睡眠不足の夜
誰も居ないオフィス。
私の耳に届くのは、ノートパソコンから響く僅かなファンの音だけ。
窓の外から聞こえる喧騒も、夜から朝に変化するこの時間だけは静かなものだった。
部屋をぼんやり照らすモニターの青白い光、映し出されるのはデバイス画面が自動で動く様子とテストツールの結果が示す緑の文字。
テストを走らせている間だけが私の貴重な睡眠時間の筈なのに、無慈悲な通知音で即座に覚醒する。
上司からのSlack通知。
「あ゙……仕様変更……?」
キーボードの上で、指が震えていた。
「昨日の受入テストの結果、顧客から急遽要望が入った。全部作り直しで……」
三徹して仕上げたプログラムが全部作り直し……
デスクの上には、空のエナジードリンク缶が7本。
五徹目。
心臓がドクドクと不規則に鳴っている、指先の震えが止まらなくて視界がチカチカする。
「もう……無理……」
最後に打ったEnterキー。
プログラムが走る。
エラーなし。
完成――
次の瞬間、胸を鉄の棒で殴られたような痛みが走る。
息ができずに、体が前のめりに崩れる。
それでも咄嗟に指が動いた。
視界の端に映ったモニターの文字は、「保存完了」
取り敢えず、私の仕事は終わった。
思う存分眠らせて貰おう――
・
・
・
「……かりさん……あかりさん」
名前を呼ぶ声が聞こえて目が覚める……何時間眠った?
目を開けると、そこは白い空間。
目の前に、ふわふわした白いドレスの女の人が浮かんでいた。白銀の長い髪に、女の私でも見惚れるスタイルと美貌。
ただ残念なのが……五徹した私より酷い目の下のクマ。
「お疲れ様でした、夢乃あかりさん。
貴女を……私の世界に転生させます……私の世界の仕様書はこちらです。今なら初回転生特典として貴女の希望を一つ叶えて差し上げます」
私は思わず唸った。
「もう仕様書なんて見たくない……それよりも寝かせて」
書類を手にした女神? がフリーズした。
「え? それが……願い?」
リスタートした女神が聞く。
「うん。睡眠。
ただ、思う存分ぐっすり眠りたい。
途中で鳴る通知も、仕様変更を言ってくるクライアントからの電話も全てなしで」
サラサラと書類に何かを書き込む女神。
「普通はチート能力とか、獲得経験値◯倍とか望むのに……まあいいわ。
だけど、コレだけじゃリソース空きすぎるからちょっとサービスしてあげるわね。
この世界で最高の眠りを手に入れられるように」
そう言うと書類をコチラに向け、ペンを渡してくる。
「はい、じゃあここにサインして」
眠さが限界にきていた私は、早く寝たいと無造作にサインしてしまう。
書き終えた瞬間、光が包む。
体の中に、何かが宿る感覚。
剣を握る感触。
魔法の奔流。
「剣聖スキル……? 各種耐性能力付与……?」
女神がにこりと笑う。
「寝るだけなら、何があっても邪魔にはならないでしょ?
じゃあ、行ってらっしゃい」
女神の姿が薄れる。
あっ! 消えてしまう前にお願い。
「ここで、ほんの十時間くらい眠らせてくれない?」
「ふふっ、お休みなさい。いい夢を」
――目が覚めた。
新作スタート致しました。
今回は、眠りに特化した主人公の異世界物語です。
主人公が眠る為にいかに全力を尽くし、仲間と共に成長していく姿を楽しんで頂けたらと思います。
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よろしくお願いします。




