教会で見つけた日記に記された、完成された魔王の寝室。それが、ついに見られると思うと心拍数が上がり手汗を握る。
◯◯◯
七大罪の一人「色欲」のアリシアは魔王フミン・フミンを愛していた。
教会に呪われて、四百年間不眠に悩まされていた魔王を何とか眠れるようにと、寝具になる材料を探し回ったのは他ならぬアリシアだった。
魔王の為なら何でもしてあげたい。
魔王は私達を愛してくれている。本当は私だけを愛して欲しかったが、七大罪と言われる自分達を愛してくれるだけでも満足だった。
今は、勇者に倒されたフミン・フミンの魔石を守る、護り主として魔王城に籠っている。
不眠の呪いで眠る事は出来なかったが、石化する事で破壊衝動は抑えられている。どころか、不眠の呪いも魔王を守り切れたかった代償のお仕置きだと思えば、体の芯がゾクゾクしてご褒美にも思えていた。
そんな魔王城に侵入者が現れた。
百年……二人だけの私と魔王だけの蜜月に、邪魔をするのは誰だ。
◯◯◯
私は魔王城の最奥、魔王の寝室へと足を踏み入れた。
とても広い部屋の奥に、天蓋を持つベッドがひとつ。
天井から明かり取りの光が差し込み、まるで天上のような姿を見せていた。
「きれい」
思わず声が出る。
真っ黒な木材のベッドに真っ白な天蓋と布団のコントラスト、魔王の寝具だというのに神々しさも感じられる……
一歩一歩近寄ってゆくと、ベッドのすぐ脇にある置物が目に入った。
「ドラ……ゴン」
ベッドを優しく守るようにその体で囲み、目を閉じて眠っているような姿のドラゴン……近寄って触ってみると、表面はとても硬くて石像のようだった。
「作り物?」
その時、ルリリアが何かに気付き魔王のベッドへと近付いた。
そっと手を伸ばしソレに触れようとする。
ブワッ!!
『触れるな!!』
頭に響く叫びと共に、物凄い怒りと威圧が湧き上がり同時に突風が吹き、私達は部屋の入り口まで吹き飛ばされた。
さっきまで石像だと思ったドラゴンの目が開き、金色の瞳がコチラを睨んでいる。
怒りを含んだ威圧が部屋を渦巻いて、ベッドの天蓋が激しく揺れる。
ヨロヨロと起き上がったルリリアが、グレイの瞳で石像を睨んで叫んだ。
「まだ生きていたのか、魔王の腹心、愛妾の『色欲』」
『やはりな……魔王の眠りを妨げる邪教が、百年経ってもまだ邪魔をするか!』
金色の瞳がグレイの瞳と交差する。
「すでに死に損ないのトカゲ風情が、その魔石を大人しく渡せ!」
まるでルリリアとは思えない声がその姿から絞り出されている。地の底から響くような低い唸り声……
そして、いつか見た夜の様にルリリアの体から黒いモヤが立ち上がってきた。
漏れ出るモヤの量が増え、ルリリアがその場にうずくまる。
『ふん、憑かれておるのか』
ゴッという音と共にドラゴンの息吹きがルリリアを襲う。
「ゥゥヴヴヴーーッ!」
ルリリアの物とは思えない干からびた喉を引き裂くような声の叫びが聞こえたかと思うと。ルリリアの体から真っ黒な霧が切り離された。
糸が切れたようにその場に倒れるルリリアの体。
『その魔力、覚えているぞ。ユメリア教大司教フミンフキュめ、よもや五百年越しで我々の命を狙ってくるか!』
何々!? 何がどうなっているの?
私とニヤが訳もわからずアタフタしていると。
金色の瞳がコチラを睨みながら叫んだ。
『ふんっ! 白々しい、そこの小娘どももフミンフキュと示し合わせて我を倒しにきたのであろう! 百年前のあの小僧のように!』
百年前の小僧?
大司教フミンフキュ?
ユメリア教?
「あかり様、お願いします。あの亡霊をユメリア教大司教フミンフキュを倒してください。
フミンフキュは最初に魔王に不眠の呪いを掛けた張本人です。四百年もの間、呪いを送る内に魔王は力を失い、あの者は呪いによって不死となり歴代大司教に乗り移っては魔王を呪い続けていたのです」
「今代の大司教が倒れた後、何故か私がフミンフキュに乗り移られ、魔王城を探す為に誘導させられてきました。私は、体を乗っ取られていましたが心の中で全てを見ていました!」
「フミンフキュは既に狂っています。魔王だけでなくこの世界を不眠に陥れる為に魔王の魔石を狙っているのです! 奴こそが真の魔王なのです!」
ニヤに抱き抱えられたルリリアは、それだけ叫ぶと気を失ってしまった。
「ドラゴンさん、あなたの怒りも最もです! 私も大切な仲間をこんなにされて黙っていられません。まずはコイツを始末しちゃいましょう!」
私は聖剣を持ってフミンフキュへと立ち向かった。
「フハハハハ――」
見下した様に笑うフミンフキュ。
「そんなものは効かん、四百年も呪いを溜め込んだワシに、聖剣なぞハナも効かんわ」
私の怒りは頂点に達し、抑えようのない思いが、これまでの辛い思いの全てがお腹の中でグルグル回っていた。
「煩い!! 不眠の呪い!? 眠れない辛さがお前に分かるか! フミンフミンが四百年も呪われて眠れずにいた辛さ! 死んでからも不眠の呪いを掛けられて、満足に死ねないなんて! お前に人の睡眠を妨げる資格はない!!」
その思いがこもった一振りが、フミンフキュに変化をもたらした。
「何!?」
聖剣の力で僅かに削がれるフミンフキュの体。
ヤァッ!
剣をひと振りする度に、黒い霧が僅かに削られる。
「えええぃこざかしい! フンッ!!」
フミンフキュの黒い体が突然大きくなり。
黒い霧が部屋全体を覆い、渦を巻きながら私達を襲った。
「キャア」「ルリリア!」
吹き飛ばされそうになるのを、石像のドラゴンにしがみついて守る。
『キャアアアーーー!』
バキバキバキバキッ!!
頭に響いたドラゴンの叫び声と、何かが破壊される音。
「魔王のベッドが!!」
あろう事か、フミンフキュの攻撃で完成された最上の快眠の寝具が壊れてしまっている。
「きさまぁー! まだ私が使わせて貰っていないのに、何するんだー!!」
『私が魔王様の為に命を賭けて集めた寝具。フミンフキュ、よもやその体、チリ一つ残らないと覚悟しなさい!』
私とドラゴンの怒りがシンクロした!
聖剣と体に、新しい力が湧いてくる。
グッと聖剣を握り直すと、金色の瞳のドラゴンに頷いて、一気にフミンフキュを倒しに掛かる。
「消えろお!!」
渾身の一振りはフミンフキュの体を二つに裂き、背後の壁に大きな亀裂を入れた――
「効かない!?」
「フハハハハハハ、効かんなあ」
分かれた体が霧に戻り、また一つに纏まる。
「お返しだ!」
フミンフキュの黒い霧が質量を持ち、私の体を弾き飛ばす。
ドガッ!
「――!」
ニヤとルリリアが隠れている所まで弾き飛ばされて止まる。
「あかり! 大丈夫ニャ?!」
ニヤが私を引き寄せて、今だに渦巻いている黒い霧から守ってくれる。
「あかりさん、あの時の瓶です――」
薄っすらと目を開けたルリリアが、私のマジックバッグを指差して言う。
「瓶?」
「クラーケンの宝……箱」
「――あれか!」
動かない私達を見て、勝ち誇ったように声を上げるフミンフキュ。
「グハハハ、お前たちはそこであのトカゲと魔石が砕かれるの大人しく見ておくのだな――」
フミンフキュの黒い霧が、石像になったドラゴンとベッドから落ちて転がっている魔石を狙って動き出す。
「まてフミンフキュ! お前の行き先はこっちよ!!」
フミンフキュの前に立ち塞がり、私は手に持った瓶の蓋を開けた。
とたんに巻き上がる白い渦、凄まじい風が私達を襲う。
「えっ?! 何か間違えた?」
私が手にしていたのは、南の港街でクラーケンから貰った宝箱に入っていた聖印の付いた瓶。
スリーピー・ホロウの時と同じ、亡霊を封じる瓶だと思ったのだけれど……
「……カレは……カレは何処にいるの……ワタシの男を返せ……返せ!!!!!」
その瓶は西の街で聞いた伝承の、男を失って狂った精霊を封じた物だった。
「何故彼を隠す! お前達も彼と私を引き裂くのか!」
白い霧の渦が私達を囲み、その突風が肌を刺す。
「違っ……私達は……」
『その男はここにいるぞ!』
その時、石像のドラゴンが白い霧に向かって黒い霧を男だと叫んだ。
「ぁあ――ソコにいた! 私の愛おしい人、もう離しませんよ」
フミンフキュ以外、ここに居るのは全員女だものね。
男の気配はフミンフキュのみ。
白い霧は、黒い霧を捕まえようと追いかける。逃げるフミンフキュだったが、白い霧の方が強く黒い霧を取り込み始めた。
「あぁ――愛しい人」
私はもう一度瓶を開き、白い霧に呼びかける。
「あなた達が二人きりで過ごす場所はここよ!」
白い霧と黒い霧が、お互いに螺旋を描きながら瓶へと吸い込まれる。
「ふふふふふふふふ――」
「離せ! 離せぇ――」
完全に吸い込まれた事を確認し、瓶の蓋をしっかり閉めてフミンフキュを閉じ込めた。
『そこの娘よ、その瓶をコチラに』
ドラゴンに言われ、フミンフキュを封印した瓶を渡す。
「えっ!?」
と、思う間もなくドラゴンが瓶を飲み込んでしまった。
『娘よ、これでフミンフキュは私の体から抜け出せぬ限り永久に封じ込めた。手伝って貰ったこと礼を言うぞ』
「いえいえ、封印できたのでしたら良かった」
「アリシアは元に戻れないの?」
私がドラゴンの石像と会話をしていると、スリリンがやってきて石像に話しかける。
『お主、エタスか?』
「そうだよ! アリシアは元の姿に戻れないの?」
石像になってはいるが、その金色の瞳だけはしっかりとスリリンを見ていた。
『――この姿になったお陰で、不眠の衝動を抑える事ができている。それに、元に戻るには竜の逆鱗が必要だが、それを手に入れる事は不可能だ』
それ――!
「持ってるよ! エシュ爺からアリシアに渡してくれって預かってきた!」
『エシュ爺……エシュ爺は逝ったのか……』
「たまたま、旅先で出会って最後の別れに会う事が出来ました」
私が、エンシェント・ドラゴンとの最後の話しを説明して。預かっていた『逆鱗』をスリリンへと渡す。
「これで、戻れる?」
スリリンが、石像のドラゴンに逆鱗を押し当てると。
逆鱗がふわりと形を変えて、虹色に輝きながらドラゴンの全身を包み込む。
そして、ゆっくりと逆鱗が触れたところから、石だった体が元の姿へと戻っていった。




