三十六話 ドラゴン
ガラガラッ!
足場が脆くなった岩場を歩いて、やっと顎の根元まで辿り着いた。
「ふーっ」
額の汗を拭き取り、眼下に迫る火口を眺める。
真っ白な湯気に遮られているけれど、時折見える火口にはエメラルドグリーンの水が溜まっていた。
「今度はアソコまで降りるのね」
私が見ているのは、そのエメラルドグリーンに見える池のそば、今も一匹のスライムが入って行った火口の割れ目だった。
「あかりお姉ちゃん大丈夫?」
スリリンが心配してくれるけれど、火山ガスは私のスキル『各種耐性能力』が防いでくれる。火口の熱は、スリリンが私の体を包んでくれる事で遮ってくれていた。
「大丈夫だよ! 穴まであと少し、頑張ろう」
やっとの思いで割れ目まで辿り着き、そっと割れ目を覗き込む。
「深そうだね」だね――だね――
人が二人並んで通れるくらいの幅のトンネルに、私の声がこだまする。
何故かほんわりと光っているトンネルを、スリリンと一緒に降りてゆくと。二十分くらい歩いた所で広くなった場所に出た。
体育館くらいの広さだけれど、何も無いガランとした空間。スライムも居ないし、どこに集まっているのだろうと思っているとスリリンがさらに奥の方を指差す。
私が立っている反対側にまた穴が開いており、スライム達はそこに入って行ったようだ。
念のため腰の剣を確認して、ゆっくりと隣の穴に入ってゆく。
『よく来たな、エタス』
突然、頭の中に直接響く声が聞こえた。
「やっぱり、エシュ爺だ」
暗かった部屋に目が慣れて、スリリンが返事をした相手のシルエットがハッキリと見えてくる。
『一緒にきた人間も、ここは温度が調節してある。それを外しても大丈夫じゃぞ』
言われて、包んで貰っていたスリリンが元に戻る。そして、少しだけ明るくなる室内。
目の前にハッキリと現れたのは、全身が白銀色のとても高貴な雰囲気をしたドラゴン。ただ、その皮膚は艶を失い、お年寄りの皮膚のように皺寄っていた。
そして、下半身には大量のスライムがその体に取り付いて、今まさにシュウシュウと音を立てて体を溶かしている。
『それもお主じゃったのか。居るのは分かっておったが、スライムで熱を防ぐ為に着ておるとは思わなかったぞ』
「エシュ爺、久しぶり。僕たちを呼んだという事は……もう?」
『そうじゃな、もう間も無くじゃ。それにしても、お主にも会えるとは思っておらなんだぞ』
「あかりお姉ちゃんと一緒に旅をしていたんだ」
呼ばれて、ドラゴンの瞳が一瞬私を捉える。
『その者が、お主の今の主人なのだな?』
「うん! 大好きなあかりお姉ちゃん! スリリンって名前も貰ったんだよ」
『そうか、今のお主の名はスリリンか』
もう一度、視線が私を捉えた。
『あかり殿、最後にエタス……スリリンに会わせてくれて感謝する。礼を……と言いたいが、既に亡くなる身。この後、この身が朽ちたら魔石を持って行くが良い』
「そんな――」
『その代わり頼みがある。コレをある場所に持って行って欲しい。そこにいるワシの孫娘に、この逆鱗を渡してはくれぬか』
そう言うと、ドラゴンは自力で胸の前にある逆鱗を抜いて、私の方へと差し出した。
「ある場所って?」
私は、逆鱗を受け取りながら尋ねた。
『それは、スリリンが知っておる』
スリリンを見ると、コクリと頷き跳ねている。
『これは、依頼料だと思って持ってゆけ』
そう言ってドラゴンが首を振ると、今度はツノが降って落ちてきた。
慌ててその場を離れると、見た目より軽い感じの乾いた音が洞窟内に響き渡る。ツノへと近寄ると、私の身長ほどあるツノが二本、白く輝いていた。
手に持ってみると思った以上に軽い。
「必ずお渡し致します」
エンシェント・ドラゴンに礼をして離れる。
いつの間にか、スライム達はドラゴンの首の辺りにまでやって来ていた。下半身はもう骨だけになり、それもスライムが溶かしている。
『そろそろワシも朽ちる。魔石は忘れずに持って行けよ』
そう言うと、ドラゴンの瞳から光が消え、大きな音と共にその首が落ちてきた。
ドズーーン!
勢いで散らばったスライムが、ドラゴンの頭部に集まってくる。
気がつくと、私の足元にはとても綺麗なエンシェント・ドラゴンの魔石が転がっていた。
ツノと魔石を両手に抱きしめて、エンシェント・ドラゴンだった亡骸に別れを告げた。
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宿屋へと帰りつき、起こった出来事を皆んなに話す。
旅館の人には、スライムは二、三日で戻ってくると説明して、それまで泊まらせてもらう事にした。
宿屋の部屋で、さっきは話せなかった話を皆に聞かせる。
エンシェント・ドラゴンがいて、ある物を渡して欲しいと預かった。
報酬として、エンシェント・ドラゴンのツノを貰った。
スライムが消えたのは、エンシェント・ドラゴンの最後を迎えるため。
最後に、エンシェント・ドラゴンの魔石も貰った。
ここまででもお腹いっぱいなのだけど……
エンシェント・ドラゴンから、魔王と勇者の知られざる話しまで聞かされていたのだ。
◯◯◯
いよいよ勇者が魔王城に攻めてくるとなったその日。
魔王は我々を呼び集め、勇者が来る前にこの国から出て好きな場所へ行けと命じたのじゃ。
魔王は、長年呪われてきた不眠の呪いを全て人間に送り返すつもりじゃった。その為には自分の命を犠牲にしなければならかったが、四百年も苦しめられた辛さを思えば簡単な判断だったのじゃろう。
それを伝える魔王の顔は、実に晴々としておった。
そして不眠は我々ドラゴンにも相性が悪かった。ドラゴンはその体を維持する為に睡眠が重要で、少しでも眠りの邪魔をされると機嫌が悪くなり暴れるのじゃ。
元々、魔王に降り注ぐ不眠の呪いも奴は弾く事も出来たのじゃ。しかし、そうすると弾かれた呪いは魔王の周囲にいる我々や配下の魔物に降りかかる。
するとどうなる――不眠に怒ったドラゴンが暴れて街を破壊し人々を殺す。さすれば人間の国の王は怒り、この魔王の国に争いを仕掛けてくるじゃろう。
そんな事態にならないためにも、魔王は全ての呪いを受け止め続けたのじゃ。
魔王亡き後。
ワシはこの『竜の顎』の竜脈に籠る事で自我が狂う事を防いだ。
しかしそれは、竜脈があるから抑えられるというものではなく。時折襲う破壊衝動、全てを破壊しろという本能の衝動を抑えるのは、己れの精神を破壊するものじゃった。
長く生きたワシじゃからこそ耐えられた試練。百年以上続いたこの試練が、最近ふと軽くなった事に気が付いたのじゃ。
『何が起こった?』
ワシは考えた……長年衝動に耐え続けついにボケたのか?
いや、この僅かに感じるこの感覚は――女神の力が戻ってきたのじゃ。
女神の不眠の呪いが弱まり、眷属に対する不眠の影響も弱まってきた。
しかし一体何故? 僅か百年程で弱まる様な呪いでは無かったはずじゃ。
久しぶりに起き上がり、己の体を見た。
白銀だった肌の色は掠れ、張りを失い、皮膚も弱々しくなっておった。
そして悟ったのじゃ、自分の寿命が尽きようとしている事に。
なのでワシは、竜種に伝わる秘術でスライムを呼び集めた。スライムに己の体を吸収させてこの世にドラゴンの素材を残させない様にするため。
そして、集まってきたスライムの中に懐かしい匂いを感じたのじゃ。それは、魔王軍最弱の参謀で魔王軍のマスコット、エタス。
懐かしさに声を掛けると、エタスは新しい主人を得て、名前もスリリンと名乗っておった。
そしてワシは、エタスとその主人に最後の望みを託したのじゃ。
◯◯◯
「スライムが消えてた理由はこうゆう事ね」
私がマジックバッグから出したオヤツを皆で摘みながら、ニヤが首を傾げる。
「魔王は七大竜を従える恐怖の王だという伝説とは、ちょっとイメージ違うニャ?」
「不眠の呪いは敢えて受け取っていたと?」
「エンシェント・ドラゴンの話しだとそうなるね」
ルリリアがテーブルに前のめりになり「話しはそれだけですか?」と話しの先を促す。
私は、深呼吸をすると大きく息を吐いてから話しの続きを始めた。
「ここからは今回の件とは違う。百年前に起こった悲劇のお話しになるけれど――」




