十七話 王都
ここは、この国の王都にある教会の大聖堂。
その壮麗で圧倒的な聖堂の姿、精緻な彫刻が施されたアーチの下、厳粛な静寂を湛えた荘重なる佇まいの建物は、敬虔なる信者からの多大なる寄付金により着工から百年が経過した今でも未完成で、かつ多くの信者と観光客を呼び寄せていた。
その隣にある議事堂の中では、枢機卿と大司教が集まり協議が行われていた。
「スリーピー・ホロウの魔石が!? それは本当の事なのですか?!」
スリーピー・ホロウの魔石が競売に出るという噂は、貴族や金持ち、そして教会関係者の間に瞬く間に広まった。
過去において、どれだけ聖なる力を持つ聖女でも封印させるまで。討伐、浄化させる事が出来ない魔物だというのが通説だったのだ。
「どこの教会が持ち込んだのだ?」
「誰が倒したか分かっているのか?」
「いや、そもそも冒険者に倒せるものなのか?」
様々な憶測と疑問が飛び交う中、一人の大司教が枢機卿達の前に歩みでた。
「よろしいでしょうか。私の手のものが調べた話しによりますと『オーランド』の街から運び込まれたとの事で御座います」
「オーランド? どこの田舎街だ?」
全身を煌びやかな宝飾品と、豪華な服で着飾った枢機卿が誰に向けたともなく呟く。
「モンローバーク伯爵領のかなり山奥。我が教会でも司祭しか送り込んでいないような、それこそ魔物が多く、冒険者共で溢れた野蛮な街で御座います」
対して答えた大司教は、枢機卿に覚えて貰えたと他の大司教に対して薄ら笑いを浮かべていた。
それでも教会の権力で入手できたのは街の名前まで、あかり達の名前が出なかったのはギルド長の面目躍如といったところだろうか。
さらに欲望が飛び交う。
そんな貴重な魔石は大聖堂にあってこそ輝くというもの。商用ギルドと冒険者ギルドは即刻、競売を取りやめ教会に寄進させろ。
スリーピー・ホロウを倒した者は、きっと聖女以上の聖職者、神の使いの使徒ではないかと言い出すものまで現れた。
全員が、自身の利権を目論み言いたい放題。
「あらあら。そんな方が現れたのでしたら、私の役目も終わりなのでしょうかね? エーデンベルグ大司教?」
議事堂の扉を開けて現れたのは、その場に似つかわしくない妖艶な姿をした女性であった。いや、その女性は教会に属する他の女性と同じ修道服を着ている。
ただ、そのプラチナブロンドの髪と十五、六といった見た目の年齢にそぐわない。ある部分が目立つ事により、その場にいる男達の視線を集める事になってしまうのだった。
「聖女様!? あ……いや! 私が言いたかったのは決してそのような訳ではなく……」
聖女の前に跪き、禿げた頭から汗を吹き出しながら必死に言い訳をするエーデンベルグ大司教。
そんな大司教の頭を優しく撫でながら「フフフ、冗談ですわ」と囁く。しかしその視線だけは、一切の笑みを欠いたまま、冷たく凍りついていた。
聖女は居並ぶ枢機卿や大司教の言葉をものともせず、私が行きますと公言。
当然のように騒つく室内。
が、聖女が視線を向けた途端。騒がしかった室内が静かになり、全員がまるで何かに操られるように聖女のオーランド行きを決定した。
聖女が被ったフードの奥、瞳の表面は深い紫がかった黒。まるで湖の底に沈んだ月のように光を一切反射せず。その奥に広がる闇は何を映しているのか……
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王都での競売が終わり、あかり達の元にもその結果が伝えられた。
高値で取引されたスリーピー・ホロウの魔石の値段を聞いて驚くあかり。
ギルド長も余りの金額に驚いていたが、相手が王都のドルミール教会だと聞いて納得する。
が……きっとそう遠くない時間、おひれが付きまくった根も葉もない噂が飛び交う事だろうと苦虫を噛む。
それから暫くしたある日、王都からドルミール教会の馬車が到着した。教会にしては豪華さを抑えた馬車だったので、街の教会を訪れた司祭かと思われた。
が、冒険者ギルドに入ってきた情報によると、これまでこの街の教会にいた司祭と入れ替わりに、新たに大司教がやってきたとの事。
これにはこの街の領主も驚き、盛大に歓迎会が開かれる事になった。
その夜開かれた歓迎の晩餐会で、大司教の隣に立っていたのは、全ての参加者の注目を集める女性。その服装が修道服でなければスケベな男共が間違いなく群がっていたであろう、あの聖女が一緒にやってきていた。
大聖堂の聖女である身分は隠し、大司教の補佐のシスターだと案内された。
そして、大司教の着任騒ぎが落ち着いたある日。冒険者ギルドに一人のシスターが訪れた、二人の恰幅の良い男を引き連れて。
ギルド内にいる男共の視線を全く気にする素振りもせず。その日、運悪く受付にいたリリアの目の前、その無駄に主張する胸を彼女に見せつけるかのように立ち止まった。
殺意のような感情は押し殺し、目の前の人物に笑顔で対応するリリア。
が、続いて出た彼女の言葉に、思わず顔色を変えてしまった。
「スリーピー・ホロウの情報と、森を案内できる冒険者を雇いたいのです」
突然やってきてスリーピー・ホロウの情報を聞こうとするシスター。もちろんギルド長から競売の件は知らされている彼女だったので、ここで詳細を話す事はしない。
ギルド長からは、魔石の出所は上の方から調べられればバレる。だがあかりまでは辿り着けないだろうと聞いていたのだ。
ありふれたスリーピー・ホロウの情報と森の情報を与え、それでやり過ごそうと考えていたのだったが。森の案内ができる冒険者を雇いたいと言われる。
さらには、男性の冒険者はシスターという建前上好ましくないとの理由で女性の冒険者を要求された。
リリアの背中にじっとりと脂汗が流れる。
どう誤魔化そうかと考えていた時、悪いタイミングは被さるもので……
「ただいまニャ! 今日の依頼分もバッチリ達成してきたニャ!」
ニヤの明るい笑顔と対照的に、リリアの顔には土色の影が落ちていた。
ニヤを見つけたシスターが、獲物を見つけたような視線をニヤとリリアに向け。
「あら、素敵な冒険者さんね。リリアさん、彼女達を紹介して頂けないかしら?」
靴の泥を落とす為、ニヤとは遅れて冒険者ギルドに入ったあかりは、受付前の異様な空気を感じて首を傾げるのだった。
◯◯◯
「彼女達に案内をお願いできないかしら?」
受付に近寄ると、シスターの格好をした女性がリリアさんに何か依頼をしているのが聞こえてきた。
彼女達と言うのは私達の事だろうか?
ニヤの隣に並んでリリアさんの顔を見ると、リリアさんは何とも言えない複雑な顔をして私を睨んでいた。
えっ?! 私、何か変な事した?
「か、彼女達は今長期の依頼を終えたばかりで、疲れてますので別の冒険者を紹介させて頂きますね」
あの優秀なリリアさんが歯切れの悪いやり取りをしている。
「んニャ? 日帰りの依頼だったし全然疲れて無いニャ! 何言ってるんだリリア?」
ニヤのその言葉を聞いて、さらに顔を曇らせるリリアさんと、パッと明るい笑顔になってニヤの手を取るシスター。
「では! 是非私達をスリーピー・ホロウのいる森に案内して頂けないかしら!」
シスターがコートから手を出した事で現れたソレは、私達に依頼を拒否する口実を与えるには十分な理由だった……のだけれど。
「オーランドにこんな素敵な冒険者のお姉様がいらっしゃるだなんて! お付きもいるのですが……私一人でとても心細かったのです。ご一緒して頂けるととても嬉しいのですけれど……」
と、チラッと伏し目がちに見上げてくるその仕草はとても可愛らしく。
お近づきの印にと、王都で有名なパティシエのお菓子を貰ってご機嫌なニヤの笑顔を消すわけにもいかず。依頼を受ける事になりました。




