十九話 蜘蛛怖い
「ンニャーーーー!!」
聞こえてきたニヤの悲鳴に、私は大急ぎで聖堂へと戻った。
「ニヤ大丈夫!?」
聖堂へと入ると、ニヤがある一点を見つめて怯えている。
「あ……あそこ……に」
ニヤが指差した暗がりを見る。
部屋の隅、暗くなった場所をジッと見ていると、ポツポツと赤い光が動いているのが見えた。
「なに?」
その時、壊れた天井から差し込む月の火が暗闇を照らした。
その姿を見た途端――全身から脂汗が出て、ジンマシンが浮き出す。
ポツポツと赤く見えていたのは、小さな蜘蛛! 小さいといっても一匹が十センチくらいの大きさでそれがウゾウゾと集まっている!
ウヒィ! ワタシ、クモ、ダメ!
思わずカタコトになってしまうくらい蜘蛛は苦手!
ニヤも苦手だったらしく、私と一緒に手を握って固まっている。
「シルク・スパイダーの幼生ですね」
そこに、後から現れたリルルラが冷静に魔物を分析して説明する。
シルク・スパイダー?
私は、蜘蛛から意識を逸らすために思わず仕様書で確認した。
『シルク・スパイダー
高級な糸が取れる魔物。蚕から作るシルクより強靭で柔らかく、しなやかで肌触りの良い布地になる』
あっ、ちょっと興味が湧いたかも。
「あれも糸は取れるの?」
「あれは幼生だから糸は取れません。ですが、これだけ幼生がいると言う事は親もいるはずです」
「親?」
リルルラにそう言われて、聖堂内をよくよく見回すとキラリと赤く光る八対の目があった。
「ヒッ!」
ユメリア像の背後、まるで後光を照らすかのように巣を張った中心に現れたのは……
体長二mはありそうな親蜘蛛。
「クイーン・シルク・スパイダー!?」
思わずリルルラも大声で叫ぶ。
「クイーン!?」
「そうです、シルク・スパイダーの中でも特に大型になる雌の個体、頭部にあるティアラのような飾りが特徴で、子がいる場合は特に凶暴になる事で有名です」
子がいる場合って正に今じゃないの?!
「キシャー!」
親蜘蛛が威嚇して叫ぶ、よく見ると子蜘蛛たちもジリジリと近寄ってきていた。
その姿に、私とニヤは二人で抱き合って震えているだけ。
「蜘蛛なんて、これで十分ですよ」
リルルラが一歩前に出ると、いつの間にか手に持った杖を上げて一言――
「ファイヤ・ウォール」
その瞬間、子蜘蛛たちの目の前に現れた炎の壁が子蜘蛛を巻き込みながら燃え広がってゆく。
子蜘蛛が火に焼かれ「キィー」と、か弱い鳴き声が響くなか、その光景を薄っすら笑みを浮かべて眺めるリルルラ。
「ギシャー!」
一際大きな叫び声が響く、赤かった眼をより一層激しく光らせながら、ユメリア像を押し倒して私達の前にその身を表したクイーン・シルク・スパイダー。
その全身は怒りに震え、体長がさらに一回り大きくなったようにも見える。
「子を殺されて怒っているのですか? 安心なさい、あなたもすぐに眠らせてあげますから……」
その姿を見ても僅かも怯まず、さらに笑みを浮かべて立ち塞がるリルルラ。炎の明かりでその背後には黒い影が立ち上がっていた。
(何だろう、笑っているのに寂しそう……)
「ギシャー!! ビュッ!」
クイーン・シルク・スパイダーの口から白い塊がリルルラに向かって飛んでくる。
「バシッ!」
腕を振って、塊を弾くリルルラ。その腕には炎を纏っていた。
「炎の前にあなたの糸は無効です。 ファイヤランス!」
数本の炎の槍が現れてクイーン・シルク・スパイダーへ向けて飛ぶ。
クイーン・シルク・スパイダーも上へと飛んで炎の槍を避けると、さらに何度も白い塊を飛ばしてきた。
「無駄です!」
飛んでくる塊を避けたり、跳ね飛ばして躱すリルルラ。
ただし、火魔法を使っているせいで脆くなり乾燥していた建物にあっという間に火が燃え移り延焼を始めていた。
「リルルラ! このままじゃ建物が崩れて騎士の人が燃えちゃう!」
「チッ!」
私の声を聞いたリルルラが、一瞬だけ端に寝かされていた騎士を見て舌打ち。
「仕方ない、これで終わりにします!」
「ファイヤ・ランス(乱舞)!」
その名の通り、いく本もの炎の槍がまるで舞うようにクイーン・シルク・スパイダーを襲い、そして……
ズズン!
クイーン・シルク・スパイダーの巨体が倒れ、その跡に魔石と糸が残る。
「あかりさん、魔石と糸を回収して! ここはもう倒れます! 外へ避して下さい!」
リルルラに指示されて、慌てて動き出す。ニヤとアルさんはカルさんを担いで建物の外へ、私は魔石と糸を回収して二人の後を追った。
「ハァッ、ハァッ」
外に出ると、続いて背後から建物が崩れ落ちる音が響く。
ズ・ズズン!
真っ黒な煙が上がり、私達の目には聖堂の奥に立っていたユメリア像が燃える姿が映し出されていた。
「せめて……ゆっくりお休みなさい」
リルルラがポツリと呟いたその声は、ユメリアの像に向けたものなのか、親子の蜘蛛に向けたものなのか。
「仕方ない、今日はここで夜明けを待ちましょう」
パチパチと残り火の弾ける音を聞きながら、瓦礫を集めて竈門を作る。
「さっき準備してたのはあの中だから、手持ちの残りはコレだけしかないないニャ」
そうだった! ニヤは晩御飯の準備中だったから、作っていたご飯はあの中。ニヤのマジックバッグに残っていたのは買い溜めした惣菜はアレが最後で、残りは干し肉や硬いパンだけ……
「鍋も買い直しだニャ」
お気に入りだった鍋や調理道具も、蜘蛛と一緒に燃えてしまった。
「私達のコレを使って下さい」
ニヤがしょんぼりしていると、リルルラがカルさんのマジックバッグから鍋や調理道具を取り出してきた。
「なんか凄いのきたニャ!」
見ると、全てが新品? しかも有名なお店のシリーズ品。
「今回の為に買い揃えてみましたが、私達には使えないものばかりですし、燃えてしまったのも私の所為でもありますので、どうぞこちらを貰って下さい」
ニヤは既に尻尾をフリフリして喜んでいる。
早速竈門に鍋をかけてスープ作りを始めていた。
「何か?」
リルルラが、顔をジッと見ている私に気が付いてこっちを見る。
「あっ、いや。ありがとうリルルラ、ニヤも気に入ったみたいで良かった」
(今はいつものリルルラよね、さっきは蜘蛛の恐怖で変に感じてただけかも……)
暫くすると空腹を刺激するいい匂いが漂い始め、私達はニヤお得意の干し肉スープを食べて夜を明かしたのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『クイーン・シルク・スパイダーの糸』
最高級の糸、他のシルク・スパイダーの糸より強靭で柔らかく、切断するにはミスリルの刃物を必要とする。
この糸で編んだ布地は、最上の肌触りと柔らかさで、さらにチェーンメイル以上の防御効果を発揮する。




