二十八話 出発
「いってきます!」
リリアさんに防具屋のおじさん、ギルド長に見送られて私たちはオーランドの街を出た。
表向きはこの国を見て回りたいから。ギルド長やリリアさんからは裏の実情、貴族のちょっかいを避ける為に逃げ出していると認識され謝罪を受けた。
もし貴族に何か言われたら「街を出た、行き先は知らない」と伝えるように言ってある。
これで街に迷惑が掛かることもないでしょう。
ほんの数ヶ月だったけれど、見ず知らずの私を受け入れてくれたこの街の人たちには感謝している。
街を振り返り、頭を下げる。
「よし! さあ行こう!」
「あかり、これから何処に向かうニャ?」
畑の広がる街道を歩きながらニヤに聞かれ、うーんと空を見上げて考える。
あっ、あの雲なんだか魚に見える――
「魚!」
「「「えっ?!」」」と三人が同時に驚いた。
「魚が食べたい!」
「魚! いいニャ、ウチも食べたいニャ!」
ニヤも、魚というワードに飛びついた!
「なるほど、それでしたら向かうのは南の漁港の街『ポートドッグ』ですね」
うんうん。
南は確か、魚介類が豊富にある豊かな海なんだよね。新鮮な海の料理! いいねー、そこに行こう!
と、ウキウキしているとピタリとルリリアの足が止まった。
「ん? どうしたのルリリア?」
スッと歩いて来た方向を指差す。
「南はあちらです」
あーっ! 私達、何も考えず北門から出て真っ直ぐ歩いてたのね!
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「ふんふんふーん」
何事も無かったかのように南へ向かう街道を歩く。
あの後、そっと北門近くまで戻り街の外をぐるっと迂回して南の街道に入った私達は、それから半日ほど歩いていた。
「そろそろお昼にするニャ」
腹ペコのニヤのお腹が鳴ったので、この辺でお昼にする。
ギルド長からお詫びの品で貰った時間停止のマジックバッグから『昼の憩い亭』の食事を取り出す。
さすが時間停止付き、ほんとに出来たてのホカホカだ。
テーブルや椅子は、スリリンがお腹に収めてくれているのでそれを取り出して並べる。
ちなみに、一度食べ物も入れて貰ったのだけど「我慢できなかった」と全部消化されちゃたんだよね。
街道の脇の原っぱで、テーブルと椅子を広げて優雅にお昼を食べていると、行き交う人々がギョッとした顔で見ていくのが面白かった。
「美味しかったねー」
ルリリアもスリリンも大満足で、ティフィが淹れた食後のお茶を飲んでいる。
惜しむのは、この『昼の憩い亭』の食事が暫く食べられなくなるという事。
だって、王都で美味しいものを知っているルリリアでさえ『昼の憩い亭』の食事は別物ですって言うんだもの。
「港町『ポートドッグ』に着いたら、きっと美味しい食事が食べられるニャ!」
食べ終わったお皿を寂しそうに見ているのに気が付いたニヤが慰めてくれる。
「そうだね! また新しいお店を探そう! 海鮮〜おさかな〜、エビカニ〜、イカタコ〜、浜焼きバーベキュー!!」
歌っているうちに元気になってきた!
「そう言えば、その『ポートドッグ』って街まで何日くらい掛かるの?」
気軽に聞いた私がバカでした……
「そうですね、この人数でこのペースで歩いてならば十五日程でしょうか?」
十五日!? えっ?
ルリリアからの答えは、私の想定していた数倍の日数だった……
そうだよね、近くの村ですら三日とか移動するんだもんね。大きな街の移動となったらそれくらい掛かるよね。
ただ、ちょっとドドーンと疲れちゃったな。
自動車とか電車で移動していたのが懐かしい。
「あかり大丈夫ニャ?」
明るくなったり落ち込んだり、情緒不安定になっちゃってたね。
ニヤにも心配させてしまった。
「心配してくれてありがとうニヤ、ちょっと日数に驚いただけ。そんなに掛かるのなら、急がずゆっくり行きましょう」
食事の片付けを終えて、またポートドッグへ向けて歩き始める。
私達の旅は急がない、特に予定もないしゆっくり行きましょう。
◯◯◯
ふーっ。
「行ってしまったな……」
あかり達を見送ったギルド長が、冒険者ギルドまで戻ったところでため息を吐く。
「本当に、行かせてしまって良かったのでしょうか?」
ギルド長の後ろから着いてきていたリリアが、今回の件について問いかける。
「行かせたくはなかったさ。だが、あかり達に貴族の横槍が入ったとして、俺ではこれ以上庇う事は出来ん」
ギルド長として権限はあるとしても、王都にいる上位貴族からの追及を無視するには限界がある。あかりが街にいる間にその貴族が街にやってきて、あかりを呼び出した場合に拒否する事はほぼ不可能だろう。
だったら、あかりが街にいなければ「知らない」で済む。北に向かった様だから、南に行ったとでも適当に答えとけば良いだろう。
最悪、あのドルミール教のルリリアが付いているんだ、教会に問い合わせれば何処にいるのか分かる様になってる筈だ、そんな組織だからなアソコは……。
◯◯◯
「着いたぁ!」
歩き続けること十七日目、やっと『ポートドッグ』の街に到着しました!
「あれが海ニャ?」
「素敵な景色です」
海を初めて見るニヤ。
ティフィも初めて見る海に感動しているみたい。
街と海を見下ろせる丘の上からの眺望をしばらく静かに眺め、次にお腹が空いたというニヤの為に街へと下りていく。
街へ入る門に近づくと、何となく変な感じがした。ニヤも首を捻って周りを見てる。
「身分証を確認」
門番の人に、身分証である冒険者証を確認されて無事に街に入れたけれど。
「女だけの冒険者か……」
チラッとメンバーをみて呟かれたのだけれど、何だろう。
街の中を歩いていると、港町で賑わっていると聞いていたのに何となく静かな気がする。人通りも少ないし、漁とか終わった時間なのかな?
冒険者ギルドには寄らない、私達が何処にいるのが知らせない為だ。そして、門兵さんに聞いた宿へと直接向かう『昼の和み亭』何だか聞き馴染みのある宿の名前だねえ。
「こんにちは、四人なのですが部屋は空いてますか?」
宿に入り、中にいたお姉さまに声を掛ける。
「いらっしゃい。四人部屋は空いていないけど、二人部屋なら二部屋空いてるよ、隣同士だけれどどうするね?」
ニヤとルリリア、ティフィの顔を見ると問題ないと頷くのでそれで部屋をお願いした。
「夕食ももう食べられるから、荷物片付けたら降りておいで」
さっきから良い匂いが漂っていたんだよねー。ニヤの尻尾もピクピク反応していたし。
「じゃあ、大きな荷物を置いて汚れを落としたら下に集合ね」
部屋の割り当ては、私とルリリア、ニヤとティフィとに分かれて部屋に入る。
「やっぱりベッドのある部屋はいいねぇー」
私が靴を脱いで、桶の水で足を洗っていると。
「移動中もちょくちょくベッドで寝ていたじゃないですか……」とルリリアに突っ込まれる。
まあね……街までの移動中、夕方頃になると人目につき難い場所を探してスリリンから屋敷を出して貰い、全員屋敷のベッドで寝ていた。
私も、これだけ揃った快適睡眠アイテムがあるのに、使わないなんて考えられない!
「ルリリアも、野宿や虫のいる藁のベッドで眠るの嫌でしょ?」
これを言うと全員が納得するので、移動中はちょくちょくと言うか殆ど夜は屋敷に泊まっていたのだけれど。
「あかりー! ご飯にいくニャ!」
そんな話をしていると、扉の外からニヤが呼びかけてきた。腹ぺこニヤさんは我慢が出来ないようだ。
「お待たせ」
靴を履いて、貴重品だけ持って部屋を出る。といってもマジックバッグにほぼ入っているのだけれどね。
テーブルに案内されて席に座る。
「今日のお勧めは、蒸し鳥の野菜餡かけだよ。皮はパリッと焼いててあるから食べ応えもあるよ!」
「えっ鳥、魚は無いんですか?」
お姉さんの顔が一瞬くもる。
「いま、沖合にシーサーペントの群れが着いちゃってね。危険だからって漁にも出れなくて魚が入ってこないんだよ」
何と! ここまできて魚が食べられないのかー。
漁に出られないのは仕方が無いけれど、魚食べたかったな……
それでも、食堂にはいい匂いが漂っていたのでそのお勧めをお願いする。
恰幅の良いお姉さんがニコリと笑い、大きな声で厨房へ注文を伝えると、厨房の奥からも元気な声で返事が届いた。
「お待ちどおさま」
大きめの皿に乗った料理が並ぶ。付け合わせは酢漬けの野菜と薄切りになった黒パン、この餡かけの鳥をパンに挟んで食べるのだそうだ。
「「「「いただきます!!」」」」
「!!」「んニャ!?」「この味は!?」
美味しい! 美味しいのだけれど、その奥に広がる味わいに懐かしさが込み上げる……
「これは『昼の憩い亭』の味がしますね」
あの味に一番ハマっているルリリアが唸ると『昼の憩い亭』という言葉にお店のお姉さんが反応した。
「あなた達、ミルコの店を知っているのかい?」
ミルコと言うのは『昼の憩い亭』の厨房にいたご主人だったはず。
「ミルコさんの店って、オーランドの街の昼の憩い亭の事ですか?」
お姉さんの顔がパッと明るくなる。
「そうそう! 嬉しいねぇ! お嬢さん達オーランドから来たのかい、ミルコやアルビータは元気にしてるかね?」
どうやら、この店の厨房にいるマルコさんと、昼の憩い亭のミルコさんは兄弟だったらしい。一緒に料理の修行をしていたから同じ味がしたんだ!
それからお姉さんと暫くお喋りをして、久しぶりの昼の憩い亭の味を楽しんだ。
「いやー、美味しかったねえ」
部屋へと戻り、ルリリアも満足そうな笑顔でベッドに腰掛けている。
暫くは昼の憩い亭の味が食べられないと思っていたのに、まさか此処で同じ味が食べられるだなんて!
一番喜んだのはルリリアで、もちろん私達も大喜びだった。
あとは寝るのみ。
今日は宿に泊まるので快眠アイテムは枕と毛布とスリリンのマットレスのみだけど、これでも四時間も眠れる!
料理も美味しかったし、快眠アイテム様々だねえー。
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四時間後……きっちり目が覚めた。
隣で寝ているルリリアは、いつもの美しい顔で静かに寝息を立てて――
いえ、寝顔が違っていた。
ルリリアの額に汗が浮かび、眉が苦痛に歪む。唇が微かに動き、無言の言葉を紡いでいる。
フワリと彼女の体の上方に朧げなモヤが浮かび上がり、渦を巻いて二つの人影を作り出す。
一つは輝く白い光をまとったルリリア自身――純粋な聖女の意識。
もう一つは黒い霧のような影で、彼女と同じ顔を持ちながら、目が血のように赤く輝いていた。
「私から出てゆけ!」白いエレナが叫び、光の剣を振り上げる。
「ふふ、私はお前の一部だ。深く、暗いお前の本性だよ」黒いエレナが嘲笑い、闇の触手を伸ばす。
目の前で、二人は激しく戦っていた。光と闇がぶつかり合い、火花のような幻影が部屋に散る。白いルリリアは必死に剣を振るうが、黒いルリリアの動きは狡猾で、彼女の胸を抉るような攻撃を繰り返す。
最後に、黒いルリリアの剣が眠っているルリリアの胸に突き立てられ――
彼女の体がベッドの上でびくんと跳ね、苦悶の吐息を漏らした。




