十話 ふわふわの鬼
「もふもふ! もふもふっ!」
目の前には、ジャンピング・シープの群れ。
それは全身が真っ白なモフモフの毛に覆われて、短い足と頭だけが辛うじて見えていて。まるで丸い毛わたが動いているように見えた。
「気持ちよさそう」
そのもふもふに引き寄せられて、近くにいた一匹に不用意に近づいた瞬間――
「モ゙フッ!」
いきなり突っ込んできたジャンピング・シープがお腹を直撃。危うく乙女の尊厳まで失うとこだったわ。
「たくさんいるニャ」
「うぐぐぐぐ……いつも、こんなにいるの?」
「いつもならこんなには集まったりしないニャ」
冒険者ギルドでジャンピング・シープの居場所を聞いて、狩へと出かけた私達。
どうやら大量のジャンピング・シープが発生して、近くの村の畑を荒らして困っているという依頼が入ってきていたらしい。
ここはそんな村の畑から少し離れた谷山。尖った岩があちこち地面から顔を出して真っ直ぐ歩くのにも苦労するような場所をジャンピング・シープは好んで住みつくそうだ。
ただ、こんな不便そうな場所になんでこんなに集まっているのかしら?
そう思っていたのだけれど、いざ狩を始めてみるとその理由が分かった。
「メェー!」
ガッ! ガッ! ドッ!
ジャンピング・シープという名が表す通り、見た目によらず足腰が強く、ジャンプするように跳ねて動き回るのだ。
しかも所々にある尖った岩を足場にして、右に左に飛び交い隙を見つけて突っ込んでくる。
ドガッ!
「ン゙ニャ!!」
「ニヤ!?」
ニヤが一頭のジャンピング・シープに跳ね飛ばされた。
「メェーー!」
嘲笑うように岩の上から見下してくるジャンピング・シープ
見た目はもふもふして可愛らしいのに、コイツらは鬼だ! 情け容赦ない鬼がいる!
オークの時のように私が一人で戦っても良いのだけれど、ジャンピング・シープはオークより頭が良いようで連携も上手い。
右に意識を向けると、左から、ともすると上からも飛んでくる事がありニヤと二人で集中して対応しなければならなかった。
「あかり上ニャ!」
私が上から落ちてくるジャンピング・シープに応じる為に上を見る。
「邪魔はさせないニャ!」
そのタイミングで左から突っ込んでこようとした別のジャンピング・シープを防いでくれるニヤ。
上からのジャンピング・シープを倒してニヤと背中合わせで牽制。
「ありがとうニヤ」
「安心するのはまだ早いニャ! 次が来るニャ!」
ニヤの的確な指示のもと、タイミングに合わせてジャンピング・シープを倒してゆく。
もう何匹倒したか分からなくなった頃、ソイツの大きな声が響き渡った。
「メェエエエエエエーーーー!!」
ビリビリと空気を震わせる鳴き声。
私とニヤも思わず耳を塞いでしまう。
と、それまで連携して襲ってきていたジャンピング・シープが道を開けるように左右に開いた。
「えっ? 何?!」
「何ニャ?」
そして、岩場の向こうから現れたのは――
「うそ!」
「でかいニャ!」
他のジャンピング・シープの二倍以上はある大きさのジャンピング・シープ!
隣にいるジャンピング・シープがまるで子供のように見える。
「ボスの登場ってわけね」
『キング・ジャンピング・シープ
ジャンピング・シープの上位種、その毛は羊毛でありながらシルクのような艶と肌触りを誇る。
この毛で織った布は、強さと保温力も高く冬の防寒着に最適』
「おじさんに最高のお土産が出来るわね!」
立ち止まって微動だにしていなかったキング・ジャンピング・シープに先手必勝とばかり踏み込んだけれど――
シュッ!
剣が空振り――
「あかりっ!」
ドガアッ!!
後ろから声が聞こえたかと思うと、ニヤが吹き飛ばされた!?
先程までの戦いを見ていたのか、どちらを先に倒せば良いのか分かっているみたい。
さらに、私の目で追えない速さ……
ドガッ!
「うぐっ!」
ガッ!!
「うニャ!」
二人ともいいように弄ばれる。
幸い、相手が本気で無いのか遊んでいるだけなのか二人とも深手は負っていないけど、キズだらけになっていた。
「あかりは逃げるニャ、そして応援を連れてくるニャ」
ニヤが私を守るように立ち上がって、そう叫ぶ。
「ダメよ! 私も戦う!」
「大丈夫ニャ、アイツは遊んでいる。
あの目を見るニャ! あの目は、強者が弱者を苛めて楽しんでいる目ニャ」
キング・ジャンピング・シープの瞳が怪しく光る。
「アイツがあの目でいる間は殺されやしないニャ。だから、あかりは逃げて人を呼んでくるニャ」
「ニヤ!!」
ニヤは相手から目を離さないようにして私にウインクを送り、後ろ手で早く行けと合図した。
「うニャー!!」
ニヤがキング・ジャンピング・シープに飛び掛かったタイミングで私は駆け出す。
「ごめんニヤ、すぐに戻るからね」
涙で前がよく見えなくなりながら、全力で街を目指して走った。
◯◯◯
「行ったニャ……」
あかりが走り去ったのを確認して、キング・ジャンピング・シープに向き直る。
「お前も、待っててくれたのニャ」
キング・ジャンピング・シープは、「お前一人で大丈夫なのか」と嘲笑うように「メェ」と一声だけ鳴いたニャ。
「あかりは待たないニャ! あかりが戻るまでにお前を倒すニャ!!」
プチンと来たウチは、ナイフを両手に持ってキング・ジャンピング・シープとの死闘を始めたニャ。
「ハァーッ!」
シュッ! シュッ!
「ウニャ!」
シュパッ!
「メ」
シュッ!
「メ、メメ!」
◯◯◯
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
岩場を抜けて、平原を駆けていた所で私は足を止めた……
「ハァ、ハァ」
走ってきた方向を振り返る。
キング・ジャンピング・シープも他のジャンピング・シープも付いてきてはいない。
全てニヤが惹きつけてくれたみたい。
街を出て、ここまで着くのに歩きで半日は掛かっていた。私が走って街に戻るまで早くても三時間、そこからギルドに依頼して人を集めてまた戻って来ても……
そんな遅くなってたらニヤは――
ジャンピング・シープ達に取り囲まれて、ゴムマリみたいに跳ね飛ばされるニヤの映像が脳裏に浮かぶ。
「嫌っ!」
この世界で最初に仲良くなった友人なのに、このまま見捨るなんて絶対イヤ!!
「ニヤ!」
走り出した私の足は、もう誰にも止められなかった。
・
・
・
丘を越えて、さっきの岩場が見通せる場所まで戻ってきた……
「ニヤは……?」
さっきまで争いの現場だった場所は静かになっていた。
ジャンピング・シープの姿も見えない。
あの大きなキング・ジャンピング・シープまで姿が見えないだなんて……
はっ!? まさか、まさかもうニヤがやられて、ジャンピング・シープ共は何処かへ行ってしまったと言うの?
ガラガラッ!
不意に、ひとつの岩が崩れ落ちる音が聞こえた。
「何っ!?」
思わず剣を構える。
よく見ると、岩の向こうに見慣れたブーツが見えた。
「ニヤ!」
岩に駆け寄り、反対側を覗く。
「へへへ……あかり、何で戻ってきたニャ?」
「何でって!?」
「でも、顔を見れて嬉しいニャ」
「ちょっとニヤ!? 何処か怪我してるの?!」
ニヤの体に抱きつき、怪我をしていないか触って確かめる。
「痛い! 痛いニャあかり! 打ち身と疲れで休んでいるだけニャ! 何処も怪我なんかしてないニャ!」
「本当に? 本当に大丈夫なの?」
ニヤが服を捲ってお腹や腕を見せてくれたけど、本当に打ち身だけで酷い怪我は無かった。
「じゃあ、何でジャンピング・シープが居なくなってるの? キング・ジャンピング・シープは?」
ニヤが、脇に置いてあった毛の塊を差し出してくる。
「倒したからに決まってるニャ! これが、キング・ジャンピング・シープの毛ニャ!」
私は思わず抱き付いたまま泣き出してしまった。
「ニヤぁー!! 凄い! 凄いよニヤ!! あんなに素早かったキングを倒しちゃったなんて!」
「いたたたた、あかりは泣き虫だニャ。でも何で戻ってきたニャ?」
「だって……だって心配だったんだもん! 戻ってくる迄に何かあったらどうしようって! 初めての友達が居なくなったらどうしようって!」
ニヤがキョトンとした顔で聞いてくる。
「友達……? ニヤとあかりは友達ニャ?」
「そうだよ! ニヤは友達! 大切な友達だよお」
そう言うと、ニヤも盛大に泣き始めた。
「んニャー、嬉しいニャ!! こんなに心配してくれる友達は初めてニャー!」
それから暫く二人で泣き腫らした後、改めてキング・ジャンピング・シープの毛を堪能する。
「凄い艶があってスベスベなのに、しっかりしてる。沢山集めると暖かい気もするし、他のジャンピング・シープの毛とは全然違うね」
「これなら、最高のクッションが出来るニャ?」
「もちろん! ニヤの分と毛布も作って貰おう!」
私達は、その日ジャンピング・シープの毛に包まれて夜を明かし。次の日に街へと帰った。
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『キング・ジャンピング・シープの毛』
その毛は、まるでシルクのように艶やかで滑らかな肌触りを誇る。
その毛で折った布は柔らかく、全身を包み込むと快適な眠りにつく事が出来るでしょう。




