三十五話 温泉
ウーエストの街を出て二十日が過ぎた頃、私たちはオーランドの街へ戻っていた。以前この街を出てから約二ヶ月が過ぎている、この辺りは暖かい地域だと聞いていたけれど、さすがに朝晩が冷んやりしてきたね。
もし移動中の宿泊が野宿だったとしたら、また眠れない夜になっていたのかも知れない。スリリンがいて屋敷で眠れる環境があって良かった。
「ちょっと寄っただけだから、すぐに東に向けて出発するし」
オーランドの街中を歩いていたら、たまたまお昼に出ていたリリアに見つかって冒険者ギルドに連れ込まれた。
「お前達、何処へ行っていたんだ……」
ギルド長から詰め寄られて、南のサーウスと西のウーエストでの出来事を話した。
ついでに、シーサーペントの魔石とゴールド・グースの魔石を買取りして貰う。
「魔王城の伝説は俺も知っちゃいるが、話しの元がそんな事だったなんてな」
「いや、それは私の想像であって、本当かどうか分かりませんよ?!」
ギルド長が私の話しを聞いて何故か納得しているけれど、いやいや本当に何で納得しちゃっているんですか!?
リリアさんまでウンウンと頷いているし!
「で、次は東のドラゴンをぶっ倒しに行くわけか」
「東には行くけれどドラゴンは倒しません! てか倒せないでしょう」
リリアさんが小声で(ドラゴンの素材と魔石はギルドに持ってきて下さいね)なんて呟いている。
魔石を売った報酬を受け取り、旅の路銀を補充した後は防具屋のおじさんに装備の点検をして貰う間だけこの街に泊まって次へと進む事にした。
街に泊まるのは、元々屋敷があった土地に屋敷を出して快適な寝室で眠るのだけれど。
晩ご飯は昼の憩い亭に行って、ウーエストの街で出会ったマルコさんとミルビーナさんの話しで盛り上がった。
「予定より長く居たけれど、そろそろ出発しますか」
昼の憩い亭のご飯が美味しすぎて五日ほど滞在してしまった私達は、お弁当をたくさん作って貰い次の旅に出る事にした。
「帰ったら、面白い話しを聞かせてくれ」
「お土産、期待して待っていますね」
ギルド長とリリアさんの期待が重い。まあ、帰りを待ってくれる人がいるってのは嬉しいかな。
という事で、今度こそ本当に東の街を目指しますか!
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オーウェンの街から東に向かって歩くと、山がチラホラと見える。左手の遠方には山並みが続きそれが北の山脈の始まりとなる。東の『竜の顎』と呼ばれる火山はここからではまだ見えない。
「時々、噴煙を上げ、その時に聞こえる音がドラゴンの咆哮にも聞こえるからそう名付けられたそうですよ」
ルリリアの説明を聞きながら、その麓の街「イストー」までを歩く。
林業が盛んだという村や街を通り過ぎて、ひとつの尾根を登り切った向こうにイストーの街が見えた。
「見えたニャ!」
ひときわ目立つ山を除くと、小高い山々に囲まれた台地にはモクモクと煙を吐いている家がポツポツと見える。
昔、観光のパンフレットでみた湯布院の景色を思い出した。
「あの煙の所は温泉があるのかな?」
ニヤは温泉と言う言葉に首を捻っているが、ルリリアが感心したように説明してくれる。
「温泉というのは、地下から湧き出たお湯を溜めて湯浴みをが出来る場所です。本来湯浴みは贅沢なものですが、ここでは湧き出るお湯で贅沢な湯浴みが出来るそうですよ」
「それは凄いニャ!」
「今夜はせっかくだから温泉に入れる宿に泊まりましょう」
山を降りて、麓の村へと入ってゆく。
「これは……何というか」
「上から見ると小さくて分かりませんでしたが、どれもこれも立派な宿屋ばかりですね」
そう、上から見てた煙の出ている建物は全て宿屋。しかも、敷地も広くてまるで高級旅館の様子を示していた。
「うわー、どこも高そう」
「どこでもいいニャ! 早く入るニャ!」
「あ、ちょっとニヤ!」
私とルリリアがその外観から二の足を踏んでいた宿屋にニヤが入ってゆく。
「「「いらっしゃいませ!!」」」
ズラリと並んだ仲居さんが頭を下げて挨拶すると。
さすがのニヤも入る店を間違えたと、引きつった顔でこちらを振り向いた。
「あかり……」
「仕方ない、あの。予約していないのですが、四人部屋空いてますか?」
予約していないの言葉に、並んでいた仲居さんたちの顔が少し強張る。
……やっぱり難しいかな。
そう思っていたら、奥から女の人が出てきた。
「お客様、せっかくいらして頂いたのですが。
実は、露天風呂が今朝から利用出来なくなっておりまして。宿泊されていたお客様にもご迷惑をお掛けしていた所なのです。
大変申し訳ありませんが、ご宿泊はお断りさせて頂いております」
そう言って女の人が頭を上げる。
確かに、さっきから受付っぽい場所では数人のお客だと思われる人と揉めていた。
「あの? お風呂が使えない理由を聞いても良いですか?」
「女将!!」
その時、外から入ってきた男の人が慌てて女性の側に駆け寄り、何か耳打ちをした。ってこの人が女将なのか。
「まぁ、他の旅館もなのですか!?」
男の人の耳打ちを聞いて、女将が思わず声を上げた。
「他の旅館も?」
そして私のお節介も顔を出す。
「いえ、失礼致しました。この男はこの旅館の番頭なのですが、今朝の事を他の旅館にも訊ねて貰った所。ウチだけでなく他の旅館も同じ状況になっているという話しだったのです」
「その……さっきも聞きましたが、お風呂が使えない理由って何ですか?」
女将さんが番頭さんと顔を見合わせる。番頭さんがコクリと頷くと。
「源泉の湯元と、排水の施設にいたスライムが消えてしまったのです」
ここでも、スライムがお湯をキレイにする為に使われていたのだけれど、その施設にいたスライムが今朝になって全ていなくなってしまったとの事。
(スリリン、何か分かる?)
フードの中にいるスリリンにコッソリと聞いてみる。
(あの山から僕たちを呼んでいる声がする。僕はまだ耐えられるけど、他のスライムは呼ばれて全員行っちゃったみたい)
そう言って指差したのは、この街を見下ろす様に立つ『竜の顎』と呼ばれる火山だった。
「竜の顎に行かれるのですか!? あそこは年中噴煙が出て危ない煙が溜まっているのですよ! 普通の人が行ける場所ではありません」
スリリンを従魔だと説明して部屋に通して貰い、先ほどの話しをするとこんな反応になっていた。
確かに噴煙の出ている火山には、火山ガスというのが溜まって人体にも危険だと言われているけれど、多分私は大丈夫だと思うんだよね。
問題があるとしたら熱さくらいかな?
反対するニヤやティフィの心配も、スリリンがいるから大丈夫だと押し切り山へと向かう事にした私。
「三人とも心配しないで大丈夫だから、ちょっと調べてすぐに帰ってくるからね」
そう三人に伝えて山に入る。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
「スリリン、本当の所どうなの?」
山道を登りながら、さっきからずっと黙っているスリリンに我慢し切れず声をかける。
「……あかりお姉ちゃん、あの山の……火口の奥に僕らを呼んでいる人がいる。正確には人では無いのだけれど、その人が僕らを呼ぶのは、その人の終わりが近いから。終わってしまった後に、この世に何も残さない為に僕らを呼んでいるんだ」
ジッと目前に聳える山、『竜の顎』を見上げる。
「で、その人は何なの?」
暫く黙っていたスリリンだったけれど……
「この国で、最長老のドラゴン……エンシェント・ドラゴンのエシュ爺」




