二十話 呪い
翌日、焼け落ちた教会の調査を終えてから冒険者ギルドに戻る予定だった。
しかし、傷の回復が思わしくないカルさんを担ぎながらの移動は予想以上に重く、森の外に出るまでにさらに一日を要した。
ようやく森を抜け、無事な荷馬車の姿を見た瞬間、皆の顔にほっとした笑みが浮かんだ。
荷馬車での帰路。
私はニヤと御者台に座り、荷台には寝かされたカルさんと、それを見守るリルルラさん。
アルさんは後方警戒のため荷台に腰を下ろしていた。
ニヤが御者台から後ろの荷台に向かって声をかける。
「帰ったらどうするニャ?」
「アルとカルには暇を出します。街中の護衛なら二人でも十分ですが、森に入ると力不足だと痛いほどわかりましたから」
寝かされたカルさんの顔に、悔しげな表情が浮かぶ。アルさんはリルルラの顔をじっと見つめたが、リルルラは黙って首を横に振るだけだった。
「……」
「あのさっ!」
沈黙に耐えられなくなって口を開いたのは私。
「あの教会のユメリア教? あれってどうして消えてしまったの?」
ルリリアが、それもありましたねと言ってから話してくれた。
「ユメリア教は、この世界の創造神、女神ユメリアを祀る為に始まり。この世界の唯一の神でもあった」
「女神ユメリアが魔王を産み、この世界に呪いを振りまいたとも言われています」
「その呪いのせいで廃れたと言うのが定説です」
「じゃあ、ルリリア達のドルミール教はどうやって広まったの?」
「それは……」
「それについては私が説明致しましょう!」
それまでルリリアの話を黙って聞いていたカルさんが、目をキラキラさせ金髪を振りかざして間に入ってきた。
「よろしくお願いします」
「勇者が魔王を倒して百遊余年。最後の魔王の呪いを受けた女神ユメリアは、信徒達にその呪いを振り撒いておりました。
その呪いを取り除いたのが、我がドルミール教の始祖、聖女ドルミールなのです!!」
「聖女ドルミールは、その奇跡を持ってユメリア教の信徒達の呪いを取り去って回り、その奇跡を体感した信者が次々とドルミール教へと入信したのです」
「それから百年、ほぼユメリア教徒は居なくなり、この世界はドルミール教の教義で溢れる事になったのです!」
「へー、でユメリアの受けた呪いってのは何だったの?」
「……不眠です」
「!!」
女神ユメリアが魔王から受けたのは不眠の呪い。その呪いが信者に伝わり、一時この国のほぼ全ての人が不眠に悩まされたと言う。
そこに、不眠の呪いを解いてくれる聖女が現れたのだ、人々は飛びついただろう。あっという間にこの世界がドルミール教に染まったのも理解できる。
私は、仕様書で知っていた知識と、今聞いた話とを頭の中で比べていた。
いってみれば対抗する信仰の話だから、自分達の都合の良い方へ言い換えたりするわよね。まして百年以上前の話だとすれば、どこまでが本当かも怪しいし……
まあ、昨晩眠らずに夜を過ごした頭では、これ以上難しい事を考える事も出来ず。馬車はオーランドの街に無事着いたのでした。
そして――
「私をあかりとニヤのパーティーに入れて欲しいです!」
街に戻り、冒険者ギルドで帰還報告と依頼達成を済ませた後、ギルド長に呼ばれて顛末を話していると、リルルラからそんな提案が出た。
「街中の警護なら他の者でも可能です。でも森に入るとなると、教会騎士では役に立たないことがはっきりしました。私の目的を果たすためには、この二人の力が必要なのです」
目的とはもちろん、スリーピー・ホロウを見つけること。最初に感じた違和感はすっかり消え、リルルラは優しい笑みを浮かべていた。
私たちも、リルルラの火魔法に助けられた恩がある。加えて提示された依頼料が破格だったのも事実だ。結局、リルルラの依頼期間中だけパーティー参加を認めることにした。
これからしばらくは、私とニヤ、リルルラの三人で行動することになる。
そして――
「カチャリ」
テーブルに置かれた金属のプレート。
「今回の依頼完了で、ニヤはBランク、あかりはCランクに昇格だ」
ニヤは飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がり、ギルド長に抱きついた。
「本当ニャ!? 本当にBランクニャ!」
ニヤは憧れのBランクプレートを手に取り、目を輝かせている。
私も自分のプレートを手に取った。
「もう? 早すぎない?」
隣に立つリリアさんに尋ねると、オーク討伐の評価に加え、スリーピー・ホロウの魔石競売価格が予想以上に高かったのがランクアップの要因だったという。
「Cランクか……」
正直、ランクには興味が薄かったが、嬉しそうなニヤを見ていると、少しだけ良い気もした。
新しいプレートを手にギルド長の部屋を出る。
次に向かうのはティフィの待つ屋敷だったが――リルルラが「一緒に住みたい」と言い出した。
理由は、移動中に主に料理を担当していたニヤの味を気に入ったからだ。
リルルラはニヤを大絶賛したが、いたたまれなくなったニヤが「実は宿屋の料理をマジックバッグに入れて温め直してただけ」と白状してしまった。
「じゃあ宿に泊まれば?」とも思ったが、結局リルルラを連れて屋敷へ帰る羽目になった。
屋敷に着くと、リルルラは呆然と建物を見上げ、さらにティフィを見て目を丸くした。ティフィは最初こそ露骨に忌避していたが、説得の末、何とか普通に対応してくれるようになった。
夕食後、ティフィの手料理に大満足したリルルラがティフィをベタ褒めすると、気を良くしたティフィがお気に入りのお茶まで出してくれた。
お茶を飲みながらのくつろぎタイム。
「シルク・スパイダーの糸が手に入ったから、次は羽毛とスライム・ジェリーも欲しいわね」
「あかりさんが使う素材なら、シルク・スパイダーの糸は強度が高いので良かったです。羽毛は鳥系の魔物が活発になる季節がもう少し先ですし、スライムなら比較的手に入りやすいですよ」
前回の移動中にも聞いた話だが、改めて詳しく教えてもらい、話が弾んだ。
手に入れた素材はすべて寝具作りに使うと伝えると、リルルラが微笑んだ。
「あかりさんは、本当に眠ることがお好きなんですね」(私も、純粋な眠りを皆に与えられるようになりたい……)
ボソリと零れたその言葉は私の耳に届かず、ただ穏やかな笑顔だけが残った。
が……どこか作り物めいた笑顔に、少しだけ違和感を覚えた。
「リルルラ! 明日は宿の奥さんを紹介するニャ。あのご飯、とっても美味しいニャ!」
リルルラの顔がパッと明るくなる。
すると隣でティフィが意地悪く聞いた。
「私のご飯は美味しくないんですか?」
ニヤが慌ててティフィをフォローしつつリルルラに説明する姿が可愛くて、つい目の前で揺れていた尻尾に手を伸ばしてしまった。
「ンニャ!?」
……えっ、何この感触!? ふわふわで、すべすべで、柔らかくて。
ニヤが毎晩丁寧に洗ってブラッシングしているのは知っていたけど――
「あ……あ……やめ……ニャ。ふにゃあ……」
あまりの気持ちよさに夢中になってモニモニしていると、ニヤの目がトロンとしてきた。
「えっ、ニヤ大丈夫!?」
手を離すと、ニヤはスッと真顔に戻った。
「あかり、勝手に尻尾触るのはダメニャ! せめて一言言って欲しいニャ」
「……ニヤ、もう一回触らせて?」
ニヤは顔を真っ赤にして身構えたあと、ゆっくりと尻尾を私の前に差し出してくれた。
んふ〜、最高……! 私があまりに気持ちよさそうに触っていたせいで、その後ティフィとリルルラもニヤの尻尾を触りたがり、結局皆で幸せな笑顔になっていた。




