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三十七話 家族

 広く、厳かな空間。一人の男が、その背丈よりも大きな存在に優しく友愛を持った声で呼びかけ、肌に触れ最後の言葉をかけてゆく。


「憤怒、いろいろ付き合わせて悪かったね、お前に一番辛い思いをさせるかも知れないけれど、我慢してくれ。今まで付き合ってくれてありがとう」

 

「傲慢、君のおかげで助けられた事がたくさんあった、本当にありがとう」

 

「暴食、たくさん美味しい物を教えてくれてありがとう。お陰でこの世界も楽しめたよ、ありがとう」

 

「嫉妬、強欲への嫉妬は程々にね、怠惰が寂しそうだったよ」

 

「怠惰、嫉妬と仲良くね」

 

「強欲、君のおかげでこの国を強い国にする事が出来た、ありがとう」

 

「色欲は……? どこに行った?」


「魔王よ、色欲ならエターナル・ドラゴンの所だろう、貴様が来ると聞いて出て行ってたからな」

 

「ありがとう憤怒、あとで行ってくるよ」


 男は一人一人に挨拶を終えると、玉座の前に戻り皆を振り返る。


「では、最後の命令を下す! お前達七つの大竜は、この国を出て人を避け秘して過ごせ! 今後の俺の声は幻とし、絶対に出てきてはならぬ!」


「「ゴガァァアアアアアアアア!!!」」


 六匹の竜の咆哮が一つに纏まり、魔王城の玉座の間に悲しい叫びとして響き渡った。


 そして次々と窓から飛び去ってゆくドラゴン達。


 その日、あらゆる場所でドラゴンが目撃され人々は魔王の最後の争いだと恐怖し眠れない夜を過ごすのだった。


 ・

 ・

 ・


「エシュ爺、貴方は行ってくれないのですね」


 白銀の肌を持つ老竜が、ゆっくりと首を上げ部屋に現れた男を見下ろす。


「魔王か、ワシはもう歳じゃ。この地でゆっくりと最後を見届けさせて貰う」


「アリシアも……」


 エシュ爺ことエンシェント・ドラゴンの腕には、娘がひとり、目を腫らして眠っていた。


「先ほどまでワンワンと泣いておったわ。この子はお前の事を好いておる。追い払うなどすれは、それこそ大地を破壊しかねんぞ」


「分かっています。幸い色欲は人化を成し得ました、僕の呪いが溢れても、彼女への影響は少ないでしょう。ただ、勇者との闘いの間はアリシアを守って頂けませんか、よろしくお願いします」


 魔王と呼ばれた男がエンシェント・ドラゴンへ頭を下げる。


「間も無く勇者がこの城に到着します。あなた達は見つからない場所に隠れていて下さい」


 そう言うと、魔王は眠っている娘の頬に回復魔法を掛け、玉座の間へと戻って行った。


 ・

 ・

 ・


「よく来たな勇者! 一人で来た事は褒めてやる。が、この魔王城が貴様の墓場となるだろう!」


「吠えるな魔王! 俺はお前を倒し! 国へともどる!」


「ウォオオオオオオオーー!」

「ハァアアアアアアアーー!」


 二人の剣の衝撃、魔法の奔流が魔王城を震わせ、空に不気味な雲を渦巻かせること三日――


 遂に勝負の時が訪れた。


「これで最後だ魔王!」


 勇者の聖剣が魔王の心臓を貫く。


 二人の顔が目の前まで近寄り、お互いの瞳にそれぞれの顔が映る。


 憎しみに狂った、狂気の顔。


 慈愛に満ちた、優しい顔。


「よく、やった……勇者」


 魔王の口から途切れ途切れに溢れた言葉を、よく理解できなかった勇者だったが。


 その体から光が溢れて、ある魔法陣が発生した事でこの後に起こる事態を把握する。


「キサマ! 呪いを国中にばら撒く気か!?」


「そうだ、お前達人間が俺を呪った四百年分の不眠の呪い。そっくりそのままこの国に返してやろう! さあ、お前達は何年眠れない夜を過ごす事になるだろうな!」


「くそッ!」


 勇者は慌てて魔王の体から剣を抜き、聖剣に魔力を込めて魔法陣の発動を止めようとするが、発動してしまった魔法陣を止める事は出来ずに遂に呪いが爆発した瞬間――


 目の前が真っ白な空間に代わり、白銀の長い髪で優しく微笑む女神が二人の体を優しく包み込んでいた。


「女神ユメリア?」

「女神が何故ここに?」


「もう良いのです。魔王フミン・フミン、貴方はゆっくりお眠りなさい。そして勇者、今後この地は私の聖地とします。誰もこの地に立ち入らせてはなりません」


 そう二人に言い聞かせると、今度は女神の足元が黒く変わり始めた。


「女神! キサマ私の呪いを全て受け止めたな!?」


「?!」


 女神は何事もないように優しく微笑んだ。


「大丈夫です。私は暫くこもりますが、必ず復活致します。それよりも魔王、貴方は四百年間苦しみ耐え続けました。もう苦しむことは終わったのです。ゆっくりお休みなさい」


 そう言って魔王の瞼をそっと閉じる。


 魔王の体はキラキラと輝き、最後には魔石だけを残して消えてしまった。


 魔石を拾おうとする勇者。


「おやめなさい、その魔石に触れる事は許しません。

 魔石が無くとも、貴方が魔王を倒した事は事実。これを王に話し、先ほどの私の言葉を伝えるのです」


 勇者は魔石を拾う事を止めると、くるりと向きを変え魔王城を出て行った。


 女神が魔石を拾い上げて胸に抱く。


「フミン・フミン……愛しい子。貴方の眠りを妨げる者はもう居ません、心ゆくまでお眠りなさい」


 真っ白だった姿が黒く染まってしまった女神。立ち去った勇者の後から現れたのはエンシェント・ドラゴンと人の姿をした色欲だった。


「魔王は!?」


 女神の側に駆け寄る色欲。


 女神がそっと色欲に魔王の魔石を渡すと、色欲はガクリと膝を崩し魔石を抱いたまま泣き続けた。


「女神様のそのお姿は?」


 エンシェント・ドラゴンが、姿の変わった女神を見て思わず問う。


「魔王がその身に受けていた不眠の呪いを全て受け止めました。私はこの呪いに対抗する為暫く籠ります。私の眷属であるあなた方にも呪いの影響が出るでしょう。この国を出て遠く離れるか、竜脈のある場所に行き身を潜めるのです」


 女神はそう二人に伝え、そして姿を消した。


 ◯◯◯


「その後、女神ユメリアを信仰するユメリア教は、不眠の呪いを受けると迫害され。ドミトール教が台頭しこの国の宗教を握る事になったのは皆が知る話しだよね」


 宿屋の部屋で、エンシェント・ドラゴンに聞かされた魔王と勇者の最後の話しを皆に話し終わる。


 静まり返った室内。


 ドミトール教のシスターであるルリリアは、ギュッとスカートの裾を握りしめ肩を震わせている。


 ニヤは誰を想うのか、そっと頬を濡らし。


 ティフィは静かにお茶を淹れ始めた。


 全員がティフィの淹れたお茶を飲み落ち着いた頃。


「次の目的地だけど……」


 私が手にしているのはエンシェント・ドラゴンに託された逆鱗。これを孫娘に渡して欲しいと言われたのだけれど。


「スリリン、その孫娘って何処にいるの?」


 スリリンがテーブルに上がって、私の手から逆鱗を受け取ると。


「孫娘は、話しにあった七つの大竜のひとり『色欲』だよ」


「って事は? 彼女がいるのは……」


「それはもちろん、魔王の眠る『魔王城』さ」


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