一話 ここはどこ?
ボンヤリと意識が覚醒する。
濃い土の匂いと草の匂い、頬を撫でる風が明らかにここを屋外だと知らせている。
目を開けると、私はゴツゴツとした地面の上で横になっていた。
さっきまでは真っ白な空間、その前はOAフロアだった筈なのに……
ここは何処だと意識すると、頭の中にあの女神の声が響いた。
(白い部屋で十時間が過ぎたから私の世界に送ったわ。あと、早めに後ろの魔物を倒してしまって仕様書を読む事をお勧めするわ。剣を握れば体の使い方とか理解出来る筈だから、それじゃあね)
は? なに言ってるの――仕様書なんて要らない、私は眠らせてと言ったわよね!? それに後ろ?
そっと背後を見る――!?
「ガウッ!」
「ガウッ! ガウッ! ガウッ!」
ガリガリ! ガリガリガリ!!
私の背後で五、六頭の大きな犬が、三メートル程離れた場所で吠えていた。
それを認識した瞬間、軽い通知音と共に目の前に半透明のパネルが現れた。
ポン!
『ワイルドドッグ(魔物)
犬型の魔物、比較的弱い魔物だが群れを成すことが多く、油断すると危険』
このラノベっぽいステータスか鑑定みたいのが仕様書?
ワイルドドッグは、目の前の壁に爪を立てたり何度も体当たりをしていた。
その壁。半透明で身長より高いものが、私が寝ていた場所をグルリと取り囲むように立っている。
目の前に牙を剥いた魔物がいるのは怖いけれど、動物園のガラス越しに見ている感じで恐怖心は少ない。
これは女神がやってくれてた事なのだろうか? そう思うと仕様書の表示が切り替わった。
『女神ユメリアの世界の仕様書。
転移者、夢乃あかり(女神ユメリアの使徒)
女神の恩恵により十九歳に若返り、スキルとして剣聖と各種耐性能力を付与。
持ち物として、聖剣カルンウェナン、マジックバッグを装備。
転移先、ユーメリア王国
目的、快適な十時間の睡眠』
気になる要素が幾つもあるけれど……何? 私、十九歳になってるの?
仕様書にボンヤリ反射して映っている顔を見るけどよく分からない。
何か持っていないのかと自分の姿を確認すると、見慣れない服装に変わっていた。厚手で生成りの生地のワンピース、スカートの下には同じ素材のズボンと革のブーツを履いている。
腰には小さめの革バッグと、剣……?
恐る恐る剣を抜くと、光が迸る。
凄く綺麗な剣に、私の顔が反射して映っていた。
「うん……」
十九歳当時の私とは絶妙に違う、何となくあの女神の雰囲気というか『キレイ』になってる。髪も女神と同じ白銀になってるしお肌にハリがある。気になっていた目尻や眉間の皺も消えている、目の下のクマだけは健在だけど。
それと、腰に付いたこの革バッグがマジックバッグなのかしら?
そう疑問に思うと、また仕様書の表示が切り変わった。
『マジックバッグ(機能制限版)
夢乃あかり以外使用不可。
間口以上のサイズ及び生き物は収納不可、重量軽減、時間経過遅延、容量制限あり』
なるほど……頭で考えるだけでも表示が切り替わってくれるのね。
それから暫く仕様書の内容を確認した私は、目の前の避けていた問題に立ち向かう事にした。
取り敢えず手にしていた聖剣『カルンウェナン』で、壁に体当たりしていたワイルドドッグにタイミングを合わせて突き刺してみる。
「エイッ!」
サクッ!
まるで手応えもなく。壁も関係なく、剣はワイルドドッグに根元まで突き刺さった。
剣を抜くと、ワイルドドッグがそのまま壁の向こうで倒れて動かなくる。
もう何匹か同じように倒すと、流石に状況が分かったのか残り二匹になった時点でワイルドドッグ達は逃げ出していった。
「ふーっ」
倒れた魔物をみる……意外と忌避感や嫌悪感もない。暫くすると倒した魔物の姿が消えて魔石だけが残り、そして謎の壁が消えた。
「もう危なくないと言う事かな?」
さっき読み込んだ仕様書によると。この世界の魔物は、倒すと『魔石』と一緒に素材を残して消えるらしい。
落ちている魔石を拾って『マジックバッグ』に入れる。
すると、頭の中に『ワイルドドッグの魔石x四』と浮かんだ。
「さて……」
魔物を倒して、この世界の事を『仕様書』で理解した私が次にやる事だけれど。
「眠い」
既に猛烈に眠い! 眠いのだけれど――
さっきの白い部屋でのあの一瞬の睡眠が十時間だというのならば、私には全く足りない……私が欲しいのは快適な睡眠。
大きなベッドに程よい固さのマットレス、清潔なシーツ、柔らかなお日様の匂いのする布団に柔らかなマクラ。それらに包まれて身も心も満足して眠れる時間が欲しい!
単なる時間として十時間だと言った訳じゃない……
流石にここでもう一度眠るわけにはいかないので、冷静になって目の前の現実を見る。
目の前に広がるのは広大な平原、背後には少し奥に森と山影が浮かんでいる。辛うじて見渡せる先に道のようなスジが見えるけれど。
この状況で眠るのは無理……
駄女神め……もう少し便利な場所に送ってくれても良かっただろうに。
RPGのスタート地点といえば街の側か宿屋じゃないの?
あの女神は、快適な睡眠を約束した……あの駄女神は何と言っていた?
『だけど、コレだけじゃリソース空きすぎるからちょっとサービスしてあげるね。
この世界で最高の眠りを手に入れられるように』
「手に入れられるように?」
それは……私の力で手に入れろという事?
その為の力を、空いたリソースに割り振った?
それが、仕様書に書いてあったスキルの『剣聖』と『各種耐性能力』なのか?
『各種耐性能力』は何となく分かった、さっきの魔物への恐怖心や忌避感が少なかったのはこの能力のおかげなのだろう。
『剣聖』……は、剣の切れ味が良すぎて正直どっちの効果だったのかよく分からない。
とにかく私は、睡魔を何とかしようと眠れる場所を探して歩き始めたのだった。




