三十三話 西の街
「街が見えてきたニャ」
先頭を歩くニヤが指差す先に街の城壁が見えてきた。こっちは少し高台になっているので、距離的には十kmくらい、あと二時間程で着けるだろう。
それにしても。王国随一の耕作地帯だと聞いただけあって、ここまで歩く間もずっと麦畑や野菜の畑が続いていた。
「あの街でも美味しい料理が食べられると良いね」
ニヤの顔を見ながら微笑むと、ニヤがちょっとだけ眉をひそめる。
「野菜づくしはお断りニャ、お肉が食べたいニャ」
そうだったね。ここに着く前の町で食べた食事が、新鮮な野菜を売りにするお店だったから、お肉より野菜メインだったものね。
「ニヤは野菜ももう少し食べて下さい」
ティフィからも突っ込みが入る。
「ウチは野菜よりお肉、たまにお魚が好きニャ!」
「ふふふふふ、もうニヤったら」
可愛らしい会話に一人でニヨニヨしていると、ルリリアから変な目線を向けられた。
「さ、さぁ。もう少しで街だよ、今夜は宿に泊まるからね」
外では屋敷、街では宿屋、このローテーションにも皆慣れたようで今日は誰と誰が同じ部屋になるかと相談しながら街まで歩く。
・
・
・
宿屋へと入り荷物を下ろしたら、明日からは聞き取りを始める。その前に宿屋の夕食を食べながら、ちょっと良い追加メニューを頼んだら宿の人がニコニコしながら教えてくれた。
「『賢者の塔』ね、毎年何人か聞いてくる人はいるけれど、この街の者で見た事ある人はいないよ。何故この街にあると噂されているのかも不思議なもんだよ」
教えて貰った内容は、他の誰に聞いても同じ話しで追加メニューを頼むまでも無かった。
食事を終えて部屋に戻る。
今日の部屋割りは私とニヤ、ルリリアとティフィに分かれていた。
「ニヤと一緒に眠るのなんて、スリーピー・ホロウを探して『囁きの森』に入って以来じゃない?」
「そうニャ。あの時はスリーピー・ホロウに眠らされた後、スリーピー・ウッドに襲われてシオシオになってしまう所だったニャ」
「親のスリーピー・ウッドは結構素早くて苦戦したものね、あの時ニヤが一緒に戦ってくれて凄く心強かった。背中を任せられる相棒って感じられて嬉しかったよ」
私の言葉を聞いて、ニヤの背筋がピッと伸びる。けれど尻尾はゆらりと揺れて恥ずかしそうにしている。
「そ、そんな風に言って貰えると嬉しいニャ。あかりとはずっと一緒、ずっと一緒のバディニャ」
ベッドに腰掛けていたニヤが、スススッと横に並ぶと尻尾を私の膝に乗せてきて「触る?」と上目遣いに聞いてきた。
私は、叫んでしまいたい衝動を抑え。いけない扉を開けてしまわないように、心を無にしながらニヤの尻尾を堪能させて貰いました。
その夜、スリリンのマットレスと羽毛布団、枕にシーツと六時間の快眠アイテムを揃えてニヤと一緒に布団に入っていた。
キッチリ六時間で目が覚めて、隣で寝ているニヤを見る。
ニヤは可愛らしい寝顔でスースーと寝息を立てて寝ていたが、急に苦しそうな顔になり寝言を叫びだした。
「おニィ、おネェ、何処行ったニャ?! ニヤはここに居るよ。ちゃんと約束通り待ってたよ」
驚いてニヤを起こそうとしたけれど、よく見るとニヤは眠っているだけだ。
「ユメ? ニヤが夢を見ているの?」
ニヤの様子をよく観察してみる。閉じた瞼の下で眼球がグルグル動いてる。心拍数も僅かに増えてるね。
「うん、やっぱり夢を見ているよね」
でも何故?
たしか、トリドール教の祈りを受けたら眠れるけれど夢は見ないんじゃなかったけ?
快眠アイテムは女神ユメリアが受けた不眠の呪いを解くアイテム。この国ユメリア教徒は皆不眠に悩まされて、それを救ったドルミール教に改宗。
眠れるようになった代わりに夢を見ない。じゃなかったけ?
以前にもニヤは、私の布団が快適で眠れる――という話しはしていたけれど、夢を見たなんて話しは聞かなかった。
何で夢を見るようになったのだろう?
眠る環境?
今夜は宿に泊まっているので、使ってる快眠アイテムは六時分。集まった快適睡眠アイテムは羽毛布団が追加されて、合計が九時間になった。
昨晩は夢枕に駄女神が立って、呪いの話もしてたけど……
ニヤの手を握って暫くすると、寝息が落ち着いてきたので私だけそっと布団を出る。
「おはようございます」
宿屋の一階に降りてゆくと、食堂の準備をしていた店の人が「食事はもう少ししてからですよ」と断ってきたので「少し散歩してきます」と言って宿を出た。
宿の外は、明るくなったばかりの空が爽やかで風が少しだけ涼しくて気持ちがいい。
グッと背伸びをしてから、お日様の方へと歩いてみた。
街の通りはまだそこまで人も多くなく歩き易い。時々聞こえてくる街の音も生活を感じて心が温かくなる。
歩いていると、少し広場になっている場所に出た。
そこでは、街灯に梯子を掛けて何か星のモチーフをぶら下げているおじさんがいた。
「おはようございます。何をされているんですか?」
下から見上げながらおじさんに声を掛ける。
ジロリと私を見下ろすおじさん。
「街の外から来たのかい?、これは『星降り祭り』の準備をしているのさ」
「ほしふり祭り?」
「それを見に来たんじゃ無いのかい? 明後日の夕刻からこの街では『星降り祭り』が行われるのさ。大昔の習わしに従って街の人が星を降らせるんだ、あんたも参加してみるといいさ」
それから、おじさんに参加方法を聞いてから宿へと戻った。
宿に戻ると皆が食堂に集まっていたので、すぐに朝食になった。そして、さっき聞いてきたばかりの『星降り祭り』の話をする。
「何それ面白そうニャ!」
「どんなお祭りなのでしょう」
「見てみたい」
皆んなそれぞれ興味がありそうだ。
「何だいあなた達、それが目的じゃなかったのかね?」
宿の人が食事を運んできてそう話すと、祭りの詳細を教えてくれた。
◯◯◯
その昔、ひと組の男女が恋に落ちた。
二人は将来を誓い合い、両親に許しを請うためにお互いの家へと向かう。
そんな時、娘の弟が怪我をして重傷負った「このままでは傷口から腐って死んでしまうぞ!」
村にあった傷薬では足りず、医者も手の施しようがないと匙を投げかけたとき。
「街に行って薬を取ってくれば間に合うか?!」と、男が叫んだ。
「日の出までだ、日の出までに薬を持って帰って来れれば間に合うだろう」
男は必ず戻ってくると娘と約束して、街まで走った。
その村は山間にあり、街へ続く街道に出るまでも苦労するほどだったが、男は走った。
最悪なことに、その夜は新月だった。
月の明かりも照らさぬ真っ暗な夜道を走る。
土手を踏み外し崖から落ちたりもした。
打ちつけた体に我慢して街を目指す。
何とか街にたどり着き、医者を探して薬を貰おうとしても「もう遅い、明日の朝に出直してきな」と言われる。
男は病院の前で座り込んでお願いした。
頭を地面に擦り付けながら、額を真っ赤にし血を滲ませながら願った。
とうとう根負けした医者が「持ってゆけ」と薬を渡す。
男はフラフラになりながらも今度は村を目指して走った。
真っ暗な夜道。
気がつくと曲がる道を間違えたのか、見知らぬ場所を走っているのに気が付いた。
だが男の足は止まらない、止まれないのだ――
男は疲れ果て、この足を止めると二度と動かす事が出来ないと感じていた。
道を間違えていても尚、止められない歩み。
ほんの数歩先も見えない場所を進んでいる時、木の根に躓き転んでしまった男。
立ち上がろうにも力が入らない。
ピクリともしない足に、思わず涙が流れる。
が、その時手に持った鞄が目に入った。
この薬を村まで届けなければ。
フッと頭を上げると、見上げた方向に天まで登る光の筋が見えた。
「アレは!」
そう、あれは男が村を出る時に娘に頼んだ道しるべ。
「明かりを灯した凧を空に上げて、私を呼んでほしい」
その凧の光が夜空を照らしていたのだ。
細く、長く連なる凧の光が天空へと続く。
男は最後の力を振り絞り立ち上がると、足を動かした。
「足よ動け、動かしてあの娘の元へと帰るのだ」
男はもうそれだけを考えて、光の元へと進んだ。
夜が明ける前、薄っすらと東の山肌が明るくなり始めた頃。
ずっと村の入り口で立っていた娘の目に、あの男の姿が見えた。
「ああ! 貴方、良かった! 帰ってきてくれた!」
娘は、目の前で崩れ落ちる男を抱き寄せる。
男は鞄を持ち上げ「薬だ、これで弟も助かる」と娘に差し出した。
それを見て、俯き気味に首を振る娘。
気がつくと、服の袖にポツポツと黒いシミが――
「弟は、ほんの数刻前に天に召されました」
「何と!? では、あの凧は? お前がワシに間に合うようにと凧を上げたのでは無いのか?」
「凧?」と不思議そうに首を捻る娘。
「道しるべの凧じゃ! ワシが出発前にお願いしただろう」
娘は言われて気が付いたのか「弟が亡くなったショックで忘れておりました」と答えた。
「では、ワシが見たあれは何だったのじゃ?」
男が天を見上げ、娘も釣られて見上げると。
そこには、キラキラと輝く光がまるで塔のように村の上に立ち上がっておりました。
◯◯◯
と言う伝説を再現して、子供や若者の願いを込めて凧を上げる風習のお祭りが『星降り祭り』なのさ。




